すり傷は恋につきもの。
🐉東雲 晴加🏔️
すり傷は恋につきもの。①
いわゆる『お付き合い』というものが始まると、何か変わるわけではないのに何かが変わるもので。
いつもの休日が突然、非日常になったり……する。
姉の部屋から聞こえてきた落下音とたばたと急に騒々しくなる気配に、妹は平和な休日の終わりを悟った。
「ああああ、
赤いんだか青いんだかわからない顔で部屋に飛び込んできた二つ違いの姉
スマホ片手にパニックに陥っている里桜をとりあえず自分のベッドに座らせ、「ハイハイ、ショーマくんがなんだって?」と単刀直入に聞く。
「あ、あのね? 紺野くんがね、最近新設されたウォーターパークに一緒に行かないかって……!! ど、どうしたらいい!?」
見せられたスマホの画面には『友達に入場招待券もらったんだけど一緒にいかん?』の文字とともに施設のリンクが貼ってある。
「へー! ここ、最近新設されたとこだよね。めちゃめちゃ人気の所じゃん。よくそんなチケットあったね!?」
「そ、そうなの!? なんかね、お友達がチケットを持ってたんだけど行けないからってもらったらしくて……ねえ、これって行った方がいい!?」
姉の彼氏が誘ってきたウォーターパークは今年の春に新設されたばかりの大型レジャー施設だ。色々なテーマに分けられた大小のウォータ施設が屋外と屋内にあり、屋内施設は夏季以外も一年を通して遊べるらしい。波の出るプールにはイベント用の舞台なんかも設置されていて、ライブなんかもやるのだとか。施設のアンバサダーに俳優の二階堂 光が宣伝活動をしていたのをテレビで観たことがあった灯里は里桜の相談を一蹴した。
「行くに決まってるでしょー!? ここ、超人気でチケットなんて普通取れないよ!? オープンしたてで、まだお金持ちとか優待券持ってる人しか入れないって噂だもん。絶対行きなよ!」
こんな美味しい機会を逃すなんて、馬鹿でしかない。姉よ、何を迷うのだ。
それでも里桜は「でも、だって」とあわあわしている。
里桜は灯里の二つ年上だが、高校時代は女子校で男性に免疫がなかったせいか、最近お付き合いを始めた大学生の彼氏とのお付き合いの仕方に四苦八苦しているらしい。
一度写真を見せてもらったが、姉の彼氏とは思えないようなアイドルグループの元気担当! みたいな派手な顔立ちのイケメン君だった。
……それがなんと彼氏の方からの猛アタックで付き合い始めたというのだからびっくりだ。人生で一度もお付き合いなどしたことのない姉は彼がなにか言ってくるたびに「灯里ちゃん、あかりちゃん助けて!」と言ってくる。
里桜いわく、一見チャラそうに見えるけれど、手作りのお弁当を渡しただけで喜ぶし、デートも健全にカフェに行ったり映画を観たり。ちゃんと夕方には家まで帰すのだから誠実そのものだろう。
今回のプールの誘いも、ナイトプールもあるのに誘ってきた時間帯は昼間だ。
……偉いぞ、ショーマくんとやら。
ちなみにこの施設、併設してリゾートホテルもあるから、ナイトプールに誘われたらお察しなのだ。よって、この誘い、断る理由が何も無い。
「何を迷ってるわけ?」
訝しげに尋ねる灯里に、里桜は眉を下げながら「だって水着ないんだもん……」と答えたので、灯里は一言「買え!」と叫んだ。
デート当日、駅で待ち合わせて電車に揺られ、着いたウォーターパークは入口から圧巻だった。
とにかくデカイ。けれど内装は落ち着いた雰囲気で、ファミリー向けでワイワイしていると言うより洒落たリゾート施設という感じだ。こんなところに来たことのない里桜は浮いてやしないかとドキドキとしてしまう。
翔真が友達から貰ったという優待券は今どきで。なんと紙のチケットではなくスマホのデジタルチケットだった。受付でスタッフにチケットを提示すると手首につけるリストバンドが渡される。
「こちら特別優待券となっております。全館無料でご利用いただけます。プール施設内の飲食もこちらのリストバンドで無料になりますので是非ご利用下さい」
まるで高級ホテルの受付のように洗練された対応と笑顔のスタッフからリストバンドを受け取ると手首にそれぞれ付けた。
「飲食もタダだってさ」
すっげぇ……と呟く翔真に里桜は青くなる。
「本当に? ……これ、本当にお友達がくれたの? 紺野くん、なんか無理して買ってくれたわけじゃないよね!?」
里桜の心配に翔真は手を振って否定した。
「本当に友達からもらったんだって。えーと、なんていうか、そいつここのオープニングスタッフみたいなもんっていうか……なんか宣伝に回ってたみたいでチケットもらったんだけど行けないからってくれたんだよ」
半分スタッフみたいなもんだからVIPチケットらしいよ、楽しも! と更衣室の前で一旦別れた。
(飲食代もタダになるお友だちって一体何者なんだろう)
里桜も友人のツテで映画の割引券や優待券をもらったことはあるけれど、こんなに待遇の良いチケットを気前よくくれる友人はいない。
そもそもこの施設、入場するのに一人一万円はかかるのだ。飲食物の持込も不可で、普通は中にある飲食店やブースでリストバンドを使い購入する。リゾート施設だけあってジュースですら一杯500円以上と高額だ。
(み、見劣りしないだろうか……)
翔真と遊びに行くことを決めたあとすぐに妹の灯里と水着を買いに行った。灯里は「絶対にビキニ!」と推したけれど、運動部でもない普段運動らしい運動を何もしていない里桜は到底露出の多いビキニなど着て翔真の前に出られる気はしなかった。
灯里は「彼女とプールに行くんだからショーマくんはビキニが見たいに決まってるでしょぉぉ!!」と言っていたが、たるんだお腹を見られる方が幻滅されそうで。
一応セパレートにはなっているが、ギリギリお腹は見えないデニム調の色味の、胸にフリルの付いたワンピースっぽい水着を購入した。灯里は「可愛いけどさぁ……」と不満げだったが。
付き合いはじめてまだ数回目のデートでプールはハードルが高い。里桜は持ってきた白のラッシュガードもしっかりと羽織った。
更衣室を出てきょろきょろとあたりを見回す。肩をぽんと叩かれて振り返ると「うっわ、めっちゃ可愛いじゃん!」ともはや定期とも言える翔真の元気な声が響いた。
「え、なにそれ、本当に可愛いね。へー!! こんな水着あるんだ! 服みたい」
髪の毛も濡れると思って簡単に緩くまとめてお団子状にしていたらそれも可愛いと褒められた。だけれど、里桜の内心はそれどころではない。
(うえぇぇっ!! こっ、紺野くん、カラダ……すごっ……!!)
翔真はなんてことのない一般的なハイビスカス柄の水着だった。が、しかし、日本でも屈指の体育大学に通い、トップクラスのスプリンターでもある翔真の腹筋は綺麗に六つに割れていて無駄な所が一つもない。もはや身体だけで全てが完成されていた。
……いつもはどちらかと言うとオーバーサイズの大柄の服を着て、デート先もほとんど座っていたから彼がスポーツマンだということをすっかり忘れていた。
「? どした?」
首を傾げて里桜の顔を覗き込む翔真に、こんなことならもう少し運動しておくんだったと自分のたるんだ身体を思い出して「なんでもないです」となんとか小さく返すことしかできなかった。
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