第2話 夢
◆
ダンジョンに戻ると、すぐそばで短剣を持った男性プレイヤーが蝙蝠を叩き落とした。
無機質な顔で、しかし正確な動作。やはり声も上げない。
直哉は気になって口を開く。
「なあ、これって……共同で倒したモンスターの結晶、どうなるんだ?」
【回答:原則、とどめを刺したプレイヤーに結晶の所有権があります】
「あー……そういうことか」
言われてみれば、他人が倒したモンスターの結晶を拾う気にはならなかった。
脳の奥に“ルールを守れ”と刷り込まれているような、不思議な感覚。
(これも……ルールを守るように意識が誘導されてる? まあでも、納得はするし……)
そう考えた瞬間、視界の端を黒い影が横切った。バレーボールほどのサイズの蝙蝠が、弾丸のような速度で迫ってくる。
「うおっ!」
反射的に体をひねった。
先ほどなら避けられなかったはずだ、当たると思った瞬間、一瞬だけスローモーションのように蝙蝠の動きが遅く見えた。
ギリギリでかわし、蝙蝠は直哉の横をすり抜けて通り過ぎた。
「……え? なんか、一瞬ゆっくりに見えたぞ」
【戦闘経験により、思考速度を急激にクロックアップする現象が確認されています】
「つまり……レベルアップ、スキル獲得ってことか!」
振り返ると蝙蝠はUターンし、再び直哉に向かって飛んでくる。今度は恐怖よりもタイミングを読む冷静さが勝った。
「……ここだッ!」
盾を構え、蝙蝠がぶつかる瞬間に目に力を込めると、一瞬だけこうもりの動きが遅くなる。
1秒にも満たないその隙に、盾を付けた左手を横へ振り払う。
ガンッ!と鈍い衝撃音が鳴り、蝙蝠は地面に叩き落とされた。
まだ息のあるそれに、直哉は直剣を構えた。
「よし、次はこっちから!」
勢いをつけて振り下ろすと、刃は蝙蝠の体を深く裂き、そのまま断末魔と共に消えていった。地面には小さな結晶が残る。
【小型結晶を確認。収集してください】
「はいはい……ゲットっと」
直哉は結晶を拾いながら、思わず笑みを浮かべる。
(……やばいな。怖いけど、ちょっと楽しいかも)
痛みも無く、痺れるような闘争の快楽だけがそこにあった。
背後では、他のプレイヤーたちが無言で戦闘を続けている。だが直哉だけが、確かな実感を持ちながら直剣と盾を握っていた。
蝙蝠を叩き落とした後も、直哉はしばらく入り口付近に留まっていた。周囲を見渡すと、他のプレイヤーも同じように入り口から大きく離れようとはしない。全員、視界に収まる範囲で戦っている。
「……誰も奥に行かないんだな。怖いのか?」
【入り口付近の空間は隔離されています。ダンジョン内部から小型モンスターを誘導しています。
また、強力な大型モンスターはこの領域では生存困難です】
「……え、なんで?」
【理由は粒子濃度の影響です】
「粒子濃度って何? 放射線的なやつ?」
【権限外につき回答できません】
「はあ……じゃあここはダンジョンじゃないってこと?」
【回答。ここもダンジョン内に該当します】
「いや、どっちなんだよ……」
投げやりにツッコミを入れながらも、結局は細かい理屈は分からないまま。
とにかく安全なのは入り口周辺ってことらしい。
直哉は盾を構え直し、迫ってきた蝙蝠に備える。
翼を広げて噛みつこうとする影が飛び込んでくるたび、盾を上げたり体をひねったりして対応した。
最初のうちは何度か避け損ね、左手に軽い損傷を負った。だが、慣れてくると動きのパターンも掴めてくる。
(1時間で……5匹くらいか。まだまだ下手だな)
体の奥でじわじわと熱を帯びるような感覚が広がっていた。脳に直接信号が流れ込むような、不思議な高揚感。それが戦闘経験とやらなのか。
不意に、少し離れた場所から衝撃音が響いた。目を向けると、二人のプレイヤーが派手に吹き飛ばされている。
「……なんだ?」
次の瞬間、闇の中から四足の獣が姿を現した。犬だ。だが普通の犬ではない。顎が異様に発達し、顔は通常の三倍はある。
血走った瞳と鋭い牙が、こちらの視線を射抜いた。体格はゴールデンレトリーバーの成犬ほどだが、動きが異様に速い。
「……やば、あれ絶対噛まれたくないやつだろ」
【警告。敵個体は周辺プレイヤーより進化強度が優位です。複数人での戦闘を推奨します】
「複数人でって……また俺も数に入ってんのかよ!」
直哉が盾を構えて後退すると、別の男性プレイヤーが槍を突き出した。
しかし巨大な顔の犬、仮称:カオイヌは軽々と躱し、そのまま顎を振り下ろす。
ガキッ
嫌な音とともに、プレイヤーの左足が大きく損傷し、破片が飛び散った。
「うわっ……!」
倒れ込む彼の上に圧し掛かろうとした瞬間、もう一人が剣で斬りかかる。だがカオイヌは地を蹴り、2メートルほどの距離を瞬きのような速さで飛び越えた。
「はっや……!」
そのまま三人目のプレイヤーの腰に食らいつく。
ガリッ!
カオイヌは獲物を掴むと、ブルブルと首を振り回す。無残に揺さぶられ、プレイヤーの体が振り回される。だが顔は無表情のまま。
(……なんでこんな状況でも顔色変えないんだよ、お前ら)
直哉の背筋を寒気が走る。
2人のプレイヤーが、なおも果敢に斬りかかる。カオイヌは鋭い牙を剥き、低く唸り声を上げた。
直哉の中で、何かが切り替わる感覚があった。
(……行ける。過集中のコツが分かったかも)
機械の体だからか、恐怖に心拍数は上がらない。代わりに脳内に血流が一気に流れ込む感覚がある。
眉間に力を込めると、脳がギュルギュルと音を立てるような錯覚すらあった。
――視界が白黒に沈み込み、カオイヌの目から発せられる赤いオーラだけが鮮烈に浮かび上がる。
(……これは敵意の色……!)
赤は収縮し、爆発のように広がった。
カオイヌが跳躍する直前、そのルートが残像として浮かび上がる。
「——今だ!」
直哉は腰だめに盾を構え、残像に合わせて前へ踏み込んだ。
ミシッ
カオイヌの横っ腹が、まるで自ら盾にぶつかったかのように弾き飛ばされる。
衝撃で直哉の左腕がみしみしと悲鳴を上げたが、まだ折れてはいない。
吹き飛ぶカオイヌに、二人のプレイヤーがとどめを刺そうと跳びかかる。だが直哉の中で何かが叫んだ。
『どけっ! 俺の獲物だ!!』
思いがけない大声が喉から飛び出す。気性の荒くない自分からは考えられない言葉だった。だが二人のプレイヤーは反射的に身を引き、道を譲った。
直哉は直剣を振りかざし、全身の力を込めてカオイヌの体に切り込んだ。
――グシャッ。
手応えと共に、カオイヌは断末魔をあげて崩れ落ちた。
カオイヌが消滅すると同時に、床にはひときわ大きな結晶が残された。直哉は息を整えつつ拾い上げる。
「……ふう。マジで死ぬかと思った」
【戦闘終了。討伐を確認。結晶を回収してください】
「なあ、こんな強いモンスター、しょっちゅう出るのか?」
【頻度は高くありませんが、数日に一度は出現します】
「いや、それでも多いだろ……。意識が無い人達はほぼ真っすぐ向かって行ってたけど、怪我する人が山ほど出るんじゃない?」
【人海戦術で対応可能です。ただし半壊する個体は多く、その場合は数週間カプセル内で修理を行います】
「数週間!? SFのくせに随分かかるな」
【修理にはエネルギーが必要です。
余剰分のポイントが無い場合、プレイヤー自身から自然発散させる精神エネルギーを収集し、その貯蓄を待つことになります】
「……人間って、そんなエネルギー持ってんのか。じゃあ魔法とかも使える?」
【詳細情報の公開は権限外です。
ただし進化の方向性によっては、物理法則を超えた現象を起こすことは可能です】
「はあ……ゲームどころかファンタジーかよ。 ところで、いつまで俺は戦えばいいんだ?」
【既に起床時戦闘ノルマは終えています。 以降の戦闘は自由です。
戦闘を終了する場合、起床したカプセルに帰還し横になってください】
左腕がじわじわと痺れている。
動きも鈍いが、損壊しているわけではないので、AIによれば余剰エネルギーで一晩眠れば回復するらしい。
「腕も痺れてるし……じゃあカプセルに戻って寝るか。
今寝てるのに、ここでも寝るって……変な感じだな」
直哉は苦笑しつつ、転送ゲートへと歩を進めた。
[ 獲得ポイント [41pt] ]
□
本日あと3話投稿します
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます