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 ハミルトン伯爵邸にて、ロヴィーサが婚約者と顔を合わせる日がやって来た。


「初めまして、ロヴィーサ嬢。ブレークホルン侯爵家三男、ヘンリク・ヨースタ・フォン・ブレークホルンです」

 ヘンリクと名乗った令息は、赤毛でアンバーの目、そして端正な顔立ちである。

 年はロヴィーサと同じ十九歳だ。

「ハミルトン伯爵家長女、ロヴィーサ・タイラ・フォン・ハミルトンですわ」

 ハミルトン伯爵邸の客間で顔を合わせた二人。

 古くから大切にされている格式高い家財達に見守られ、ロヴィーサは背筋をピンと伸ばした。


 ロヴィーサとヘンリクの顔合わせは和やかな雰囲気でおこなわれた。

「ロヴィーサ嬢は遠乗りや剣術が趣味だと聞いています」

「はい。あまり令嬢らしくないとは言われますが」

 ロヴィーサは、趣味のことを言われて少しだけ俯いてしまう。

「楽しそうで良いではありませんか。僕も遠乗りや剣術は好きですよ」

 ヘンリクは嫌味のない笑みである。

 その表情を見たロヴィーサは、少しだけ安心してホッと肩を撫で下ろした。

 父シグルドの言う通り、ヘンリクは誠実で人柄は文句なしである。

 こうして、ロヴィーサとヘンリクの婚約が決まった。






♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔






 数日後。

 ロヴィーサはハミルトン伯爵邸の庭で、気分転換に剣術を練習していた。

 動きやすい軍服姿。ウェーブがかったブロンドの髪は後ろで一つにまとめている。

 サーベルを持ち、軽やかな動きをするロヴィーサは、まるでダンスをしているようである。

(戦いや危険なことは嫌いだけど、純粋に技を魅せるだけの剣術は良いわね)

 体を動かしながら、晴れやかな表情のロヴィーサである。

「見事な剣さばきですね、ロヴィーサ嬢」

「ヘンリク様……!」

 夢中になっていたロヴィーサはヘンリクが現れたことに気付かずビクリと肩を震わせた。

「驚かせてしまって申し訳ない」

「いえ、こちらこそ、夢中になっておりましたわ」

 お互い苦笑し合った。

「ロヴィーサ嬢、もう一度、貴女の剣術を見せていただけますか?」

 穏やかで優しい表情のヘンリク。

 ロヴィーサは彼の表情に、少しだけ心臓が高鳴った。

「ええ」

 ロヴィーサは少しぎこちなく頷き、再びサーベルを構えた。


 いつものように、サーベルをいとも簡単に操るロヴィーサ。

 ダンスをするように軽やかで、しなやかである。


「ロヴィーサ嬢の剣術は、まるで太陽の女神のような輝きですね」

 ロヴィーサにアンバーの目が眩しそうに優しく向けられていた。

「太陽の女神……初めて言われましたわ」


 ロヴィーサは剣術の先生に筋が良いと褒められたり、他者から剣術が上手だと褒められることはあった。

 しかし、『太陽の女神』と称されることは一度もなかったのだ。それゆえ、ヘンリクの言葉からは少しだけ煌めきのようなものを感じ、ロヴィーサの胸に深く染み込んだ。


「ロヴィーサ嬢の剣術は、戦争などの物騒な様子ではなく、純粋に楽しさや美しさを感じるんです。だから、太陽の女神と言った方が合うと思いまして」

 ヘンリクの口からは、再び少しだけ煌めいたような言葉が紡がれた。

 ロヴィーサはフッと口角を緩める。

「ありがとうございます、ヘンリク様。そのお言葉、とても気に入りましたわ」

 すると、ヘンリクも嬉しそうに表情を綻ばせる。

「ロヴィーサ嬢、もしよろしければ、近々一緒に遠乗りに行きましょう。馬を遠くまで、どこまでも走らせるのです」

「それ、良いですわね。是非ご一緒したいですわ」

 ロヴィーサの声は、溌剌と弾んでいた。


 ヘンリクならば、ありのままの自分でいることが出来る。

 ロヴィーサは彼となら、この先結婚して一緒に幸せになれると思うのであった。

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