day5─小休止?─

 翌週。

 今日は白石の図書委員当番日だったが、天気は快晴。

 窓に文字が浮かぶ気配は、当然ながらまったく無い。


 史桜は優雅部の部室から淡々と告げた。

『この条件下で調べられることは多くない。──今日は念のため、漫研の小堀君と、佐伯君の陸上部での様子を軽く見ておいてくれ』


 絢葉は一人で校舎を歩く。

 奏汰からの報告では、先日話を聞いた図書委員の岡江は部活動をしていないため、当番でない日は寄り道もせず真っ直ぐ帰宅しているらしい。今日も授業後直ぐに帰宅していたと奏汰から連絡があった。

 ちなみに奏汰もそのまま帰宅したらしい。

【今日は実質調査は休みだろ?あとは任せた】と、メッセージは締められていた。


 まず向かったのは図書室だった。

 いつものように机に原稿用紙やペンやインク、資料であろう書籍類を広げ、熱心に漫画を描いている小堀の姿があった。

 絢葉はカウンターの白石に軽く会釈をすると彼に近づき、「少し、見学させていただいてもいいですか?」と声を掛けると、小堀は満面の笑みで振り向いた。


「勿論! 好きなだけ見てくだされ! いやー、しかし東雲氏のような美少女にそんなまじまじと見られると、さすがの小生も照れてしまいますなぁ!」

「え? あ、あはは……どうも……」


 小堀の勢いにややたじろぐ絢葉。しかし小堀はそんな彼女の様子など気にもとめずに、

「さてさて、我ら漫研の活動はと申しますと──今の時代に逆行し、あえてアナログ! つけペンとインク! 消しカスにまみれるこそが創作の醍醐味! スクリーントーンを削っては貼り、貼っては削り、己が血肉を紙に刻むのであります! しかもこのインク、乾き具合で線のニュアンスがまるで違う! そして見よ、この原稿用紙! コピー用紙では決して得られぬこのざらつきが……」


 勢い余って止まらない説明の嵐。

 絢葉は「は、はぁ……」と相槌を打つのがやっとで、視線が泳ぐ。

 それでも、最後まで真面目に聞き続けた。


 イヤホンから通話越しに聞いていた史桜が小さく頷く。

『……よろしい。十分だ。次は陸上部を見に行こうか』


 そう促され、まだまだ話が続きそうな小堀を制して、絢葉は図書室を後にした。


 ──校庭。

 トラックを駆け抜ける陸上部員たちの掛け声が、晴れ空に響いている。

 絢葉の姿を見つけた佐伯が、走りながら駆け寄ってきた。


「おっ、今日は図書室の調査は無しか? まぁ晴れてるもんな。息抜きがてらゆっくりしてけよ!」


 軽く笑ってそう言うと、彼は再びトラックへ戻っていった。

 数人の部員を引っ張るように、力強いフォームで先頭を駆け抜けていく。声を張り上げ、後輩に掛け声をかける姿は、普段の軽口とは違い頼もしさすら漂わせていた。


 絢葉はマネージャーの高橋に促され、同じベンチに腰掛ける。

 三年生の彼女は、練習を見守りながら柔らかく口を開いた。


「佐伯君ってアグレッシブだよねー。部活の練習も熱心で、三年の引退後はエースだろうし。しかも今は優雅部の手伝いもしてるんでしょ?」


「えぇ、凄く助かってます」


 絢葉が答えると、高橋はにっこり微笑んだ。

 だがその直後、一人の部員が膝を擦りむき、手当を求めに駆け寄ってきた。


「はいはい、ちょっと待ってね」


 手際よく処置を終えると、高橋はそのまま救急箱の備品のチェックを始める。

「えっと、テーピングと消毒液が残り少ないな。……あれ、ワセリンも、もうこんなに減ってる。今のうちに買ってこよ」


 忙しなく動き回る彼女の姿に、史桜が小さく囁く。

『お邪魔にならないうちに退散しようか』


「そうですね。お邪魔しました!」


 絢葉は深く頭を下げ、遠くからこちらへ手を振ってくる佐伯に手を振り返して、校庭を後にした。


 その後、そのまま今日の調査は終了。絢葉は帰宅の途に着いた。

 茜色に染まった空を見上げ、小堀や悠斗の顔を思い浮かべる。


(小堀先輩も佐伯先輩も、あんなに熱心に部活に打ち込んで凄いなぁ)


 そして今度は史桜の顔が浮かぶ。


(今日は確かに調査って感じじゃなかったな。全然進展しなかったけど、ちゃんと真相は解明出来るのかな……)



 ──その頃、優雅部部室。

 史桜は湯気の立つ紅茶を静かに口に運び、窓の外へ目を細める。

 言葉はない。ただ、思索の影が深く落ちていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る