チルヴェニィグラード奇譚集

烏丸啓

チルヴェニィグラード、あるいは不思議の街について

三ヶ月ぶりに帰ってきたチルヴェニィグラードに、特に変わった様子はなかった。いや、細部は変わり続けているのだろうけど。

ノヴ・ツルヴェナとノヴァ・ルベリアは相変わらず賑やかで、旧市街は、相変わらず静かだ。ノヴ・ツルヴェナとノヴァ・ルベリアはどちらもチルヴェニィグラードの新市街なんだけど、住んでいる住民が違う。遠くから来た者はノヴァ・ルベリアに、近くから来た者はノヴ・ツルヴェナに住む。どちらも、南に行けば行くほど地価と物価が下がる。

そして、ボクは今、ノヴァ・ルベリア南教会の尖塔の上に居た。夕陽を眺めるためだ。もう儀式みたいなもので、チルヴェニィグラードに帰ってきたときは、必ずこうする、と決めている。傍らには、オリーブが少し。酒はない。いらないとボクが言った。

相変わらず、この街にはいろんな噂が飛び交っていて、教会に着くまでに沢山の噂を聞いた。ゴミ捨て山にはひとりでに動くオートマタ、化け物横丁には踊り狂うマネキン、そのすぐ北の路地には青白いランプの子供達、子供といえば、ノヴ・ツルヴェナには声をかけてはいけない双子がいるとかなんとか。ここまでの噂は全部ノヴ・ツルヴェナの噂だけど、それは旧市街やノヴァ・ルベリアに怪異がいないことを意味しない。ノヴァ・ルベリアには夜な夜なかつての恋人のもとに死んだ女が現れて、旧市街には空を飛ぶ少年が出るとか。それから、前世占いなんてのも流行っている。それに釣られたか、それとも東方から来たのか、七不思議まで広まりだす始末。大半の噂は、そのまま消えてしまうけど、それを生きのびた噂たちはチルヴェニィグラードの新たな怪異となる。

普通の街なら、そうはいかない。けれども、このチルヴェニィグラードという街は、とびきり幻想の色が濃いのだ。だから、怪異がこの街には沢山いる。その原因は南端の共同墓地にあるのではないか、とも言われているけど、あいにくと詳しい話をボクは知らない。とにかく、この街は幻想の色が濃くて、ボクみたいな怪異に片足を突っ込んでいるような者にとっては、すこぶる生きやすい場所だ。


ああ、そろそろ日が暮れる頃合いだ。西に沈んでいく、夕陽をしばし眺める。 最後の残照が、見えなくなった。これから先は、怪異の、そして、幻想の時間だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る