第6話 ほんとうにご主人さまのためになること――

 その報せを聞いたのは、俺がいつものごとくダリヤに訓練をつけている時だった。


 息を切らせたアラヤたちがやってきたかと思うと、俺に言ったのだ。――アナスタシアが行方不明になった、と。


 しかも、また死者まで出ているという。


 ――俺はダリヤを連れ、すぐに現場である教会へと向かった。




「――絶対に、聖女を探し出せ! これは敵対派閥の仕業に違いないぞ! ご丁寧にうちの信徒まで殺して……!」


「し、司教様、そろそろ落ち着かれたほうが」


「これが落ち着いていられるものか! やっと、やっとここまで来たのだ! こんなところで蹴落とされてたまるものかァ……!」


 あれは……この間の式典でも見た狸司教か。何度も同じ言葉を繰り返しては、周囲から止められているようだが。


 それに、そんな教会勢を囲うように集まった野次馬。こいつらのざわめきを見るに、相当な大事があったことは間違いないだろうが――。


「――アラヤ。それで、さっきの話は確かなんだな? だとすれば、もう少し詳しい状況を」


「ああ……さっきまでのにいちゃんはえらい血相で、話しかけるどころかついてくだけで必死だったからな。とは言っても、俺だって何が何だか分からねえ」


 アラヤは「いつもの聖女様の話の最中だった」と前置きして続けた。


「――突然だ。前触れなく、目の前が真っ暗になってよ。目を開けてるし、太陽も空に浮かんでるはずなのに何も見えねえ、そんな状況さ。周りの騒ぎようを聞くに、全員同じ状況だったと思う」


「視力の、喪失?」


「ああ、まさにそんな感じだ。それで当然俺たちゃ焦るが、その状態は長く続かなかった。次第に視界がぼやけながら戻ってきてよ。完全に見えるようになったときには――気づけば、聖女様はいなかった」


 薬物……いや、こんな劇的かつ短時間で元に戻ったんだ。かなり強力なスキルと見た方がいい。


「それで。いなくなった聖女様を探して、慌てて周囲を見渡したんだが、その時に気づいた。倒れて起きあがらねえ――どころか、外傷もねえのに心臓が止まったやつが何人もいたんだ」


 その言葉に、隣のダリヤがひゅっと息を呑んだ。


 まだ人死には慣れていない? いや、故郷のことを思い出すのか。置いてきた方がよかったか……。


 そう、俺が考えた直後。ダリヤは間髪入れずに反応した。


「――だいじょうぶ、です。わたしも、ご主人さまのお役に……!」


「……基本は、お前の意思を尊重するが。それでも、もし自分で自分の身を守れないほど危なくなったなら、その時は問答無用で置いていくぞ」


「……はい! 特訓の成果、見せてみせますからっ!」


 ……少し、気合を入れ過ぎているのは気になるが。だが、これもいい経験にはなる。最優先は見失わない前提で、ダリヤも動かすとしよう。


 よし、後は。


「――アラヤ。お前たちが気を失う前、何か気になることはなかったか? どこかから魔力を感じたとか、不審な人影を見たとか」


「いや……それが特にそんなこともなくてよ。言われてみれば、ちょっとした魔力くらいは感じたかもだが……いや、それも気のせいかも」


 実質、手がかりはなしというわけか。……教会側は遺体を回収して確認くらいしただろうが、そんな情報を俺に教えてくれるとも思えん。


「――早く見つけ出せ! 聖女をすぐに私の元へ! 見つけた者には、いくらでも金を渡すッ!」


「し、司教様……ッ」


 相変わらず興奮しているな。どうも自分の地位が掛かっているのか、なりふり構わない有様だ。アラヤの言っていた通り、懸賞金までかけている。集まった野次馬の一人でも情報を持ってくればと、藁にもすがる思いのようだな。


 大金もかかったとあっては、俺も全力で捜索するつもりだが……しかし、せめてもう少し情報が欲しいな。


 ……ダメもとではあるが、聞いてみるか。


 俺は騒ぎ立てる司教の周りの聖職者、その一番端にいる者へ近づいていく。そして、こちらに気づいた聖職者へ向かって訊いた。


「聖女サマを探しに行くにあたって。もう少し何か、情報をもらえないか」


「……はぁ? こっちはいま、貴様らの相手をしている場合じゃないんだ……!」


「見つからないとまずいんだろう? なら、少しでも確率を上げるよう動いたらどうだ」


「ッチ、貴様らのような者に話したところで――」


「――さっき司教サマが言っていた敵対派閥とやら。市民地区の教会勢力、か?」


「ッ! 貴様、なぜそれを……!」


 図星か。この間の騒ぎで現れた、市民教区教会堂のドロテアとやら。あいつの所属が、おそらくアナスタシアらの敵対勢力。


 その程度でもあたりをつけられたなら……。


「ふん。だが、貴様らがそれを知ってもどうにもならんッ。仮に向こうの教会に行ったとして、門前払いされてしまいだ! 大人しくその足を使って、わずかな痕跡でも探してくればいい……!」


 それは正面から行けばそうなるだろうが。……誰が馬鹿正直にそんなことをするものか。


 ……ひとまず、聞きたいことは聞けた。あとは動くのみ――と。そう思って踵を返した後だった。気になる言葉が聞えて来たのは。


「……だいたい、俺はあの聖女も怪しいと思っていたんだ。来歴も知れないし、今回死んだのはよく聖女に突っかかっていた下等民だというじゃないか。勢い余って殺したあと逃げ出したんじゃないか」


 ッ! アナスタシアが疑われているのか? しかもこの言い草。やはりこいつら、同じ勢力内でも一枚岩じゃない。


「ひどい、言い方です……。あのシアお姉さんがそんなことっ」


「ああ。俺もそう思う。――あいつは、そんな短絡的なやつじゃない」


 あいつの性格ならよく知ってる。……つもりだっただけで、最近は知らない一面もいくつか見ているが。しかし、こんな簡単に人を殺すやつじゃないのは確かだ。


 ――あいつにはここ最近世話になったからな。大金を手に入れるついでに、少しくらい力を貸してやる。


 そうと決まれば。


 ――さあ。さっさと、行くか。




「――シアお姉さんには、いっぱいお世話になったから。それになにより……きっとご主人さまにとって、聖女さまが味方なのはとってもいいことのはず。だから――」



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