第4話 ダメダメ、負担になっちゃ……

 ――時間は、昼下がり。


 家の外からは遠く未開発地区の荒っぽい喧騒が聞こえてくる。


 その中にはたいてい、最近訓練に精を出しているセラス商会の脱走奴隷たちの声も含まれているのだが……。


「――……聞こえないな。今日は」


「ぁえ、なにか言いましたかご主人さまっ? ……ご飯、ですか? 昼食はもうすぐできるので、あとちょっとだけ待ってくださいね!」


「……お前の中で俺は、どういう認識なんだ」


 腹を空かせた子どもじゃあるまいし。メシの催促はしてない。


 しかし。なぜ俺の奴隷はみな、一緒に暮らしてしばらくすると世話焼きになるんだ。


 ダリヤはまだマシな方だが、ルナなんかは特に酷かった。下手すれば俺の着替えさえ手伝おうとしてくる……。


「……む。ご主人さま、ほかの子のこと考えてます」


 なんで分かる……。そういえば、他の奴隷もそういうことには敏感だった。


 特にアナスタシアは――と、そう考えて。


 脳裏に浮かんできたのは、つい先日のこと。未開発地区の教会であいつと会った時のことだ。


 ――教会完成の式典で起きた、聖女を狙った襲撃。


 結局あの事件の詳細……襲撃者の正体や目的は謎のままだが。しかし、あとから伝え聞いた事実が一つだけある。


 俺が気絶させたあの怪しい人物はその後。


 ――――命を失ったというのだ。


「指名手配されてない以上、俺が犯人扱いされてはないんだろうが……」


 噂では。聖女への不埒な行為に怒った月神が天罰を下したとかなんとか。


「だが実際……誰かが口封じしたとしか思えん」


 教会内も貴族社会に負けず劣らず、ドロドロとした権力闘争でもあるのかもしれん。


 そんなやつらがこの未開発地区に来たと考えると反吐が出る……が。


 それよりも気にかかるのは。


 ……アナスタシアは。そんな権謀術数渦巻く魔境で、どんな立場に置かれてる?


 そう、ぐるぐると思考が巡りそうになったところで。


「――ご主人さま! お昼ご飯ができました。食べましょう……っ!」


「……なんか怒ってるか? ダリヤ」


「……そんなっ。わたしみたいな奴隷が、ご主人さまに怒るなんて。とんでもない、です……っ!」


 言われて初めて気づいたような顔で、自分の頬をムニムニとほぐすダリヤ。


 それからぽつりと零した言葉は、小さすぎて俺の耳には届かなかった。


「……わたし、ちょっと贅沢になっちゃったみたいです。これ以上を望んだらバチが当たっちゃいますよね。それに……里のみんなもまだ、見つかってないのに――」




 ――そうして。ダリヤが用意した食事を摂りながら。


 話題に上がったのは。


「――今日は、教会に行くって言っていましたよ、アラヤさんが」


「なに? 教会だと?」


「はい。今日はたしか、炊き出しの日なんです。できるだけご主人さまに迷惑かけないようにって」


「ほう。……まだ、仕事も軌道に乗ってはいないようだからな」


 アラヤとは、セラス商会で囚われていた奴隷たちをまとめる俺よりいくらか年上だろう男の名だ。


 彼らは俺の拠点近くに居を構え、各々が持っていたスキルで金を稼ごうとしているようだが、すぐに実を結ぶものでもない。


 だが、あいつらは生産系のそれなりにレアなスキルを持っていた。それを俺のために使うこと、そして将来稼ぎが出たら一部を俺に還元することを条件に、たまにまとめて食料を提供してやっている。


 利益を見込んだ将来性への投資、というとこだな。


「……あっ。そういえば」


 正面に座ってパンに齧り付いていたダリヤが、突然思い出したように声をあげた。


 なんだ?


「……アラヤさんに、言われていたんでした。炊き出しの日、よかったら一度ご主人さまを連れてきてくれないかって」


「なんで俺を?」


「それが、理由は言ってくれなかったんですけど。あんまり忙しくない日があれば気分転換にでも……って」


 気分転換? 炊き出しに気分転換もなにも――。


「――その……。シアお姉さんが……対応してくれる、そうですよ……?」


 それは……そういう、ことか。


 さてはアラヤたち、俺にいらん気を利かせたか? あいつらの中ではなぜか、俺が奴隷をたいそう大事にする人格者のような扱いになっているらしいからな。解せん。


 だがしかし。


 アナスタシア、か。先日の事件のこともある。情報収集も兼ねて……行ってみるか。


「ダリヤ。午後の訓練だが、今日はすこし時間を後ろ倒すぞ」


「ご主人さま。それってつまり……」


「ああ。俺たちも炊き出しに参加する。食べ終わったら出かける準備をしろ」


「…………」


 ん? 黙り込んでどうした。俯いて……。


「なにか不都合あるか? 体調でも悪いか。それなら今日無理にとは――」


「――いえっ。そんなことは! すぐ食べて準備しますね……!」


「ああ……別に急いで食う必要はないが。頼んだぞ」


「……はい!」


 少し、無理しているようにも見えるが……。


 しかし、俺はダリヤの親じゃないからな。言いたいことがあるなら言ってもらわんと分からん。


 なにも言わんなら問題なしと思うぞ。……いいんだよな?




 ――ということで。


 昼食後、ダリヤと二人で教会までやってきたはいいが。


 献堂式典の時と同じく、教会の前に人集りがあるが……どうも前と雰囲気が違う。


 前の炊き出しでは大きな鍋から温かな料理が配られていたが、今日はそんな調理器具が見えん。


 そして、人集りの前でこっちを向いて立つ金髪――あれはアナスタシアか。あいつがみなに何か語りかけている?




「――そして。主は、月神様は。疲れた大地を思い、一日のうちの半分は太陽をお隠しになられたんです」




 なんだこれ。


 炊き出しじゃなくて――説法?



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