第17話 この場を乗り切って、使った金額分は働いてもらうぞ

 【スキル購入】。俺のスキルの中でも特に秘すべき、強力無比なユニークスキル。


 本当は俺を追う貴族の手先に見せたくはなかったが……状況を打破するためだ。


 セラス伯がいったい俺の何を知っているのか知らんが、思い通りになどさせてやるか。


「さあ。反撃の時間だ」


 お前らは、もう自分のやるべきを分かってるな?


「ここまで、ずっとこの人が好いにいちゃんばかり負担かけてたからなぁ! この力があれば俺たちも!」


「行きましょう!」


「おお!」


 そうだ。それでいい。


「ダリヤ、お前はこっちだ。俺から離れるなよ」


「わ、わたしもスキルありますよっ」


 軽く睨んでやれば。


「……う。ごめんなさい、言う通りにします……」


 しゅんと顔を曇らせたダリヤが俺にぴたりと張り付く。密着しろとは言ってないが……まあいいか。


 ――さて。では、奴隷たちよ。ここまで散々溜めさせられた鬱憤、あいつらへ盛大にぶつけてやれ。


「っく、お前たち! 相手は十人の奴隷……対複数の陣形だ! 少々の戦力増強はあったが混乱するなよ。相手は奴隷使い、こうなることはもともと織り込み済みだ!」


「……はい!」


 なるほど。貴族の私兵だけあって、多対多はお手のものってわけか。


 それぞれの役割を踏まえた組織立った動き。より多い数で封殺するつもりだな。確かにこっちが烏合の衆なら、お前らの期待通りにことは運ぶだろうが……。


 ただ、忘れるなよ。俺の二つ名は――。


「おい、奴隷たち! これから、お前らの命を俺に預けられるか! この『奴隷使い』の指示に、迷いなく従うことができるか!?」


「――当然だぜ、にいちゃん……! 俺たちゃあんたに救われたんだ! 命なら、もうとっくに預けてるぜ!」


 俺の前に出て奴隷たちをまとめる男が返事をする。他のやつらも……構わないらしいな。


 いいだろう、なら。


「今からお前らは、『奴隷使い』の戦力だ。俺の風がお前らの動くべき道を教える。攻撃もできる限り防ぐ。だから――」


 ――好きなように、暴れてみろ。


「【大気支配】――鏡面気相!」


「んん? これは、風が吹いて……?」


「その風がお前らへの指示だ。風が吹く方向へ進め!」


「そういう、ことか……! ああ、分かったぜにいちゃん!」


 よし。全員、俺が示した通りに動いているな。


 奴隷たちへ向かう遠距離攻撃は俺が叩き落し……そして、とうとう接敵。


「おらあ、力が有り余ってるぜえ!」


「ッな、この……!? ッぐぁ!」


「っか、は……ッ」


 奴隷たちのまとめ役であるあの男が、一番体が大きく体力もあるだろう。だから、あいつが先頭だ。今も期待通り、敵の先鋒二人を連続で殴り倒した。


「何してる、お前たち……! あんな、素人相手に!」


「い、いや……。全員が【身体強化】持ちなんて、素人でも手ごわくって……っぎゃぁ!」


 そう、それでいい。


 相手は盾役を添えた飛び道具持ちに、前衛の兵、そして遊撃の隠密スキル持ちと、万全の体制のもと多層的な攻撃を仕掛けてくる。


 さっきまでは足手まといを抱え劣勢に立たされてたが……今はもう俺の手足として有機的に動く、【身体強化】を発動した奴隷たちがいる。


 俺はあくまで、遠距離攻撃や隠密兵の奇襲に対する一次対応、相手の固い防御の切り崩し、そして状況を俯瞰して見たうえでの適切な指示……それだけやっていればいい。


 そうすれば後は、屈強な前衛と化した奴隷たちが自然と敵を片づけるってわけだ。


「……す、すごいですご主人さま! あっという間に敵が……!」


「ああ。大枚はたいたんだ。これくらいはやってくれんとな」


「あ。さっきの、金貨……」


 あれだけの金貨、一つのスキルに集中させればもっといいもの買えたんだぞ。それをここで使わされたとあっては、せめて不都合なくこの場を切り抜けられるくらいじゃないとやってられんわ。


 ……おっと、戦場に集中しないと。奴隷たちに向かう大技――炎の塊を強力な気圧差で散らしてやる。術者は……あそこの三人か。


 お返しに防御役ごと術者を抜く圧縮空気弾だ。


「ッな……! クソ、貴重な【火炎操作】持ちが……!」


 よし。あいつらが敵で一番の大技持ちだったな。貴重な自然系スキル持ちを同系統で揃えてるなんて贅沢な戦力だが、そろそろ弾切れじゃないか?


 増援が減ってきているぞ。


「あと一押しだ! 別に、全員を倒す必要はない。俺たちを止められない程度にまで戦力を減らしてやれば、後は逃げるだけなんだからな!」


「ああ、任せてくれやにいちゃん!」


 奴隷たちもまだまだ疲れる様子はなく、士気は極めて高い。相手のリーダーは顔を青くしているし、勝負あったんじゃないか?


「ッく、そ! 一体どうして……さっきまで、俺たちが優勢だったはずなのに! 奴隷使い、お前どこでそんな用兵術を!? そこらの無法者が身に着けていていいものでは……!」


「誰がお前らなんかに教えてやるか。それよりも。――そろそろ、道を開けてもらうぞ」


 敵が次々に倒れていくにしたがって、俺たちはこの袋小路の出口に近づいていく。


 相手は焦ってるが、それでどうにかなるものか。むしろ冷静さを失って、余計に俺たちが有利になるだけだ。


 ……そして、とうとう。


「おい、にいちゃん! もう相手はこっちと同数だ! 増援もいまは見えねえ!」


「ああ。頃合い、だな」


 ここまで相手を削れたのなら。――強行突破だ。


 奴隷たちに強烈な追い風をかけ、傍らのダリヤを抱き上げて背負う。


「っきゃ! ご、ご主人さま。あの、また、ありがとうございます……」


 そう、恥ずかしそうに耳元で聞こえた小さな声は。


 ――頭上から重たいものが降ってくるような音に、かき消されて。




「全員、俺から離れろ……ッ!」


 そう叫んだ直後だった。


 ズドンッッ、と。


 直前まで俺がいた場所を中心に、強烈な衝撃が走る。


 そして、視界いっぱいに広がる土煙と、飛散する瓦礫――。



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