第13話 きっとわたしがご主人さまを幸福に

 そうして、何度か追手を撒いて逃走を続けることしばらく。


 ――未開発地区まで、あともう少しか。あそこまで行ければだいぶ逃げやすくなる。いま俺たちを追っているやつらは未開発地区に詳しくはないだろうからな。


 この辺りと違って無秩序に伸びる道に、勝手に建てられたいくつもの家屋。地の利を得られれば、完全に撒くこともできるだろ。


 だから今は、振り切れなくてもなんとか未開発地区まで。


「――あっ! すみません、また前から追手が……!」


「ちっ、またか。もう言わんでも分かるな?」


「はいっ!」


 俺の前を走る奴隷たちが道を開け、俺がスキルで攻撃する。そして立ち並ぶ家屋に衝突して意識を失うセラス伯の私兵。


 こうしてちまちま敵の数を減らしてもいるが、ちっとも圧力が弱まった気がしないぞ……!


「す、すまねえ、にいちゃん。しかし、いったいどれだけ数がいるんだ? もしこんな数が一斉に襲ってきたら……」


「そうならないように、足を止めるなよ。一か所に留まっていれば、次から次へと敵がやってくるんだ」


「あ、ああ、分かってるさ。俺たちのせいでにいちゃんまで捕まらせるわけにゃいかねえ……!」


 そう言って、奴隷たちはまた必死な顔で走り出す。


 しかし……やはり、危うい。こいつらはそれなりの期間あの地下牢に閉じ込められてただろうし、体調は万全じゃない。


 それに、セラス伯のやつめ。おそらく意図して、あそこに戦闘系のスキル持ちを置いていなかったな。逃げる時すこし聞いたが、全員が補助や生産系で固められていた。


 そうじゃないのはダリヤだけだが。ダリヤのスキルは、まだ戦闘できるような練度じゃないと聞いている。


 やはり俺が雑魚を散らすしかないかと、舌打ちを一つ。


 ――その時だった。


「ご主人さま……。わたしたち、このまま逃げ切れるでしょうか?」


「ダリヤ。お前はそんなことを気にしなくていい。とにかく、未開発地区まで逃げ込めればこっちのものだ。またお前が奴隷として囚われるようなことは――」


「……っ! ――わたしは! ご主人さまのことが心配なんです……っ。とんでもないスキルをいくつも持ってるからって、わたしを背負って、牢屋にいたたくさんの人までつれて……!」


 俺の心配だと? ふん、生意気な。だが、背中のダリヤを不安がらせるほど余裕がなかったか。このくらいのことで、我ながら情けない。


 ……これからこいつを教育していくうえで、主人の威厳というものは大事だからな。いいだろう、もう少しギアを上げて――と。


 そう思った時だった。


「ご主人さま、言ってくれましたよね。わたしに、『もっと強かになれ』って」


「? ああ、言ったが」


「じゃあ……。――あのひとたちを、置いてくことはできませんか……?」


 ……! こいつ……言うじゃないか。


「……確かに。俺とお前の二人だけならもっと簡単に逃げられる。今のように危ない状況にはならんだろう。俺が言った通り、ダリヤが自分のことだけ考えるならそれが正解だ」


「じゃあ……!」


「だが……お前、本当に自分のために言ってるのか?」


「……っ」


 ぎゅっと、俺を掴むダリヤの手に一瞬力が入る。だが、すぐにしまったとばかりに力を抜いたな? 俺が走るのをわずかでも邪魔しないようにと、遠慮がちに回されたその腕。


 ガキが、そういうことを気にするなと言ってるんだ……。


「いいかダリヤ。もう一度言うぞ。お前、俺のことを考えてそれを言ってるなら止めろ。この状況、自分のために媚びを売ってるわけでもないだろう」


「で、でもっ! こんなの、ご主人さまばっかり……!」


「何度も言わせるなよ。俺には俺の考えがあって、俺のためだけに行動してるんだ。それをお前が勝手に推し量って気を遣うな。不愉快だ……!」


「でも……っ! ――…………ごめん、なさい」


 ふん。これだけ言えばさすがにわかるだろう。


 そうやって過度に俺のことを気にする――信じるなんて、奴隷としては阿呆極まりない。いっそ寝首を掻くくらいのつもりでいろ。


 そうじゃないと。……いつか本当に、後悔することになるぞ。


「わかったなら、お前は黙って背中で揺られてろ。落ちたら逆に迷惑だからな、もっとちゃんと掴め」


「……はい」


 ふん、やっとちゃんと掴んだか。これでもまだ控えめだが、もうこれ以上は言うまい。




「――……もう、すこし。言い方を工夫しないと。ご主人さまがご主人さまを一番に考えてくれるように――」




 ダリヤのやつ、いま背中で何か言ったか? ここで俺の悪口でも言えるなら、将来有望なんだがな――。




 ――そうして。


 その後も追手を退けながら、ホームタウン目指して逃走を続けることしばらく。


 この時、俺はまだセラス伯を舐めていたのかもしれない。


 ……思えば、王都の一画でこれほど派手に騒ぎを起こしているのに、衛兵の一人もやってこない。明らかに普通ではなかった。


 もし衛兵がいたならば、セラス商会の違法行為を証拠である奴隷とともに告発し、お荷物を押し付けることもできたろう。


 だが、現実に衛兵など俺たちの前には現れず。


 むしろ。


 セラス伯の凶行は、誰の目にも止まらず見過ごされるのだ。




「――市民の住居を破壊して、道を塞ぐだと……? 無茶苦茶な……ッ!」


「閣下の指示だ。観念しろ……奴隷使い!」


 袋小路になったこの場には、セラス伯の私兵がおよそ二十人。


 ……荷物を抱えながらだと、多少厳しいか?



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