三 バックストリート②
「あっと、ここは」
そこは、幼い子たちを描く絵師たちの集うチャンネルだった。身長の小さな少女たちが、怪しげな男たちを誘うように話しかけて、いそいそと通りの両側の雑居ビルの中に同伴していく様子が散見される。もちろんその子たちは総て、この通りに集う絵師たちによって創造された非実在の存在だったが、Misskey.ioのサーバーの街では人とコミュニケーションをとれるほどに生々しい存在となっていた。裏通りの風景はまるで歓楽街のようで、陽が沈みゆく風景と相まって淫靡な雰囲気に包まれていた。
私は慌てて踵を返そうと二人に振り向いたが、ミスキーガールはベーコン太郎の手を取って、じっと目を見つめて訊いていた。
「ベーコン太郎ちゃん、彼もこういうチャンネルに出入りしていた?」
その質問に、ベーコン太郎は通りの風景を見上げたあと、ためらいがちにうなずく。
「いろいろな画風に挑戦していたので、可能性は、あると思います」
その言葉を受けて、ミスキーガールも深く頷く。
「よし、ちょっと聞き込みしてみよう、勇気を出して」
そう言って、二人は私を追い越す勢いで小路に足を踏み入れる。私は二人を追うようにして歩き出した。
しかし、いざ二人が聞き込みを始めようとすると、男たちも少女たちも視線を合わそうとせず、建物の中に逃げ込んだり、小路を外れていったりした。彼らからしてみれば、大人の女性が二人もいて、冷やかしにでも来たのだろうと嫌がっているに違いない。
そうやって、ミスキーガールとベーコン太郎が懸命に聞き込みしようとしているのに私が尻込みしていると、私の背中を、とんとん、と叩く気配がした。
「おじさま、おじさま、いっしょにあそびませんこと?」
振り向いた背後に立っていたのは、私の胸くらいの背丈の少女だった。銀髪の縦ロールを豊かに揺らしながら、黒いワンピースに白いフリルとレースをたくさん縫い上げたゴシックロリィタの装いで、蠱惑的な笑顔でこちらを見上げる姿に、私は吃驚して返す言葉をためらってしまった。
そこに、私と少女の間に体を差し入れるようにして、ミスキーガールが質問をする。
「あらお嬢ちゃん、ちょっと聞きたいことあるのだけど、このお兄さん知らない?」
緊張感のある笑顔でスマホを差し出しながら訊くミスキーガールを袖にして、ゴスロリ少女は私の前に身を乗り出す。
「知りませんわ。それより、おじさま、いっしょにあそびましょ?」
このチャンネルの裏通りに居るということは、この少女の言う「あそび」とは「そういう遊び」だった。私は言葉を良く噛んで吐き出すようにして、言う。
「あー、ごめんなさいね、おじさんは、小さい子と『そういう遊び』はしないので」
「大丈夫ですわ! わたくし『合法』ですもの」
私の言葉に、ゴスロリ少女は襟元のリボンを緩めて、胸元を見せるようにして上目遣いの姿勢をとる。私は眩暈のするような気分になった。
「たとえそうだとしても、これはけじめの問題なので、しません」
私が首を振って見せると、ゴスロリ少女は犬歯を見せながら口をゆがめて言う。
「意気地なし」
「厳格だと言ってもらいたいな」
私がそう返すと、ミスキーガールが再び私と少女の間に体を差し込んで忠告した。
「とにかく! あなたがここに居ることが許されているのは、こういう大人がきちっとルールを守っているからだということをよーく分かっておくように!」
そう言って、ミスキーガールは私の腕を引っ張り通りの出口へと大股で歩き出す。ベーコン太郎もそのあとに付いて、三人で裏通りを抜けて大通りへ向かう。Misskey.ioの街の日は暮れて、暗い碧色の空にエメラルドの三日月が鋭く浮かんでいる。
「今日はもう聞き込みは終わり?」
表通りに差し掛かるところで私が訊くと、ミスキーガールは手を放して立ち止まり、私を睨んで、問い詰める。
「おやおや小林素顔氏、ああいう子たちがお好きで?」
「いや好きとかそう言う問題ではないでしょう?」
「じゃあ嫌い?」
「そんな無碍に嫌いとか女の子に言うもんじゃないでしょ」
「おやおややっぱりお好きですか、そうですか小林素顔氏!」
「いやだからそうじゃなくて!」
私が反駁しようとしたその瞬間だった。
私の視界が暗転した。
体中に悪寒が走る。
毛細血管がチリチリと焼けるような感覚。
ゆっくりと視界が開けると、私は地面に倒れていて、目の前には心配そうに見下ろすベーコン太郎と、必死に私の胸を心臓マッサージするミスキーガールが見えてきた。
「あれ、どうなったの」
私が身を起こすと、ミスキーガールはぎゅっと私の肩に抱き着いて、頬を寄せてきた。
「よかった、死んじゃうかと思った」
そのとき、私の胸をせりあがってくるものがあった、私は慌ててミスキーガールの身体を引き離して、地面に嘔吐した。
吐瀉物は野球ボール大のカスタム絵文字の形をしていた。それは言葉にするのも憚られるような差別的な罵倒語であり、明らかに他者からリアクションされたものだった
「『リアクションシューティング』されたの?」
ミスキーガールが面食らっている目の前だったが、私はそのカスタム絵文字を拾い上げ、よく振って胃液を払いながら立ち上がり、表通りのビル群の稜線、いくつもの屋上のほうを眺めてみる。明らかにこのリアクションは、遠距離から私に向かって「狙撃」されたものだった。
「これは『リアクションシューター』のオッサンに訊いたほうがいいかもなあ」
私はそう言って、心配そうなミスキーガールと、露骨に怯えているベーコン太郎と共に、メルセデスGクラスが停まっている駐車場に向かった。
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