グリーン・シティ・コネクション
小林素顔
一 カフェテラス
一 カフェテラス①
この街はまず、広がる空からして翠色で、真珠色の太陽が燦燦と照っているという点で他の街とは異なっていた。二本の通りが交差する角地にあるカフェテラスから表通りを眺めると、車道を走るアドトラックが、青い髪にメイド服をまとったネコミミ男子のイラストを一面大きく貼って颯爽と走っている。通り沿いのビル群に設置された大型ビジョンやデジタルサイネージには、おごごご、と奇声を発する黒髪のブレザー姿の女の子や、AIを自称するこれまたネコミミの女の子の漫画が次々に映し出されて、道行く人々の視線を集めていた。イラストや漫画だけではない。深夜帯には脂ぎった料理の写真がホログラムのように車道に浮かんでゆったり行き過ぎたり、ビデオゲームのスクリーンショットやペットの画像、掌編小説や怪文書めいた独り言さえ流れて来るのだった。
こうしたコンテンツは、主にこの街の住人たちの手によるものだった。この街はSNSであり、街の住人が投稿した画像が直接、街を走る車やビル群の大型ビジョンに映し出されるのだ。
分散型ミニブログのオープンソースソフトウェア、Misskey。そのMisskeyを採用したサイトのなかでも特別巨大な規模のサーバーのSNSがMisskey.ioだった。そのMisskey.ioはいま私の目の前で、「ローカルタイムライン」の表通りと、「メディアタイムライン」の表通りが交差する街の姿で具現化していた。この現代においてSNSはまさに人々が暮らすような存在であると言ってよい。事実、他のSNSから「移住」したり「避難」した先として、このMisskey.ioは存在していた。
Misskeyのソフトウェアを採用しているサーバーの街は.ioの他にもたくさんある。ゲーム好きの住民が集まる街、文芸好きが集まる街、自分のオリジナル創作に誇りをもっている作家が集まる街。そうした様々なMisskeyの街のなかでも、.ioの特徴は住民の数が巨大かつ雑多であることだった。Misskey.ioの投稿は「ノート」と呼ばれ、そのサーバーの街に投稿されるすべてのノートを反映する「ローカルタイムライン」の表通りと、画像や音声が添付されたノートに絞って反映する「メディアタイムライン」の表通りの交差点の賑わいは、もはや混沌とも呼べるべきものだった。しかしその混沌は実に楽し気で、言うなれば四六時中お祭り騒ぎをしているような街なのだった。
私はそんな街の様子を、二つの通りに面したこのカフェテラスのテーブルから眺めているのが好きだった。ここのカフェはコーヒーを出さない。それはMisskey.ioのサーバーの管理人である「村上さん」という人がコーヒーが苦手で、そのためこのカフェの店主は村上さんがいつ来てもいいようにと、コーヒーではなくココアをメニューの先頭に置いているからだった。
そう、先ほどから車道をホログラムのように流れていく画像の中の、メイド服のネコミミ男子は、その「村上さん」のアバターである。この街の住人たちは街のサーバーの管理人のファンアートをこぞって描いているのだった。
「どうしたの? 何もしてないのにずいぶん楽しそう」
テーブルを挟んで目の前に座る、ショートボブに丸眼鏡の女性が私に訊く。私は彼女のことを勝手に「ミスキーガール」と呼んでいた。Misskey.ioに初めてやって来たときに仲良くなった女性だったのだが、彼女は冬はグリーンのコートを、夏はグリーンのワンピースを着て、つまりグリーンがイメージカラーのひとだった。彼女は最初、自分がミスキーガールと呼ばれていることに首を傾げていたが、いまでは受け入れてくれているみたいだった。
「いや、別に。『SNSの管理人のファンアート』なんてものを、数年前なら当たり前のように受け入れてたかな、なんて思ってね」
私がそう返すと、ミスキーガールはこの街で「ベイクドモチョチョ」と呼ばれる、薄い円筒状の食べ物を食んだ。「現実世界」では「今川焼き」とか「大判焼き」「回転焼き」「御座候」などと呼ばれる、小麦粉の生地の中に餡やカスタードクリームを充填したそれは、この街ではベイクドモチョチョと呼ばれ、街にやってくる人々への甘味として提供されるのだった。
ローカルタイムラインの表通りのほうに目をやると、流れてくるノートから、まるで爆発でもするかのように絵文字が噴き出した。これは、Misskeyの街に独特な「通知破壊」と呼ばれる現象だった。Misskeyでは投稿されたノートに向かって絵文字のリアクションを付けることができる。サーバーの街ごとに特徴的な絵文字が用意されているため「カスタム絵文字」と呼ばれているMisskeyのリアクションは、ひとつのノートがローカルタイムラインの表通りでの注目を集めると、サーバーの住人から沢山のカスタム絵文字の形になって「投げつけられ」、見た目にも鮮やかにリアクションが「爆発」し、ノートの投稿者の通知欄は鳴りやまなくなるのだった。
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