未完成な

寝言一徹

第1話 未完成な

彼女は気が付いたら傍に居た。

物心つく前からそこに居て、

出会いの瞬間は覚えていない。


僕は周りに比べて物覚えが悪く、

運動も出来なかった。対して彼女は、

何事にも秀でていた。


特に、絵に関する才能は凄まじかった。

幼い頃から大小様々な賞を取っていた。


大人からの評価は何を言っているのか

さっぱり分からなかったが、

美しくも儚い彼女の絵も大好きだった。


彼女のことは本当に尊敬している。

彼女の言う通りにすれば、

何でも上手くいった。


僕にとっては神様の様な存在だ。


あんなに苦手だった勉強や運動も、

彼女の教えで平均以上の成果を残せた。


人付き合いでもそうだった。

彼女の勧める人と付き合い、

止めておくように言われた人とは

付き合わない。


それで何もかもが本当に上手くいった。


しかし、いつしかそれだけでは

物足りなくなっていった。


彼女の傍に居続けられる相応しい人間に

なりたくなった。


高校生になり、非凡な彼女は

どんどん前に進み、容姿は大人びていった。


思いは膨らみ、抑えられない。


このままでは絶対にいけない。


何がいけないのかも分からない、

強迫観念とも感じられる焦り。


彼女に届きたい一心で絵を描き始めた。


生まれて初めての必死。


これまでのように教わることもできたが、

それでは今までと同じだ。


届きたい。


完成した絵を彼女に見てもらえた時、

凄く驚かれた。


彼女の真似事に過ぎなかったので

気恥ずかしかったが、

思いもよらない反応に、

口角が下げられずにいた。


彼女に近づけた気がして、とても嬉しかった。

その勢いで何枚も描いた。

その度に彼女はとても驚いてくれた。


それだけで充分だった。


これで彼女の傍に居ても良いだろうか。


穏やかで満たされた日々が続いたが、

ついに、人生の方向性を決めねばならない

時期がやってきた。


本当に悩んだ。


親や友人が応援してくれる道よりも、

本当に僕のことを考え、悩んでくれた

彼女の一言もあって、彼女と同じ進路先である

地元から離れた国立大学進学を選んだ。


別の道を描いていたら如何なっていただろうかと

想いを馳せることもあったが、

そんなものは子供の妄想であり、

現実的ではない話だ。


キャンパスを歩くと、空気が新鮮だった。

誰かと議論を交わす時間も、

広い校舎を歩く感覚も、

どれも知らなかった世界だった。


そして、誰より彼女の傍に居続けられている

ことが何よりの幸福だった。


「ガールフレンド、つくらないの?」


ある日、唐突にそう言われた。

その様なことを聞かれたのは初めてで、

どこか不機嫌そうにも見えた。


考えたこともないし、

誰と付き合えば良いか分からない。


彼女の態度に焦りながらも、

正直にそう答えた気がする。


「なら、あの娘がいいんじゃない?

一番仲良さそうにしているし、良い娘よ。

きっとあの娘も貴方のことを

好きに違いないわ。」


確かに、良く話しかけてくれる娘だ。

彼女との時間が削がれるので

鬱陶しく思っていたが、

彼女が言うことに間違いはない。


気は乗らないし、その発言は悲しかったが

受け入れることにした。


彼女の言う通りだった。


僕のことを好きでいてくれて、

頑張って話しかけてくれていたようだった。


鬱陶しく感じていた自分を

恥ずかしく思った。


本当に良い娘だった。

僕の事を、いつも考えてくれていた。


それに既視感を覚えた。

それは、懐かしくてとても暖かな

気持ちにしてくれた。


彼女の言うことに間違いはなかった。


あの娘と付き合うことになり、

彼女は傍に寄らなくなった。


当然のことなのだろうが、辛く悲しい。

一番古い記憶以前からの付き合いだ。

まるで自分の半分が無くなったかのようだ。


「彼女と付き合っているものだと

ばかり思っていたけれど、

彼女のことが好きではなかったの?」


彼女は神様だ。畏れ多い。

「そんなんじゃないよ。」とだけ言っておいた。


だって、彼女はいつだって間違えない。


何も分からないけれど、

間違えたのは、

多分、僕だ。


うそつき、と言われた気がした。


あの娘を傷つけ悲しませてしまった。


彼女も離れた。


ある日、本当に、本当に久しぶりに

彼女が目の前に現れた。


胸が高鳴り、幸福感に包まれた。


幸せが形になったものが彼女だった。


しかし、清潔感を失い、

お洒落から遠ざかっているように見えた。


その姿は不安を掻き立て心配を呼んだ。


多幸感と湧き出る不安の相反する感情が

混在し入り乱れ、どちらが本心なのか、

分からなくなった。



「              。」



彼女の言うことに間違いはない。

僕は振り返り、轟音の鳴る方へ飛び出した。


視界に滲んだ色が混ざって、

一枚の絵のようになっていく。


彼女の描いた景色の一部に成れた。


何故か彼女が泣きながら謝っている気がするが、

彼女の胸の中にいるのだ。


やはり、言うことを聞いてきて本当に良かった。




終わり

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