28:プロジェクト・アーク

 民衆の歓声が続く中、わたくしとアルフレッド殿下はバルコニーから城内へと戻りました。国王や宰相たちが駆け寄り、アルフレッド殿下の功績を称え、わたくしに最上級の感謝を捧げます。


 宰相が今後の国の復興について意見を求めた際、アルフレッド殿下は「彼女の意見を聞こう。彼女こそが、この国を導く光だ」と、何の疑いもなく全幅の信頼をわたくしに寄せました。わたくしが、事実上、この国の意思決定権を握った瞬間でした。


 その華やかな光景の裏で、わたくしは耳元の通信機からカイウスに静かに問いかけます。『カイウス、先ほどのログ、詳しくお聞かせなさい』


 カイウスからの詳細な報告。削除されたデータには、個人の名前、年齢、職業といった個人情報らしきものの断片が含まれているが、なぜ削除されたのか、その理由は一切不明。ただ、削除ログの日付は、王国史のいくつかの年代に集中している、と。


「その日付に、王国で何があったのか。歴史書を調べる必要がありますわ。それも、表向きの歴史書ではない、改竄されていない真実の記録を」


 わたくしは再びアルフレッド殿下の元を訪れました。そして、慈悲深い聖女の仮面を被り、こう告げます。


「殿下、今回の災厄の根本原因を断たねば、また同じ悲劇が繰り返されるやもしれません。そのためには、王家の叡智の結晶たる、王立図書館の“禁書庫”を調べる許可をいただきたいのです」


 アルフレッド殿下は「君がそう言うのなら」と、いとも容易く、国王にすら許可が必要な禁書庫への立ち入りを認める、最高位の許可証をわたくしに与えました。


 深夜、わたくしはカイウスと共に、禁書庫へと足を踏み入れます。そこは、カビ臭い書庫ではなく、システムの管理下にある、静謐でデジタルな情報空間でした。


 カイウスが持ち込んだ解析ツールで、削除ログの日付と、禁書庫の年代記を照合していくと、奇妙な一致が見つかります。ログが集中している年代はすべて、王国が原因不明の飢饉や疫病、あるいは戦争の危機に瀕し、人口が“自然に”減少したと記録されている年代でした。


 そして、それらの「人口減少」を記録したすべての公式文書の片隅に、通常は不可視化されている、システム管理者用の小さな注釈(アノテーション)が残されているのをカイウスが発見します。


「…見つけましたわ、カイウス」


 わたくしは、古文書に浮かび上がった、冷たく無機質な文字列を指さしました。


「この世界では、“間引き”をこう呼ぶようですわね」


 そこに記されていた言葉は、あまりにも場違いで、そして神々しい響きを持っていました。


《事象記録:第一次 “プロジェクト・アーク” 完了》

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