10:たった一つの手掛かり

「ずらかるぞ! ここもじきに物理的にロックされる!」


 意識を弾き飛ばされ、ふらつくわたくしをカイウスが支えます。システムが発する警告音が鳴り響く中、わたくしたちは来た道を全速力で引き返し、転移魔法陣に飛び込みました。ギリギリのところで、辺境の拠点へと帰還します。


 屋敷の作戦司令室。カイウスが淹れた苦いコーヒーを飲みながら、わたくしは精神を落ち着けました。


「それで、首尾はどうだった。何か掴めたか?」


 彼の問いに、わたくしは静かに首を振ります。


「ダウンロードは、ほとんどをブロックされました。わたくしが掴み取れたのは、ただ一つのファイル名だけ…」


 わたくしは、忌々しげに、しかし冷静にその名を告げました。


「――アリア」


「はあ? あの聖女の名前だと?」


 カイウスは困惑します。


「創生の書庫の、それも最深部にあった情報が、ただのNPCの名前だけってのはおかしい…」


 彼は部屋を歩き回りながら、可能性を一つずつ潰していきました。


「単なる重要NPCなら、あんな厳重な保管はしない。ガーディアンの一体? いや、奴はシナリオに表立って干渉しすぎている…」


 そして、彼は一つの恐ろしい結論にたどり着きます。


「…なあ、イザベラ。もし、アリアが単なる駒(ピース)じゃなかったとしたら?」


 彼はわたくしの目を見て、静かに、しかし確信を込めて告げました。


「彼女は、この世界のシナリオそのものを管理し、逸脱者を排除する**“マスター・シナリオ・プログラム”。あるいは、マザー・システムがこの世界に干渉するための、唯一の“ユーザー・インターフェース”……チェスで言うなら、最強の駒である“クイーン”**そのものなのかもしれん」


 その仮説は、これまでの全てのピースを完璧にはめ込みました。アリアの不自然なまでの完璧さ、常に物語の中心にいる都合の良さ。すべてが説明できてしまいます。


 わたくしは、かつて自分を陥れた少女の顔を思い浮かべ、その正体が想像を絶するものであったことに静かに戦慄しました。そして、新たな決意を固めます。


「ええ、そうかもしれませんわね。だとしたら、話は早いですわ。次のターゲットは、あの“聖女様”そのもの、ということですから」

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