6:管理者権限とハッカーの知識

「結構だぜ」


 わたくしの挑戦的な言葉に、カイウスと名乗った男は愉快そうに肩をすくめました。


「それでこそ、この世界の理不尽(ルール)に牙を剥く資格があるってもんだ」


 彼は目の前で明滅を繰り返す森を指し示し、講義を始めます。


「まず、あんたは勘違いしている。こいつはバグじゃない。システムの“隔離プロトコル”が正常に作動した結果さ」


「隔離…ですって?」


「ああ。この世界を一つの巨大なOSだと考えてみな。あんたという“ウイルス”が、デリング伯爵のファイルに不正な改竄を加えた。それを検知したOSが、これ以上汚染が広がらないように、この森のファイル一式を強制的に破損させ、外部からのアクセス権限をすべてロックしたのさ」


 なるほど。わたくしの力が通用しなかったのではなく、システム側が防御壁を築いて、わたくしのコマンドを弾いていた、と。


「だから、表面からいくら『削除しろ』と命令しても無駄だ。ロックされたフォルダは、外からは開けやしない」


 カイウスは続けます。


「解決策は一つ。システムのより深い階層――管理者しかアクセスできない“コンソール”を使って、そこから直接、隔離プロトコルを停止させる命令を出すんだ」


 まるで、わたくしの知らない世界の設計図を、彼はその目で見てきたかのように語ります。


「都合の良いことに、そのコンソールはこの森の奥深く、忘れられた古い祭壇の形をして存在している。場所は知ってるが、アクセスするには“管理者権限”というパスワードが必要でな。俺一人じゃ、どうにもならなかった」


 彼の案内に従い、わたくしたちは森の奥深くへと足を踏み入れました。やがて、苔むした石造りの、小さな祭壇が姿を現します。


「ここだ。いいか、ただ『消せ』と念じるだけじゃダメだ。もっと複雑なコマンドを組み立てる」


 カイウスは、まるでオーケストラの指揮者のように、わたくしに指示を出します。


「まず、システムの防御壁に意識を接続。次に、あんたの権限で認証を強制的に突破。最後に、実行中の隔離プロトコルNo.772を、強制的に停止させる――この手順でいけ」


 半信半疑のまま、わたくしは彼の指示通りに自らの力を、まるで糸を紡ぐかのように繊細にコントロールしました。大雑把な魔法ではない、精密機械を操作するような、緻密なハッキング作業。


 わたくしの力が祭壇に注がれると、石に刻まれた紋様が淡い光を放ち始めます。


 次の瞬間、森を覆っていた空間の歪みと明滅が、すぅっと霧が晴れるように消え失せました。木々は緑を取り戻し、地面のピクセル化も完全に修復されています。


 わたくしの力が通用しなかった現象を、目の前の男の知識があっさりと解決してみせた。


「……合格ですわ。あなたの知識は、本物のようですわね」


 わたくしは、初めて彼の実力を認めました。


 屋敷に招き入れたカイウスは、自分がかつてシステムの法則を探求する「宮廷魔術師」だったが、真実に近づきすぎたために追放された過去を明かします。


「ちまちま貴族に復讐したところで、運営に目をつけられてBANされるのがオチだ。本気でこの世界に一泡吹かせたいなら、目標は一つ。この世界のすべてを管理している大元――“マザー・システム”の在処を突き止め、その制御を奪うことだ」


 復讐は、もはや些末な目的でしかありません。


「結構ですわ、カイウス。我々の真の目標は、このサーバーの完全な掌握。――“運営”からこの世界のすべてを奪い取りますわよ」

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