第20話「レベリング」

 アルヤ鉱山。ウヌクアルハイの岩窟。


 ベリウスたちがここを訪れた目的は、ベリウスとシグレのレベリングにある。

 ぽちゃり、ぽちゃり、と遠くから響く水音と、冥府から噴き出したような冷気に迎えられ、千差万別の鉱石が埋まる足場の悪い岩窟の中をグングンと進んでいく――魔獣、ボアテンペストの背中にしがみついて。


「ぬわぁあああ――ッ、神様神様神様敬虔なる信徒たる我らに聖なる加護おおおおッ」

「このっ、魔獣風情が! もっとご主人様を丁寧に運びなさ――うきゃっ」


 ボアテンペストは、アルヤ鉱山に住まう蛇型の大型魔獣である。


 シグレが絶叫し、ティアナディアは不意の衝撃に可愛らしい悲鳴を上げる。

 ボアテンペストのレベルは三十~三十五そこらで、基本的には鉱山奥深くで眠っているのだが、時折、こうして入口の部分まででてきては、冒険者たちを脅かしている。


【調教】の魔法で、一時的に言うことを聞かせてみたのだが、どうにも上手くいかない。というか、細かい命令を聞いてくれない。


「ふむ……雑にスキルポイントを振り過ぎたか……」


 強風に煽られた金髪が逆立ち、ばたばたとローブがはためく中、ベリウスはぽつりと呟く。


 だが、考えなくボアテンペストを移動手段に用いたわけではない。

『Legend of Ragnarok』で最高経験値を誇る魔獣――ルーメンボアは、ボアテンペストの変異魔獣ネームドビーストである。


 変異魔獣ネームドビーストとは、既存の魔獣が突然変異したことで発生する特殊個体のことであり、ルーメンボアは、ウヌクアルハイの岩窟深層にのみ現れる。


 その体には無数の鉱石が埋め込まれており――正確には、体内の異物が結晶化したもので鉱石や魔石等と同じ機能は持たず、絶命した瞬間に黒ずんでしまうのだが、経験値の量が圧倒的だ。


 ルーメンボアの出現頻度や場所には明確な法則性がないと言われていたが、ベリウスはゲームをプレイしていた時代に彼らの巣に侵入するルートを独自に開発していた。

 これは密かな自慢であり、当時は何度もルーメンボアに世話になった。


「再びここを訪れるとは思っていなかったがな……」


 ベリウスたちは、ボアテンペストの案内で、彼らの住処に到着。

【モアサーチライト】を使い、どこまでも続く闇に魔力の光を灯す。


 そこに広がっていたのは、巨大なアリの巣のような、ウロボロスがのたうち回ったかのような、無数に分岐する洞穴だった。


 ここから、変異体であるルーメンボアを探す作業に入るのだが――。


「あ、ぇ、うえへへ、か、神様! これがシグレに課された試練だと言うのですね! 苦難にも負けず、強い心、心ぉおお、しかとこの尻尾に刻みますぅう!」


 シグレは、早速ルーメンボアに捕捉され、追い掛け回されていた。


 シグレは、ベリウスが与えた装具を装備していた。

 そのローブや、三角帽子はややオーバーサイズだった。袖は余っており帽子も深く被れば目元が隠れてしまうだろう。


 ゲーム世界では考えたことがなかったが、なるほど、たしかにベリウスが使っていた装具をシグレが装備すればサイズが合わないのは当然だった。


 しかし、シグレはむしろそのだぶだぶの服が気に入ったようで、昨夜は顔を擦りつけてはうっとりとした表情を浮かべていた。

 少々不気味だったが、問題ないのなら口を挟むことではないだろう。


「ふむ、ついてるな。だが、ルーメンボアのレベルは、五十。今のシグレじゃ倒せないだろうし、その期待はしていない。経験値共有のために、一撃だけ攻撃を当ててくれ」

「シグレちゃん、逃げる才能があるかもしれません。あのレベル差で……さすが、わたしの弟子メイドでございます」


 たしかに。どんくさそうに見えて、案外身のこなしは素早い。

 ちょこまかと動き、なんだかんだ直撃は避けている。

 火事場の馬鹿力というヤツか。生存本能がそうさせるのだろうか。


 ベリウスとティアナディアが感心する中、シグレは「ぅ、うぇ、へっへ」と涙を流しながら必死に走り回っていた。


「……そういえば、ご主人様。先日もこの岩窟を訪れていましたが、何か回収し忘れたアイテムでもありましたか? それとも、本当にレベル上げだけのために?」

「え?」


 つい素で反応してしまった。


「ご主人様? えっと、わたし何か……」


 ティアナディアが不思議そうに小首を傾げる。

 だが、それを気にしている余裕などなかった。

 ウヌクアルハイの岩窟では、たしかに鉱石や魔石類を始めとした貴重なアイテムが採取できる。それらは、装具を作る際に非常に役に立つ。


 逆に言えば、それ以外の旨味は少ない。

 ベリウスの脳内に僅かな違和感が湧いて出る――ベリウスが、ここを訪れていた?


 なぜだ?


 装具のドロップや宝箱の類は少ない。経験値がウマい魔獣が多いのと、鉱石類は高く売れるので金策にはなるが……ベリウスは金に困っていた?


 いや、ありえない。


 そうだとしたら、昨日シグレに渡した杖などを売ればいいのだ。あの程度の装具なら他にもストレージに入っていたし、どうせ、ベリウスほどのレベルになれば使わないアイテムだ。


 何かあるというのは考え過ぎだろうか。破滅の未来を憂いたベリウスが過敏になっているだけだろうか。だが、もし、そうでないとしたら。


「……そうだ。ストレージを見れば」


 ベリウスの足跡を辿れるかもしれない。

 慌ててストレージを開き、内容物を確認する。


 すると、自分が使う可能性がある魔導系の装具以外は、数えられるほどしかアイテムを所持していないことがわかった。内の一つ――赤月華の蕾はクエストのために使ってしまったため、ベリウスが元から持っていたアイテムは本当に少ない。


 その中の一つが、ウヌクアルハイの岩窟でのみ入手できるマテリアルだった。


「これか。石化のオーブ」


 石化のオーブ――対象を軽度の麻痺状態にする。対象のLUKがぐんと上がる。


 正直、ドロップアイテムとしては外れの部類の一品だった。

 行動を停止できる時間に対して、LUK《運》上昇値があまりに高いため有用なアイテムではないとされている。デメリットが大きすぎるのだ。


 ただ、入手難易度は高く、珍しいアイテムではあった。

 ちなみに、LUKは、ドロップ率や、クリティカル率、命中率に関係する他、一部スキルでこれを参照するものが存在する。


 ベリウスは、なぜこれを……?


 敵の動きを静止させたいならば、もっと使い勝手のいいスキルがある。どう考えても有用性は薄いアイテムなのだ。


 だが、わざわざ手に入れようとしなければ、こんなアイテムがストレージに残った数少ないアイテムの内の一つであるわけがない。

 備考欄の取得日も十数日前の日付を指していた。ティアナディアが言う先日訪れた際にここで獲得したもので間違いないだろう。


「ご主人様? いかがいたしましたか?」


 ベリウスの視線を受けて、ティアナディアが小首を傾げる。


「……いや、なんでもない。なあ、先日ここに来た時――」


 瞬間、ひと際大きいシグレの悲鳴が岩窟中に木霊した。


「ああ、ああ! シグレはここで邪悪なる魔獣に飲み込まれてしまうのですね。ですが、これもまた運命。これこそが神の御導きだと言うのなら、シグレは喜んで身を捧げましょう……ベリウス様よ、永遠なれ」

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