抜け駆けラブレターから始まる、生徒会メンバーによる「俺」争奪戦
きなこ軍曹
第1話 第75期生徒会
夏休みも終わりを迎えようという頃、地元主催で行われた納涼祭は近年稀に見る盛り上がりを見せていた。
色々な事情が重なり数年ぶりに開催されたこともあってか、祭りの参加者は軽く万を超えるだろうとのことだった。
浴衣に身を包む者、汗を垂らしながら
三者三様のやり方で久々の祭りを楽しんでいる。
そして今、納涼祭は佳境を迎えていた。
祭り会場に連続して響く「バンッバンッ」という爆発音。
間違いなく、納涼祭一番の目玉イベントだろう。
そして俺は、花火から目が逸らせなかった。
◇
「
目も覚めるような美少女が、ぐでーっと机に突っ伏しながら聞いてくる。
「生徒会長だからだろ」
ここは校内の生徒会室。
目の前で軟体動物みたく溶けているのが、何を隠そう、うちの高校の生徒会長だ。
名前を、
「春人が全部やってくれればいいじゃん〜」
「俺は俺でやることがあるんだよ。主に誰かさんがサボったツケの消化とか。それに、夏休み返上で働くのは会長だけじゃなくて生徒会全員の話だろ?」
「なんで夏休み明けに体育祭とか文化祭のイベントを持ってくるかなぁ。もう少し後にズラしてくれたら、こっちも夏休みをエンジョイできたのに」
「頑張れば後半は休めそうなんだ。生徒会長らしく頑張ってくれ」
ただでさえ花火の仕事の半分以上は代わりに対応しているというのに、これ以上仕事を増やされたらさすがに捌き切れる自信がない。残業確定である。
「でもさぁ、ぶっちゃけ私って生徒会長に向いてないと思うんだよねぇ」
「何を今更」
「ひどっ!? そこは少しくらいフォローするところでしょ!?」
「常日頃から散々フォローさせられてるからな……!」
四月半ばに新生徒会が発足してから早三ヶ月。
冗談だと思われるかもしれないが、夏野花火はその可愛さだけで生徒会長の座についた。
きっかけは「友人が勝手に立候補してた」とかいう一昔前のアイドルみたいな話で、当の本人には生徒会長になるつもりなんて全く無かったらしい。
そんな理由だから生徒会長になった際の公約も何もなく、最低限の選挙ポスター(自撮り)だけを掲示板に貼っていた。
そして、たったそれだけで見事に当選してしまったのだ。
念の為に言っておくと、他の立候補者がいなかったわけではない。
むしろ名誉ある会長職ということで、校内でも名の知れた生徒たちがこぞって立候補し、あらゆる公約を掲げながら選挙活動に勤しんでいた。
しかし、会長の「可愛さ」の前には何もかもが無力だったということだ。
あの時の一連の流れを目撃していた者からすると、他立候補者たちには同情の余地しかない。
何はともあれ、夏野花火は生徒会長になった。
しかし、持ち前の可愛さのみで当選した花火に生徒会長としての能力があるはずもなく、その業務のほとんどを副会長である俺、
「可愛いだけじゃダメですかっ?」
「いいから仕事してくれ」
「むー!!」
むす〜っと頬を膨らませる会長も、やはり可愛い。
ただ、甘やかしたら甘やかした分だけの皺寄せがこちらに来るので、なかなか難しいところである。
「お疲れ様です〜っ!」
「お疲れ様。春人くんは今日も花火くんの相手をしてあげてるの?」
ちょうどその時、生徒会室にふたりの美少女が入ってくる。
ハイテンションな方は、後輩の
短めのボブカットで、制服の着崩し方やら全体的にあざとい感じの美少女。
生徒会で書記を務めている。
クールな方は、先輩の
長めのウルフカットが特徴的で、可愛いというよりかは綺麗という言葉が似合う美少女。
こちらは生徒会の会計を務めている。
「二人ともお疲れ様です」
「お疲れ様っ! 千冬は、私が春人に面倒見られてるみたいに言うのはやめて!」
「みたいじゃなくて、見られてるでしょ?」
「そんな事実はありません!」
俺としては面倒見てるつもりなのだが、それを言うと更にヒートアップしそうなので自重する。
何はともあれ、この四人が生徒会のフルメンバー。
我らが四季高校の、第75期生徒会である。
美少女三人に、野郎が一人。
端から見ていたら、両手に花以上の素晴らしい環境に思えるだろう。
実際にクラスメイトから嫉妬の声を浴びたのも一度や二度の話ではない。
しかしその実態は、可愛いしか能がない生徒会長の補佐に始まり、各々が癖の強い生徒会メンバーの使いっ走りのような役割で、かなりの重労働を強いられている。
とはいえ、そんな状況も三ヶ月が経てば多少は小慣れてくる。
面倒な雑用ばかりを押し付けられる日常も案外悪くないように感じ始めていた。
きっとこれからも忙しくも充実した日々がしばらく続くのだろう。
「そういえば皆に相談なんですが」
生徒会メンバーが集まったら話そうと思っていたことを思い出す。
机に突っ伏していた会長が「なに〜?」とのそのそ起き上がり、他の二人が椅子に座りながら話の続きを待っている。
「なんか今朝、これが下駄箱に入ってたんですよね」
俺はカバンから淡い水色の封筒を取り出し、中央の机に置く。
そこには機械的に印字された文字で、「桜井春人さまへ」と記されていた。
「え、これって」
「ま、まさかラブレターですかぁ?」
「……へぇ」
三人の見立て通り、これはラブレターである。
ちなみにラブレターをもらったのは人生で初めての経験だ。
一人の男としては相手が誰だろうと少なからずテンションが上がっている。
「な、なんて書いてあったの?」
「あなたが好きです。今日の放課後六時に屋上に来てください。って。差出人は書いてなくて」
「そ、そうなんだ」
「……無いとは思いますが、三人の誰かがイタズラで入れたとかじゃ」
「そんなことしないし」
「あたしだってそんな非道いことしませんぅ〜!」
「春人くんにそんなふうに思われたなんてショックだなぁ」
「そ、そうですよね。すみません、疑って。こういうの貰うの初めてだったもので」
三人の不満げな視線に慌てて謝罪する。
「ま、まあそれでも悪質なドッキリの可能性はなくはないんですが」
「それは、そうかもしれないけど」
「どうなんでしょう」
「んー、これだけじゃなんとも」
こういう話に事欠かなそうな三人だと思ったが、予想以上に動揺しているようだ。
きっと俺がラブレターをもらうという
「あー、いや、今のは忘れてください」
「そう言われても、ねえ?」
「そ、そうですよっ」
「春人くんはどうするつもりなんだい?」
「んー、悪戯の可能性はありますけど、とりあえずは行ってみるつもりです。もしかしたら本当に誰かが来るかも知れないですし」
千冬先輩の質問に答えると、三人は難しそうな表情で顔を見合わせている。
……俺としては、あくまでも話題の一つとして何気ない相談のつもりだった。
しかし、まさかこの相談が今後長きにわたる騒動のきっかけになるなんて思ってもみなかった。
その時の俺は手紙の送り主が誰なのか、そればかり気にしていた。
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