夜見枯古書店心書譚

千羽はる

第1話

私、夏笠美夜子と、兄、夏笠悟志は五歳差の兄妹である。


兄妹仲は、たぶん普通以上に良いと言っていい。


兄はどちらかというと気弱というか軟弱というか、喧嘩を吹っ掛けられてもにへらと笑う温厚で優しい気質の人間だ。


反対に私は気が強く、潔癖症で、小学校では「委員長」と男子に馬鹿にされるぐらいにはきっちりしている。


だから、幼いころから兄を引っ張ることが多かった。


兄が高校に上がった時、温厚で優しいの代名詞のような兄に少しだけ変化が起きた。


温厚で優しい、正義感のある兄に変わったのだ。


きっかけは、高校で出会った友人なんだと思う。


どうやら問題児と意気投合してしまったらしい兄は、時々怪しいことに首を突っ込んで解決するようになった。


両親は多分知らないだろうが、私は昔から兄を見ていたから知っている。


時々、両親の目の届かないところで不良に感謝される兄の姿を見たことがあるからだ。


不良に感謝されるって、どういうこと?


どちらかというとカツアゲされそうな容姿の兄である。性格もそうだ。


だが、盗み見た不良たちは涙ぐむほどに兄に感謝をささげており、正直「うわぁ」とドン引いたものである。


だから、聞いた。


「お兄ちゃん、なんか危ないことしてる?」


「美夜子、僕がそんなことできる人間に見える?」


「……見えない」


いじめっ子から兄をかばったことがある妹としては、あの光景は絶句以外の何物でもなかった。


なんだか兄が遠くに行ってしまったような、今まで地面だと信じていたものが不安定になったような、猛烈な不安に襲われた。


だから、聞いたのに、兄ははっきりとは答えてくれなかった。兄は、兄じゃなくなってしまったような気がした。


グラグラと揺れる不安が、私の中で疑問になったのは、両親と兄が縁を切った時だ。


原因は、兄が探偵になると言い始めたからである。心の底から喧嘩が苦手で、相手を殴るよりも自分が殴られた方がいいと思う兄が、どうして。


家を出ていくとき、兄は私の頭に手をのせ、苦笑しながら言った。


「美夜子には、ちゃんといつか言うからな」


そういって、父の怒鳴り声と母の啜り泣きと、私の無言を背に受けて、兄は家から出ていった。


両親は、もう兄の話をしない。家の中にぽっかりと穴が開いたような、空虚さを家族全員が持ちながら、兄と連絡を絶って4年が経つ。


先日、初めて兄から手紙が来た。後ろに住所が書いていないから、郵便局を使わず、本人がポストに投函したのだろう。


兄の思惑が分かるまで心配性な両親には見せてはいけない、そう思い、私は慌ててそれを鞄に突っ込んでそのまま登校した。


私は、高校生になったよ、お兄ちゃん。


その手紙には、癖のある兄の字でこう書かれていた。


「拝啓、美夜子へ。もし、どうしても僕の行方を知りたいのなら、夜見枯古書店にいってごらん」

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