第2話 中盤部
中盤部(第4〜8章)
第四章 虚飾の仮面
演説会場は、笑顔の訓練場に似ている。
国会議事堂前、若き議員・西園寺葵は本番直前の控室で、口角の筋肉が自分の意思を裏切るのを恐れていた。
「笑いたくないのに、笑ってしまうんです。あの壇上では、私の顔が私のものじゃない」
秘書・御影蓮は黒紙に銀罫の契約書を差し出す。
「担保は生命。報酬は“顔を選ぶ権利”。署名を」
光が走り、会場一帯が契約舞台へ転じる。同時に、闇からヴェイルが歩み出た。無貌の上に笑みの仮面。
【条文:虚飾契約】
「演説者と観客の過半が笑顔であれば、区域全体を“虚飾の仮面”に覆う」
街灯が口角を描き、国旗が微笑み、ポスターが一斉に同じ角度で笑い出す。
群衆の笑顔が潮位を上げ、壇上の少女――新人戦士ノアの頬まで押し上げた。
「やめて……私は、笑わない!」
ノアの涙が守護面を厚くし、矢光へ変わる。
彼女は泣く子どもを抱くように、葵の“無理しない顔”を守った。
【条文:泣顔守護】
「契約者が泣きながら抵抗する場合、その涙を光矢へ転写」
ヴェイルは仮面の下の“何もない顔”を露わにし、最後の術を起動する。
【条文:自己像固定】
「契約者が最も恐れる顔を仮面として同期」
ノアの眼前に、歯を見せる“偽の自分”が重なる。
それでも彼女は面を自ら砕き、涙を矢にして撃ち抜いた。
光と仮面が互いの心臓を貫き――二人は同時に霧へと融ける。
葵は泣いた。マイクに涙声のまま言う。「泣いていい。この国は、あなたの顔の自由を守る」
蓮はタブレットに記す。依頼人守護、成立。戦士ノア、消滅。
人類が顔を失うまで――あと27日。
第五章 黒き残響
五万人のアリーナ。声がまだ歌になる前のざわめきで満ちている。
歌姫天城リナの喉は正常だ。だが声は、どこにも届かない。
再臨したのは口のない仮面――ミラージュ。
【条文:沈声契約】
「区域内の声を封じ、一定時間声が発せられなければ声帯を契約的に凍結」
歓声も悲鳴も、口の開閉だけの“無音の表情”へと変換された。
舞台袖でリナが震える。「歌えない歌手は、存在できない……」
「――なら、俺が声を出す」
スーツのまま壇上に立つ御影蓮。書記官の声は本来、舞台に上がらない。それでも彼は条文の盲点を突く。
【代行署名・口述】
「契約管理者による条文の読み上げは、区域の“声の根拠”として扱う」
彼の声が無音の膜に亀裂を走らせ、ルミナの光がそこへ流れ込み、ユイのか細い歌が橋となった。
無音が破れた瞬間、五万人の胸が同時に震える。音楽が戻ったのだ。
ミラージュは撤退の一声だけを残す。「次は――お前の声を奪う、蓮」
客席は涙に濡れ、リナは震える声で歌い切った。
人類が顔を失うまで――あと26日。
第六章 沈黙の鎖
正義は声で表明される。だから法廷は、沈黙に弱い。
東京高裁。裁判官桐谷は「判決を言い渡す声」を失い、机に額をつけた。
「担保は生命。報酬は“法を声にする権利”。――署名を」
蓮の淡々とした声で、法廷全体が契約舞台へ。
口なき仮面のミラージュが手を広げる。
【条文:沈声改】
「法廷の声を封じ、判決を無音の仮面へと変換」
木槌は鳴らず、弁論は開閉劇になり、社会の正義が“顔だけ”で歩き始める。
そこで立つのが、新戦士カレン。
「声を奪うなら、私は――手で語る」
【条文:代弁契約】
「声を失った区域で、手の印が意思を伝える」
空中に光文字が走り、判事に届く。「正義は沈黙しない」
だがミラージュはさらに締め上げる。
【補条:身振り封鎖】
「沈黙領域では、意思を示す動作も拘束」
身体が鈍り、光文字が途切れる。
カレンは微笑し、守護面を自ら砕いた。
【条文:沈黙破断】
「声を失っても、心が叫べば契約は無効」
法廷に音が還る。判決は声で響く――同時に、カレンとミラージュの存在は互いを食い合い、静かに消えた。
「正義は、声になった」桐谷は震える喉で言い切った。
人類が顔を失うまで――あと25日。
第七章 偽典の契約
契約は、世界の“柱”だ――そう信じる心を、アビスは墨でなぞって嗤う。
巨大なペン先が空に字を刻むだけで、現実の条文が塗り替わる。
依頼人は人気作家香月栞。
「“愛している”が夜のうちに“憎んでいる”に変わっていたの。私、そんな言葉を書いてない」
契約舞台が編集室に立ち上がるや、墨が走る。
【担保:生命】→【担保:顔】/【報酬:表現の自由】→【報酬:なし】
原稿の文字と依頼人の頬が入れ替わる悪夢。
ルミナが矢光で抗うと、アビスは一行で無効化する。
【光矢】→【無効】
さらに彼女自身の条文まで塗り替えられた。
【担保:生命】→【担保:存在】――身体が薄れていく。
それでもルミナは胸に手を置き、静かに条文を読み上げた。
【条文:心契約】
「顔を守る限り、存在は消えない」
紙よりも先に、心に刻まれた契約が世界を上書きする。
光は墨を押し返し、アビスの胸を貫いた。だが等価交換は厳密だ。
ルミナの面にも最後の亀裂が入り、彼女は光に散る。
蓮は記す。依頼人守護、成立。戦士ルミナ、消滅。
ユイは唇を噛む。「……私が、残る番だね」
人類が顔を失うまで――あと24日。
第八章 最後の双面
相討ちが暫定の終幕を作る――はずだった。
しかし観客は望んでしまった。「あの人形劇を、もう一度」と。
拍手が署名となり、ドールは第二の顔を得て復活する。
【条文:双面再契約】
「消滅した契約者は観客の同意により第二の顔を得て再出撃できる」
仮面と無貌、二つの面を同時に抱え、糸は二重に増殖。
都市が巨大な顔に変形し、窓が目に、道路の白線が口角に、街灯が歯に見えた。
依頼人は――ユイ自身。
「担保は私の未来全部。報酬は“先輩たちの顔を守ること”」
署名の光が、東京全体を舞台に変える。
ドールの糸が都市を操り、観客ごとユイの頬を引く。
ユイは面を押さえて叫ぶ。「私ひとりじゃない!」
セレーネの潔い笑み、ノアの涙、カレンの印、ルミナの心――面影が重なり、面がひときわ眩む。
【面影継承】
「消えた戦士の意思を重ね、単独の面を多層化」
「顔は奪われても、意志は消えない!」
光が網の目のように都市を走り、糸を焼く。
「ならば、無貌で抱き潰す」
ドールは仮面を外し、同時に仮面を被る――双面の顕現。
【条文:双面顕現】
「仮面と無貌を同時発動し、観客像を二重支配」
均衡は、いつもより痛みを伴う場所で結ばれた。
ユイは自らの面を砕き、都市全域へ光を放つ。「これが、私の最後の署名!」
糸と光が爆ぜ、東京は一度だけ真昼の白に染まった。
収まったとき、街は何事もなかったように形を取り戻し、人々の記憶には“短い停電”だけが残る。
蓮は路上の鏡片を拾い、胸ポケットにしまう。「……ありがとう、ユイ」
人類が顔を失うまで――あと23日。
中盤部・了
編集メモ(内部方針)
各章末のカウントダウンを固定化し、通読のテンポを維持。
契約条文は要所だけ見せ、説明過多にならないように“作用で理解”させる。
蓮(書記官)の存在感を章ごとに一段ずつ増やし、終盤の主役交代へスムーズに接続。
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