第17話 もう逃げたりしない
翌日の放課後、約束通り拓海が音楽室に現れた。手にはデジタルカメラを持っていた。
「よし、自然な感じで演奏してみて」拓海は二人に指示した。
奏太と結月は『エターナル・モメント』の練習を始め、拓海はその様子を様々な角度から撮影した。
「OK、いい感じだよ」拓海はカメラをチェックしながら言った。「あと、二人で並んで立ってるショットも欲しいな」
奏太と結月はピアノの前に並んで立ち、拓海のカメラに向かって微笑んだ。
「完璧。これでSNS用の写真は十分だよ」
「ありがとう」結月は感謝した。「いつアップされるの?」
「明日の夕方には公開されるよ」拓海は説明した。「それから1週間投票期間があって、教師の評価と合わせて本選出場者が決まる」
奏太は少し緊張した様子で尋ねた。
「人気だけで決まるわけじゃないよね?」
「もちろん」拓海は安心させるように言った。「教師の評価が70パーセント、SNS投票が30パーセントの割合だから。実力があれば大丈夫だよ」
翌日の夕方、文化祭の公式SNSアカウントが更新された。奏太と結月のデュオも写真付きで掲載されていた。そのポストには、すぐに「いいね」がつき始めた。
「見た? すごい反響だね」陽菜が教室で奏太に声をかけた。
「え?」奏太は驚いた。
「もう『いいね』が100を超えてるよ」陽菜はスマートフォンを見せながら言った。「二人の写真、すごく素敵だし」
奏太は少し照れながら写真を見た。確かに拓海は上手く撮影してくれていた。
その日の午後、奏太が図書室で勉強していると、結月が近づいてきた。
「SNS見た?」彼女は少し興奮した様子で尋ねた。
「ああ、陽菜が見せてくれた。反響がすごいみたいだね」
「うん」結月は座りながら言った。「でも、それとは別のことで心配なことがあるの」
「何?」
結月はスマートフォンを取り出し、別のSNSの投稿を見せた。そこには学校の非公式アカウントで、こんな書き込みがあった。
『新しい転校生が過去の交際相手を追いかけてきたって本当? 文化祭で一緒に出演するって、ストーカーじゃない?』
奏太は眉をひそめた。
「こんな噂が……」
「うん」結月は不安そうに言った。「私が秋津くんを追いかけて転校してきたと思われてるみたい」
「でもそれは違うよね」奏太は静かに言った。「俺たちは偶然再会したんだから」
「そうなんだけど……こういう噂って、すぐに広がるよね」
奏太は考え込んだ。
「気にしないようにしよう。俺たちは何も悪いことしてないんだから」
結月は少し安心したように頷いたが、まだ不安の色は消えていなかった。
数日後、学校全体に奇妙な雰囲気が流れ始めていた。廊下を歩く奏太に、時折奇妙な視線が向けられることがある。
放課後、結月が泣きそうな顔で奏太のところに来た。
「SNSの噂、どんどん広がってる」彼女は震える声で言った。「私があなたのストーカーだって」
奏太はスマートフォンを見せてもらった。確かに、非公式の学校アカウントでは、噂が拡散されていた。一部では、「可哀想な秋津くん」「病的な執着心」などといった言葉まで使われていた。
「こんなの……」奏太は怒りを感じた。「誰がこんな噂を……」
「私、文化祭の出演辞退した方がいいかな?」結月は俯いて言った。「こんな状態で舞台に立つなんて……みんなの視線が怖い」
奏太は迷わず彼女の手を取った。
「辞退なんてしないで。俺たちの曲だよ。前世から繋がる大切な曲なんだ」
結月は驚いたように奏太を見上げた。
「でも……」
「大丈夫」奏太は強く言った。「俺が何とかする」
その瞬間、廊下の角から拓海が現れた。彼は二人の手が繋がっているのを見て、一瞬足を止めたが、すぐに近づいてきた。
「おい、二人とも大変だぞ。SNSの噂、見た?」
「ああ」奏太は静かに答えた。
「誰がこんな嘘を広めてるんだろう」拓海は怒りの表情を見せた。「俺、実行委員として何とかしたいんだけど……」
「ありがとう」結月は感謝の気持ちを込めて言った。「でも、私たち自身で解決しないといけないことかもしれない」
拓海は黙って二人を見つめた後、決意を込めて言った。
「わかった。でも、何か力になれることがあったら言ってくれよ」
夕方、奏太は陽菜に相談した。
「どうすれば、あの噂を止められると思う?」
陽菜は真剣に考えた後、「真実を話すしかないんじゃない?」と答えた。
「真実? 前世の記憶のことなんて、誰も信じないよ」
「そうじゃなくて。あなたたちの関係の真実。結月さんがあなたを追いかけてきたわけじゃない。偶然再会して、音楽を通じて親しくなった。そういう事実を、堂々と話せばいいんだよ」
奏太は決意を固めた。「わかった。明日、何とかしてみる」
翌朝、奏太は早めに登校し、結月を校門で待っていた。
「今日、クラスでみんなの前で話そうと思う。噂のことについて」
「え? でも、前世のことなんて……」
「前世の話はしないよ。ただ、噂が間違いだってことを伝えるだけ」
結月は少し考えた後、頷いた。「わかった。一緒に話そう」
ホームルームが始まる前、奏太は立ち上がり、クラス全体に向かって声をかけた。
「みんな、ちょっといいか」
教室が徐々に静かになり、全員の視線が彼に集まった。
「最近、俺と汐見さんに関する噂が広がってるみたいだけど」奏太は強い声で言った。「SNSの噂、全部嘘だから」
クラス全体がざわめいた。
「汐見さんと俺は確かに知り合いだった。でも噂みたいな関係じゃない。彼女は俺を追いかけて転校してきたわけじゃない」
結月も立ち上がり、奏太の横に立った。
「私は家族の事情で転校してきただけです。秋津くんとは偶然、同じクラスになりました」
「それに俺たちは今、文化祭の音楽ステージに向けて一生懸命練習してる」奏太は言葉を続けた。「付きまとわれるなんてことはないから」
教室は静まり返った。
「だから、変な噂を信じないでほしい。それだけだ」
一瞬の沈黙の後、拓海が立ち上がって拍手し始めた。
「よく言った、秋津」
その拍手に続いて、他のクラスメイトたちも拍手を始めた。教室全体が温かい空気に包まれる。
結月は驚いたような、感動したような表情を見せながら、小さく奏太に囁いた。
「ありがとう」
奏太はホッとした表情で頷いた。
放課後、結月は奏太の腕をそっと掴んだ。
「今日のこと、すごく嬉しかった。前世じゃ、こんなふうに守ってもらえなかったから」
その言葉に、奏太は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。確かに前世では、彼は彼女を守るどころか、傷つけてしまった。だが今世では違う。今度こそ、彼女の味方でいたいと思った。
「もう逃げたりしないよ」奏太は静かに約束した。「今度は、最後まで一緒にいる」
結月の目に涙が光った。
「うん」彼女は小さく頷いた。「約束だよ」
夕陽が差し込む教室で、二人の影が重なり合う。季節が揺れ動くように、彼らの関係も新しい段階へと進みつつあった。
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