第16話

 すぐさまフォーマルハウト公爵領、ということには流石にならないので、俺達もその間は暫く普通の生活に戻る。というか普通の生活ってなんだとなるほど最近はよく分からない出来事が起きまくっているが、もうそこを気にしては仕方ないのだろう。


「のんびりして、御飯食べられる……幸せぇ」


 そんなことを思っているその横ではひたすら食う一人の美少女。片目隠れのために表情が少しだけ分かりにくいが、しかし今は満面の笑みで食事をしているのでその辺は問題がない。

 問題は、量がやたらと多いことだ。多分今までしっかりと食事を取れなかった反動だと思うのだが、トラップレシアの性質的にただただ大食いの可能性もある。


「というかのんびりはしてないからな」

「はぅ……そうだったぁ……」


 食べる手を止めて項垂れるシトリー。そんなこいつを見て、スロウがいじめちゃ駄目だよと俺に言った。いや違うだろ、というか分かって言ってるだろ。そんな視線を向けると、勿論と返ってきた。ひっぱたいた。

 ちなみに現在はギルドの依頼を受けている真っ最中である。こいつの実力試しもかねて、適当な依頼を受けたわけだ。


「来ましたよ」

「よし、シトリー」

「任されたよぉ……!」


 食事の手を止めて、こちらに突進してきたモンスター、ウッドボアを受け止める。普段の言動や疑似餌の皮の姿を見ているととてもそうは思えないが、こいつの中身は中級モンスター、トラップレシアの異常個体なのだ。真正面からイノシシの突進が当たってもびくともしないその姿は、何と言うか花というより大樹のような。


「今太いって言ったぁ……!?」

「言ってない言ってない! けど誤解させたなら謝る、すまん」

「う、うん。大丈夫だよぉ……。おっきいのは自覚してるし……」

「いや、デカいって言ってもスロウやアリアよりは大きいってだけだろ」

「普通のトラップレシアより、でもあるんだよぉ……」


 ちなみに一応言っておくが、シトリーも俺も話題にしているのはイノシシと激突した拍子にばるんとなった部分の話じゃなくて、本体のアリジゴク花の方だからな。だから何を見ているという目でこっちを見るなスロウ。


「見るならわたしのを」

「だから見てないって……いやすっげぇ揺れたからつい見たけど、そういう意味合いではないから、本当に」


 そんな事を言っているうちに、いつの間にかシトリーの背中がぱっくり割れていた。美少女の皮がイノシシを掴んでいる状態のまま、気付くと足元が流砂のように変化して。


「いくよぉ……!」


 ガバァ、と巨大なハサミのような顎が地面から突き出て、イノシシを真っ二つにする。綺麗に首元で切断されたイノシシは、疑似餌が掴んでいた頭部分を残して這い出てきたシトリーの本体に食べられた。アリジゴクの下腹部のような部分以外がガバリと開き、イノシシの胴体に齧り付くとそのまま閉じた。ゴリゴリと咀嚼する音が響く中、シトリーの美味しいよぉ、という呑気な声がこちらに届く。

 イノシシの追い立て役をやっていたアリアは、その様子をひょいと上空から覗き込んでなんとも言えない表情になっていた。


「いやまあ自分の種族よりは弱いからでしょうけど、一撃って」

「頑張ったんだよぉ……」

「……頑張るだけで出来るものなの?」

「独りだと、餌場にも定住できないから……。見付けた獲物は……基本的に一撃で仕留めないとご飯食べられないんだよぉ……」


 だから、ともう一体のウッドボアに視線を向ける。しゅるりと疑似餌の皮に入り込んだシトリーは、そいつと再び大激突して受け止めた。また揺れるのを見てしまったのは不可抗力である。

 などと心の中で言い訳をしているうちに、シトリーが今度はイノシシを投げ飛ばした。その際に首を捻るゴキン、という音がして、そのままイノシシが動かなくなる。さっきの罠での奇襲と今の真正面からの一撃。そのどちらもが獲物を仕留めるのに特化していた。


「真っ向からもいけるのね」

「めちゃくちゃ頑張ったんだよぉ……」

「うん、そうね。頑張ったのね……」


 アリアがしみじみとそう述べる。俺もスロウも、多分アリアと同じ表情をしていたのだろう。普通のトラップレシアよりも体長が大きいから、多分奇襲も色々と苦労したのだろう。だから今までは食事のタイミングも限られていて、だからあの親分の餌撒きにはまって人を食ってしまった、と。まあその結果不味くて二度と食わないってなったおかげでこうしてここにいるんだ、運命のめぐり合わせってやつかもな。

 そんなことを思っていると、でもまあ、とアリアが視線をシトリーの後ろに動かした。視線の先には空の鍋。鍋ごと持ってきていた食料が、綺麗サッパリ無くなっていた。ちなみに全部シトリーが食った。しかもその上、今仕留めたイノシシを討伐素材を残して丸ごと食った。だから、うん、俺もアリアと同じことを思ったよ。流石にちょっと食いすぎだろ、って。

 そんな俺達の視線を受けて、シトリーはぺしょぺしょと後ずさった。その途中で背中がガバリと開きアリジゴク花の本体がまろび出てくる。しゅるりと疑似餌を収納すると、ごめんなさいとその場で平伏した。

 そもそもまだ何も言ってないし、説教をする気もない、こともないがまあ無かった。だからとりあえず落ち着け。


「なんというか、圧倒的なコミュニケーション不足ね。性格的なものもあるでしょうけど、このままだとフォーマルハウト公爵令嬢、アンゼリカ様と会う時にちょっと問題があるわ」

「うぅぅ……ごめんなさいぃ……」

「でも、セフィちゃん先輩のお友達なんですし、その辺は大丈夫なんじゃないですか?」

「まあ確かに、モンスターにそこまでの礼儀を求めるほど狭量ってことはないでしょうね」


 だからそっちはいいとして、とアリアはシトリーに指を突き付ける。今やることは仲間に慣れること。そういうと、空っぽになった鍋を片付けに行ったスロウの手伝いに合流した。

 まあそういうことだ、と俺もシトリーに述べ、依頼前の食事、として用意していたものの片付けを手伝いに行く。とはいっても、鍋からシトリーが食ったので使わなかった食器とかをまとめるくらいなのだが。


「にしても、あんたのとこのご両親、本当に懐広いわね」

「何も考えてないだけじゃないか?」

「駄目ですよエミル、そんな風にお父さんとお母さんを悪く言っちゃ」


 そうは言っても、トラップレシアのシトリーを仲間にしたから食事を大量に作ってくれ、っていう話だけで分かったって言う二人だぞ。何も考えてないって思っても不思議じゃないだろう。

 そう反論すると、スロウはそうじゃないですよ、と俺に述べた。


「ちゃんと信じてるんですよ、エミルのこと」

「なら。お前のことも、だろ」


 まあ信じている結果だとしたら、スロウもそれに同意しているから、というのがデカいだろうし。ちなみにアリアを信用していないという意味ではない。割合で言うなら、ということだ。


「そもそも、ワタシの本体見ても……スロウちゃんやアリアちゃんよりも大きいんだね、で済ませちゃったよぉ、あの二人……」

「なあスロウ、やっぱりうちの両親何も考えてないだけじゃないのか?」

「そんなことないですってば」







 そんなこんなで、現在の俺のパーティーメンバーは、支援と回復のスロウ、デバフと火攻撃のアリア、盾と奇襲のシトリー、というような分担となった。この間みたいに凹んだりはしないのか、というギルドのお姉さんの言葉には、流石にもう大丈夫だと返す。

 ちなみにシトリーは自分から攻撃するのは苦手らしく、そういう意味でも俺の立ち位置が明確になったから、というのもあるがまあ、置いておいて。


「それにしても、また随分と可愛い子をパーティーに入れたよね。しかも巨乳」

「いやだからこいつも疑似餌の姿の皮を被った擬態だから。本体は」

「いいのいいの。お姉さんはね、可愛い女の子を見られればそれで満足よ」


 スロウ、アリアときて流石に三体目のシトリーはお姉さんも慣れきったらしい。あれ? そう考えるとうちの両親の反応も割と妥当な気がしてきたぞ。

 そんなことを思いながら依頼の達成の報告をする。はいオッケー、と軽い調子で依頼書に達成済みの印をつけながら、今度は何にするとお姉さんは言い出した。


「早い早い。俺達今依頼終えたばかりなんだけど」

「でも疲れてないでしょ? 今ちょっと他の冒険者が忙しくて手が回ってないから」


 お願い、と適当な依頼書を何枚か机に広げる。確かに見る限り、スロウやアリア、シトリーの揃っているこの面子ならばまとめて受けても問題無さそうなラインナップではあるが、しかし。


「何でそんなに忙しいんだ?」

「あれ? 聞いてない? 実はコボルトの集落にネクロマンサーが出たらしくて」

「聞いてない」

「コボルトですか」

「ネクロマンサー、ねぇ」

「よく分かんないけど、危なそうだよぉ……」


 コボルト、ってことは犬の亜人のところだよな。モンスターとはまたちょっと毛色の違う分類の種族の一つ。まあ向こうも人と同じように野盗化でもしない限りは討伐対象にならないんで比較的友好的な関係も築いていたりするが、例外もある。

 こっちでいう冒険者のジョブクラスがコボルトにもあり、そこのシャーマンには禁忌のスキルが有る。それが《ネクロマンシー》。ある意味リザレクションと対になるような呪文で、死を生に変える《リザレクション》とは違い、《ネクロマンシー》は死を死のまま蘇らせる。基本的に禁忌なので取得するやつはいないのだが、まあ振り切ったやつはどこにでも出てくるわけで。

 そうして禁忌を犯したシャーマンはネクロマンサーとして犯罪者リストの仲間入りを果たす。ちなみに人族は覚えられないので、今のところネクロマンサーになるのは亜人だけだ。


「で、こっちにその話が来たってことは、覚えただけじゃなくてやっぱりやっちゃったんだな、アンデッドの生成を」

「そうらしいね。集落を飛び出して暴れているからってこっちにも相談が来たのよ」


 通常アンデッドは一箇所で死の気配を強くしていくことで自然発生する世界の注意喚起に近いものだ。だから冒険者も無闇矢鱈にモンスターを狩らず、依頼は基本ギルドが管理する。それでもたまにやりすぎて発生してしまったアンデッドは、ギルドの依頼である程度の実力の冒険者か聖女達で討伐される。そして被疑者が分かっていれば罰を食らう。そんな感じでアンデッドは極力出ないようにある程度管理はされているわけだ。

 それでまあ《ネクロマンシー》はそこら辺を全部すっ飛ばして即座にアンデッドを作るので、ギルドから教会から何から何までひたすら嫌われている技術である。特に教会は世界の理をある程度大事にする教義もある上、聖女に余計な仕事が回ってくる可能性もあるからとそれこそ滅茶苦茶にあたりが強い。ちなみに、じゃあ《リザレクション》は? と問い掛けた場合、死を生に変える、つまり死を遠ざけるのでよしらしい。わりとガバい。

 ともあれ。そもそもの問題としてアンデッドを作るってことは、余計なモンスターが増えるってことで、結局いろいろな場所に被害が増えることにも繋がる。アンデッドを完全制御出来るような存在なら話は別だが、大抵はただ暴れさせるだけだからな。というかそれが出来るなら多分自称魔王とかと同列に扱われて勇者級の出番である。


「まあ今のところはこっちで対処出来てるから大丈夫だよ」

「何そのいざという時は、みたいな言い方」


 お姉さんは俺達のことなんだと思ってんだよ。冒険者生活始まって二ヶ月も経ってないんだぞ。何かあった時に駆り出されるような英雄とは違う。

 そう言おうとして、それに気付いた俺は思わず横を見た。とりあえずこれとこれくらい、と依頼を見繕っているスロウを、だ。


「どーしました?」

「いや、そういやお前聖女だったなぁって」

「今のネクロマンサーの話ですか」


 スロウの言葉にああそうだと返す。話を聞く限り大した奴ではないようだが、それでも聖女の力が必要な時が来るかもしれないわけで。

 そんなような会話をしたが、スロウは別に知ったこっちゃないと返答をした。


「エミルがやるならやる、やらないならやらない。わたしの方針なんか基本それです」

「それでお前の立場悪くならないか?」

「そうならないよう約束して聖女認定受けましたし。文句ゆー人いたらセフィちゃん先輩も月の大聖女さんも黙ってないですよ、きっと」

「……そりゃそうか」


 じゃあとりあえずこっちの村とかにまで被害が来るようでなければやらない。そうお姉さんに宣言して、まあ代わりと言っては何だけど溜まっているらしい依頼は受けておくことにした。

 お姉さんは了解、と笑っていたので、まあ予想通りの返答だったんだろう。そうは言いつつも、ただ、と少しだけ表情を曇らせる。


「ひょっとしたら、こっち来るかもしれないのよねぇ」


 はぁ、と溜息を吐くお姉さんを見ながら、なんともはた迷惑な存在だな、と俺はぼやいた。そして同時に、これは多分やる羽目になるなとさっきのお姉さんと同じように溜息を吐いた。

 そんなこんなで新しく受けた依頼は三つ。どれもそう大した討伐ではなかったので、サクッと倒して報告をした。そうしながら、でもこれ、と少しだけ気になったことをお姉さんに述べる。


「ネクロマンサーの材料作ってる手助けになってないか?」

「そこなのよねぇ……」


 だから今のところ大したことない討伐しか出してないんだけど。そう言いながら、お姉さんはしかしどこか不安そうに依頼書を眺めていた。


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