外道の剣

雉尾夏樹

序章 外道剣

なあ、知ってるか?

最近極道もんの間で噂になっている「外道剣」って奴。


東京のはずれにある寂れた立ち飲み屋。私は顔馴染みの同僚と一杯引っ掛けていた。その折、噂好きの同僚の男が赤ら顔で唐突に話し始めたのだ。私たちが飲むときはいつもこんな調子で彼の噂話がもっぱらの酒の肴なのだ。


「なんだい?その外道剣ってのは?」と聞くと、同僚は待ってましたとばかりに顔をにやけた。こんな風に一方的にこちらが聞き手になるのが私たちの会話の基本である。


「まあ簡単に言やぁ凄腕の剣客さね。この明治維新、変わったことがいろいろあるけどその中でも士族の凋落ってのがかなりでけぇよな。」

私もそれにうなづく。廃藩置県や秩禄処分、極めつきは武士の誇りである刀を捨てさせた廃刀令。これらにより、かつての士族たちは上級の「お偉いさん」以外は困窮を極め、商人よろしく商いを始めたりしてみたものの、上手くいっているものは少ない。そのため女は一家離散や身売り、男は出稼ぎならばまだ良い方で最悪山賊にまで落ちぶれるといった悲惨な現状に置かれている。

「そういった中で、当然極道の世界に行く奴らも出てくるわけだ。なんせ奴らに用心棒としての腕を買われる、要は自分たちの領分で飯が食えるってわけでな。しかし、そんな奴らの中でもとりわけ実力があるってのが外道剣よ。お前も知ってるよな、益子信家。」

もちろん知っている。私たちの住んでる町の中でも別格とされる剣術道場の筆頭の士族だ。かつての正月の三ヶ日、彼の剣技を披露する会があり、太く、丈夫な青竹の束を一刀両断して見せたその腕は、素人の私から見てもその実力は疑うべくもない。

「奴も例に漏れず、極道の用心棒として雇われたんだがよ。そこの組の若頭がある時つまらねぇことで笹沢一家っていう他の極道のシマで騒ぎ起こしてよ、当然詫びを入れるべきだったはずなんだが、その組は登り調子でね、笹沢一家も別に大した組じゃねえ、むしろ落ち目なもんだから、若頭も『こんな小せえことでいちいち頭下げる必要はない』って答えちまったもんでさぁ大変、いよいよ笹沢もきれちまったわけよ。しかし、何が向かってこようとその組には益子がいる。さらにそれ以外にも多数の剣客を揃えていたって話だ。文字通り矢でも鉄砲でも持ってこないと話にならないわけだが、笹沢一家からの刺客はわずか一人の男だった。」

「それが、さっきの━━━。」

そう、と相槌し同僚は話を続けた。

「普通だったら相手にならない。ましてやあの益子がいる。しかし、後日笹沢一家にある物が届いた。『若頭の両小指』さ。奴はその組の用心棒と組員全員を叩きのめし、あろうことか若頭の小指を持って帰っちまったそうだ。そして、用心棒どもは全員、惨たらしく切り殺されてたみたいだぜ。」

「それが……外道剣。」

私は思わず固唾を飲む。自分がかつて見た剣豪益子、それを超える強さを持ち、なおかつ集団を一人で潰してしまう。そんな御伽話のような存在が、ここ東京に実在するなど思いもよらなかったからだ。

「以降、男はその強さと容赦の無さから『外道剣』と呼ばれ、畏れられましたとさ。めでたしめでたしってな。」

「ちなみに、そいつの容姿ってのはどんななんだい?いや、当然極道とは関わるつもりはないけど、その話を聞くと近づきたくもなくてねえ。」

同僚はなんだっけな、と思い出しつつ特徴を述べていった。

「えーっと、確か黒髪と白髪が混じって斑になっているような髪色の刈り上げた短髪で、左目から頬にかけて刀疵が走っていて━━━。」

「くたびれた和服を着ている、とかか?」

私たちの後ろの方から声が聞こえた。


恐る恐る後ろを振り向くと、浪人風の出立ちの男が立っていた。その姿に思わずギョッとする。先ほど同僚が言っていた特徴に合致している。まさか、こいつは━━━。

「おい、何逃げようとしてんだ。」

男から凄みのある低音の怒声がこちらに向けて放たれる。いや、正確には同僚に向けてだった。ふと横に目をやると同僚はまるで先ほどまで寒中水泳していたかのように、全身が脂汗で濡れ、顔も青ざめていた。

「いや、べ、別に逃げようなんて……。」

先ほどまでの流暢な喋りの赤ら顔とは打って変わり、卑屈に笑いながら辿々しく、弱々しい声しか出なくなっている。

「そうかい、そりゃよかったよ。これは世間話なんだが、アンタ賭場で負けたとかで笹沢一家に借金してたよな?」

「は、はい。その節はどうも……。」

「笹沢一家は極道もんで珍しく温厚でさ、アンタが本当に困っていて、返済も余裕ができてから、しかも細かく分けてで良いって話だったはずで、アンタも最初の方は真面目に返していた。でもよ、最近になってとうとう返さなくなったよなぁ?」

男は話しながら段々と殺気を放っていった。関係ないはずの私でさえも少しでも対応を間違うと殺される。そんな確信が彼の醸す雰囲気で見てとれた。

「そして、なんだ?事もあろうにその笹沢が落ち目だの、他人の噂を面白おかしく吹聴し腐るだの、そして第一━━━。」男が私たちに近寄るたまらず同僚は逃げ出そうとしたが、間に合わず、頭を掴まれそのまま顔面を食卓に叩きつけられた。

「テメェ酒飲む金あんじゃねぇか!舐めてんのかコラァッッ!!」

男の怒声が響き渡る。何度も、何度も叩きつけられ、同僚の顔は涙と鼻水、血でぐしゃぐしゃになっていた。

「━━━返す?」

男が同僚に尋ねる。しかし、痛みで最早同僚は喋るどころではなかった。返答がなかったので男は再度頭を持ち上げた。

「ま、待って!かえしゅ!必ず返すって!」

「言ったな?」男は満足そうにニヤけると同僚の頭から手を離した。膝から崩れ落ちる同僚に男は再び声をかけた。

「次舐めた真似したら、噂以上のもんをテメェにやってやるからな。」

もう同僚は痛みと恐怖でまともに聞いてなかったが、男はそれをいうと去っていった。

「あれが、外道剣……。」

私はとりあえず、この同僚と関わることはやめようと決意した。



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