第44話
金貨の袋が机に置かれ、じゃらりと深い音を立てた。
周囲の視線がさらに集まる中、責任者らしい中年の書記官が現れ、深々と頭を下げる。
「これは通常の取引を超えています。ぜひ正式に、商業ギルドへご登録ください」
颯真はわずかに首をかしげ、静かな声で返す。
「登録すると、どのような利がありますか」
「信用証が与えられ、取引は円滑に進みます。会員証があれば宿屋や旅籠の手配が容易になり、税の軽減も受けられます」
「信用証とは具体的に」
「商業ギルドが保証する取引証明です。金額、日時、品目、双方の署名が一括管理されます」
「その記録は、どこに保管されますか」
「王都の記録庫に二重で。王家とギルドが同一の写しを持ちます」
「改竄は可能ですか」
「不可能です。記録官と証人が二名ずつ立ち会い、封蝋の魔法で保護されます」
淡々と答える書記官の声を遮らず、颯真はさらに踏み込んだ。
「税率の決定権はどこに」
「商業評議会です。主要商会と王宮の財務卿が協議し、年に二度改訂されます」
「もし評議会が混乱した場合、取引は誰が担保しますか」
「王国財務局が臨時に管理します。過去三百年、一度も空白はありません」
「商人同士の訴訟は」
「ギルド仲裁院が一次審理を行い、判決に不服があれば王都裁判所へ」
「貨幣の鋳造権は王家のみですか」
「はい。ただし地方自治都市には補鋳権があり、刻印の違いで識別されます」
職員はやや息を詰めながらも、淀みなく答え続ける。
颯真は眉ひとつ動かさず、淡々と質問を重ねた。
「外貨の流入は?」
「港湾都市を通じて限定的に。国外貨幣は一旦ギルドで精査され、規定比率で王国貨へ換金します」
「記録官が職務を放棄した場合、証明は無効ですか」
「その場合でも、二重写しと証人記録が残ります。契約の有効性は失われません」
「信用破綻が起きた例は」
「過去に一度、北部戦乱期に。ですが記録庫が独立していたため、市場は二十日で回復しました」
周囲の職員がいつしか静まり返り、彼と書記官のやり取りに耳を傾けていた。
空気がじわりと緊張を帯びる。
カイエルが小さく咳払いをした。
「先生、あまり根を詰めると――」
「いえ、続けます」
颯真の声音は穏やかだが、揺るぎない。
「もし王家が滅びた場合、この通貨体制は」
「評議会が臨時政府を組織し、通貨と記録の継続を保証します」
「外敵による占領下では」
「……記録庫は魔法封鎖され、開封には評議会全員の承認が必要です」
書記官の額にうっすら汗がにじむ。
「最後に――」
颯真は一拍置き、低く問う。
「商業ギルドの存在意義を、あなた自身はどう考えますか」
書記官は一瞬だけ瞳を揺らし、深く息を吸った。
「秩序を保つことです。金が流れ、人が生きる限り、取引を記録し続ける。それが私どもの務めです」
その答えを聞いた颯真は、静かに頷いた。
「理解しました。登録をお願いします」
長い沈黙のあと、書記官はようやく安堵の息を吐く。
「ありがとうございます。すぐに誓約書を」
帳簿に名を記し、羊皮紙に署名を終えると、小さな金属板が手渡された。
「これが会員証です。以後、取引のたびに提示ください」
窓口を離れた颯真に、カイエルが歩みを並べる。
石畳の通路を抜け、外の明るさが近づく。
ギルドの中は相変わらずざわめき、背後では金貨の音が絶え間なく響いていた。
「――先生、今のやり取り、まるで王都の審問官のようでした」
足を止めた颯真は、わずかに眉を動かした。
「……先生?」
言葉を口にしたカイエルが、自分の失言に気づいたように小さく息を呑む。
「……あ、いや、失礼。つい“先生”と。なぜか、そうお呼びしたくなって」
その頬に、わずかな苦笑が浮かぶ。
「質問の深さも、ひとつひとつを確かめる静かな迫力も、私がかつて仕えた師に――亡くなった学匠に――あまりに似ていたものですから」
颯真は軽く瞬きをし、わずかに首をかしげる。
「師……」
「ええ、私の敬愛していた学びの師です」
カイエルは一歩下がり、真剣な眼差しを向けた。
「気づけば同じ敬称を。……どうか、お許しを」
颯真は少しだけ唇の端を上げた。
「構いませんよ」
青年伯爵はゆるやかに首を振った。
「先生――そう呼ぶのが自然に思えます。これからは、そのようにお呼びしても?」
「あなたの自由です」
カイエルの瞳が、朝の光を受けて淡く輝く。
「ありがとうございます。先生」
その声音には、ただの敬称を超えた確かな敬意が宿っていた。
質問を重ね、理を探り、どこまでも真実を求める姿に触れ、彼の中で何かが静かに決まったのだ。
石畳を踏みしめ、二人は王都の朝の光の中へ出た。
外の市場では依然として商人たちの声が渦を巻き、白石の街並みが陽光にきらめいている。
その賑わいを前に、カイエルはどこか決意を秘めた面持ちで歩き、すでに“先生”と呼ぶ者として隣にいた。
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