第30話
それから数年後——。
国際神経科学学会の壇上に、一人の日本人教授が立っていた。
若くはないが、知的な光を湛えた眼差しと落ち着いた声が、会場を静めていた。
「——我々が直面している問題は、技術の未熟さだけではない。むしろ“責任の所在”をどう定義し、どう共有するかという構造の欠落である。私はこれを“医療哲学”と呼びたい」
スライドには、臨床の一例が映し出されていた。
術前の説明、家族との対話、チーム内での責任分担、そして術後の生活の再設計。
それぞれが一本の線で結ばれ、その線の中央に「哲学」という言葉が据えられていた。
「——我々は技術的進歩を享受してきました。AIは診断支援、治療計画、術後予後の予測において目覚ましい成果をあげている。だが決定的に欠けていたのは、責任の所在をどう規定するかという枠組みでした」
スクリーンに映し出された図表には、二つの円が並んでいた。
一方は「AI:知識と計算力」。もう一方は「医師:判断と責任」。
その間を結ぶ帯には「Medical Philosophy」と記されている。
「我々の答えは明快です。AIは補助の立場にとどまるべきであり、最終的な責任は医師が担う。この構造を“医療哲学”として体系化しました。AIの正確さと、医師の責任倫理が補完し合うことで、医療は新しい次元へと進むのです」
会場は深い静寂に包まれたのち、万雷の拍手に揺れた。
この発表はやがて論文となり、世界中の医学誌で引用され、批判と賛同を呼びながらも、次第に一つの学問領域として定着していった
タイトルは「Clinical Responsibility and Medical Philosophy: Toward a New Framework」。
それは瞬く間に国際的な反響を呼び、批判も賛同も含めて熱い議論を巻き起こした。
——そして十数年後。
千葉大学医学部のキャンパスは、かつてとはまるで違う姿をしていた。
中庭には世界各国の学生が集い、十数の言語が飛び交っている。
図書館の一角には「Medical Philosophy Center」と銘打たれた新棟が建ち、そこでは臨床医だけでなく哲学者、倫理学者、法学者、エンジニアまでもが議論を交わしていた。
海外からの留学生は、まずこの講義を受けるのが慣例となった。
「医療哲学概論」——責任、倫理、多様性、代償と獲得。
ここから世界へ発信された新しい学問領域は、やがて医学界における“聖地”と呼ばれるに至った。
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