12

 さて、最重要参考人、ナギ・ミサナ夫婦への聴取である。

 入居者である彼らを会議室に呼び出すのは難しいと考えられたため、伶久が彼らの部屋を訪問することとなった。

 一般社会から隔絶されている彼らには「警察か、逆らうと面倒くさいから従っとこ」などという考えは存在しないわけで、聴取はかなり大変かもしれない。

 一方で、「怪しまれたくないから嘘で誤魔化そう」という発想もないと思えば、正直にぺらぺら語ってくれる可能性もある。結局蓋を開けてみなければ分からなさそうだ。

 佐川の案内で到着した隔離棟は、一般入居者が暮らす棟とは少し形状が違っていた。

 六角形のハニカム構造であることは同じなのだが、部屋は二つが繋がっているだけだ。夫婦一組のみが暮らすスペースなのだろう。

 午前中の聴取の内容を思い出して、伶久はドアに耳を当ててみた。微かに雑談のような声が聞こえる。大声ではないようで、内容までは分からなかった。

 ドアを叩くと、話し声が止まった。

「関東中央局捜査部特任捜査員です。先日発生した特例施設入居者保護条例違反について、お話を伺いに来ました」

 佐川がぎょっとした顔をする。そんなことを言っても彼らには分からないのに、という顔だが、何せこちとら警察なので、形だけだとしても身分を公開することは必要なのだ。

 佐川がドアのロックを解除した。ドアが勢いよく開く。

 それと同時に、中から細身の男性が飛び出してきた。生成り色の服を着た、髪の短い男性だ。そういえば入居者の髪はどう処理しているんだろうか?伶久がそんなことを考えている内に男性が右腕を大きく振り上げ――思い切り伶久の頭に振り下ろした。

 そう言えば、彼らは力加減をしない、という話を聞いたような。

 帽子の上から拳を受けた伶久は、狭い廊下で突っ伏するように倒れこんだ。

「そ、捜査員さん!?」

 佐川が慌てている。伶久はすぐに立ち上がり、落ちた帽子を拾い上げて形を整える。

「すみません、ついうっかり」

「うっかりって、大丈夫なんですか?」

「大丈夫です。この装備、意外と頑丈なんですよ」

 そう言って、伶久は帽子を被り直した。

 一人で行動する特任捜査員は、暴力を受けるリスクも高めだが、そこは装備でフォローされている。この制服は見た目と重さから想像されるよりもかなり頑丈で、時速60キロの車に衝突しても――もちろん、受け身等のスキルは求められるが――大怪我はしないで済むような代物だ。

 それに、他の特任捜査員と比べても、伶久は怪我をしないように殴られるのが得意だった。小柄で舐められやすいせいか、特任捜査員の悪評のせいか、仕事中よく殴られるのだ。

 殴った方の男性、ナギが不可解そうにこちらと拳を見比べている。

 その後方、椅子に掛けている幸薄そうな女性がミサナだろう。こちらも戸惑った表情をしている。

 交渉は混乱している内に進めるのが吉だ。詐欺師の手法とも言う。伶久はわざと一方的に話を進めた。

「あなたがナギさん、そしてそこにいるのがミサナさんですね!お部屋に押しかけて申し訳ありませんが、先日の火事に関連して話を聞かせてください」

 しばらくぽかんとしていたナギは、我に返ったように伶久とミサナの間を遮るように仁王立ちした。腕には火傷があり、放火の際に負ったものだと思われた。

「帰れ!誰が外の連中なんかに!」

 ナギは、伶久を部屋の中に入れるつもりも、ミサナをこちらに寄らせるつもりもないようだ。

 男が女を守る、今時外でそんなことを言ったら時代遅れと笑われそうだが、妊娠期間が長いこの施設においては、男は女を守る者という教育をしているのかもしれない。

 まあ、近付いて会話ができないとしても、声が届いて表情が見えるならば十分である。

「一口に外の連中といっても、この施設の人と僕は別口なんですよ」

「は?」

「別の人に雇われていて別の意図で動いているんです」

「いと……?」

「あなたがたを部屋に押し込めている人たちと考えや立場が違うということなんですよ」

 ナギは眉間に皺を寄せてしばらくこちらを睨んでから、ドン、と壁を殴りつけた。

「うるさい!外の連中に話すことなんかない!」

『大人を警戒する子供と同じね。外の人間は皆敵だと思っているんでしょう。ミサナの方が冷静で話を理解していそうだけれど、聴取に応じるつもりはないみたいね』

 ウルさんが指摘する。まあ、概ね想定内である。

 向こうに答える気がないのなら、一方的に聞くまでだ。

「外の連中が敵だというのなら、あなたがたに手紙やライターを送ってきた人も敵なのでは?ほら、この道具です」

 情報端末にライターの画像を表示する。これは理解できたのか、二人とも反応した。

「う、うるさい!俺は何にも言わないぞ!言ったら駄目なんだろう!」

 なるほど、手紙で口止めされていると。

「最初の手紙が届いたのはいつ頃ですか?」

「知らないよ」

「あなた方が脱走したのは四日前ですが、その数日前ですか?それとも一月前?それとももっと前から?」

「知らないって言ってるだろ!」

 ナギが唾を飛ばして喚く。

『……どうも、本当に知らなそうね。でも数日前よりは前みたい』

 ウルさんが言う。不可解ではあるが、仕方がないか。

「その紙を寄越したのはどんな人物か知っていますか?男性、女性どちらか、とか」

「知るわけないだろう!」

『本当に知らなそう』

 となると、言葉を交わしたことなどはないのだろう。手紙だけのやり取りだったのか。

「手紙にはどんな内容がありましたか?外のこと、ライターのこと、エレベーターの乗り方?……あ、子供のこともですかね」

 伶久が並べ立てると、ナギがかっと目を見開いた。分かりやすくて何より。

「お前らが!子供を奪うから!ミサナが悲しんだだろうが!」

「親から子供を奪うのは普通のことでは?」

 少なくとも、ここでは普通のことのはずだ。

「外では違うんだろう!子供とずっと一緒に暮らせるんだろう!」

 なるほど、そういうことを言ってこの夫婦を唆したと。

「それは、あなたがたを名指しにして送ってきたんですか?……えーと、紙に、あなたがたの名前は書いてありました?」

「うるさい!知らん!」

『ミサナの表情を見ると、名前はなさそうね』

 さすがウルさん、頼りになる。

「外のことは他に何か聞いていますか?外に出たら何をするといい、とか」

「答えないって言ってるだろ!」

 ウルさんは何も言わない。はい/いいえで答えられないものだと、反応を見て結果を類推するには難があるか。

 では少し質問を変えようか。

「外に出た6人がどうしているか知っていますか?外に行ったらどこに行くとか、誰かと会うとか、そういう約束はありましたか?」

 伶久がそう尋ねると、少し時間をかけて内容を理解した様子のナギが笑みを浮かべた。

「あいつらの居場所を俺から聞き出そうとして無駄だ!俺も知らないんだからな!」

 はははは、と勝ち誇ったように笑う。

「あいつらは自由になったんだ!二度と戻ってきたりしない!」

 少しの間を置いて、ウルさんが判定を出した。

『本音に聞こえるわ。彼が脱走した入居者の居場所を知らないのは事実でしょう』

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