再会は盤を挟んで。

伽噺家A

1 プロローグ

 「地球を征服することにした。」

 センセーショナルな宣言が退屈なドラマの最中に、突然首相官邸の映像になって世界を駆け巡った。

 テレビの中で、総理大臣の前に姿を現した使者は続ける。

「ただしチャンスをやる。よく聞け。地球発祥の将棋はわが星では大人気である。そちらのプロの棋戦を勝手にジャックしてテレビ放映しているが、その視聴率はなんと百パーセントだ。その棋士たちに尊敬の念を払い、将棋勝負で勝った場合は征服するのを先送りにしてやる。どうだろうか。」

 使者の問いに総理大臣は怪しんだ。

「おふざけに付き合う時間はないんだ。」

「証拠を見せよう。窓から月が見えるだろう。見ておけ。」

 そういいながらボタンを押すと、夜なのに影ができるほど月が太陽のようにまばゆく光り、光が消えるとそこには何もなかった。

「こんな簡単に地球も消せる。資源が目的だからしないがな。いかがか。」

 総理大臣に先ほどの問いに対してイエス以外の回答はなかった。

「では。さようなら。細かいことはこの手紙を見よ。」

 と言い、使者は姿を消した。世界中のテレビやネットが何だこれは、いたずらかとざわついた。

 その後、使者が各媒体で状況を発信し、本物であるとわかると世界中で大混乱が巻き起こった。経済活動は止まり、仕事は全て休みになった。その時、大気圏外では何光年先から来た幾千もの宇宙船の大船団が地球を取り囲んでいた。軍も黙っていられず宇宙船に向けてミサイルを飛ばしたがびくともしなかった。圧倒的な技術力の差の前に地球は絶体絶命だった。

 使者からの手紙には次のようにあった。


    将棋勝負のお知らせ

 我が国の王子と、白石ヨハン様の対局となります。対局は東京の将棋会館で。あの特別対局室はわが星の者が一度は行ってみたいと願う場所です。時間を空けて閏日としましょう。白石様の準備の時間が必要だと思いますので。以上のようによろしくお願いします。なお、不戦敗や不正行為があった場合は即座に地球を征服します。


 使者や相手の星について、今回の勝負のチャンスはいかほどあるのか、そして日本以外の国では将棋について連日ワイドショーを賑わせた。


 時はさかのぼること二十年。

 「余はゲームには飽きた。テレビも、ネットも時間つぶしなだけだ。面白くない。」

 ある惑星の王子は言った。小学生のヨハンはため息をつきながら言う。

 「なんだよ。勝手に来て一週間も居座ってさ。じゃあ将棋でもやるかい。」

 「何だか知らんが暇がまぎれるならいいだろう。」

 王子はある惑星の王の息子で、勉強に飽きて家出をしてきたという。ヨハンは憂鬱だった。数少ない小学生の夏休みを王子との付き合いに奪われるのだ。王子の存在は内緒らしく、学校の友達と虫取りや野球、川遊びなどに精を出したかったが、王子が人目に触れるのを避けるため家で相手になっているのだった。

 「これは玉。周り一周動けるんだよ。これは金。斜め後ろ以外進めるんだ。」

 こんな要領で駒の動かし方を教え、勝負した。ヨハンは駒の動かし方がわかる程度だったが、いくらか負けてあげた。はじめは勝つことが楽しいと思っていたからだ。

 そのかいあってか王子は非常に楽しいようだった。何度も何度も勝負し、テレビやネットでプロの対局を見た。ゲームでも知らない人と何度も勝負し、また二人で勝負した。夏休み中続けた。

 八月三十一日。多くの子どもにとっては侘しい日。

 「王子。僕は明日から学校に行くんだ。もうあまり遊べないよ。」

 と言うと、

 「では余は星に帰ることにする。寂しくなるな。楽しかったぞ。」

 と言い、本当に帰っていった。それから何の連絡もなく時が過ぎた。


 現在、三十代となったヨハンはつぶやく。

 「将棋、まだやっていたんだ。」

 テレビ放送の翌日、ヨハンは東京の将棋会館にいた。

 政府の要人や将棋関係者との長い問答の末、王子を小学生の夏休みに匿っていたこと、そこで将棋を教えたことを伝えた。そしてそれ以来ほとんど将棋をせず現在はアプリゲームで三級の腕前程度だということを政府は理解し青ざめた。

 「もちろん相手次第ですが、このレベルでは勝負にならないでしょう」

 同席していたある棋士が言った。

 ヨハンは、いやはや。と言いながら特に気分を害していなかった。なんせアプリで三級なのだ。棋士の足元にも及ばない。困ったことは事実だったが。自分が全人類背負って戦うことに現実感はなかった。

 その日、今回の件に関していくらか宇宙人との質疑応答の時間が設けられた。基本的には極秘内容のようでヨハンの耳に入ることはなかったが、王子は忙しい公務の隙間に将棋をしていること。地球のアプリで戦っており、そこでは一級の腕前だということだけ伝えられた。それを聞いた棋士たちはメディア等で口々に何とかなるかもしれないと希望を語った。

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