第8話 侵入者たち ― 炎の洗礼 ―

静寂を破るのは、鉄靴が床を叩く音だった。


「――前方、空洞確認。距離、およそ30メートル!」


無線越しの声が響く。

地上では、ついに日本政府による初のダンジョン調査隊が編成されていた。

防衛省直轄の特務部隊第零探索隊

新宿ダンジョン――その名を“D-TOKYO-01”と呼称する。



■時刻:午前10時32分


■地点:東京都新宿区 西新宿地下ダンジョン入口


「なんだこれ……洞窟みたいだが、構造材が人為的すぎる」

「温度は高い。内部、熱源あり。」

「放射線・毒ガス反応、なし。」


銀色の防護スーツを着た調査員たちが、階段を降りていく。

彼らの背中に貼られた識別タグには「JSDF」と印字されていた。


通路の壁面は、滑らかに削られた岩。

しかしところどころに脈打つような紋様が浮かび上がっている。

まるで、地面そのものが呼吸しているかのようだった。


「……生きてるみたいだな、この壁。」

誰かの呟きに、リーダー格の男が短く返す。


「気を抜くな。未知の環境だ。何が起きてもおかしくない。」


――その様子を、地下の奥で俺は見ていた。


モニターに映る自衛隊員たち。

彼らの動きは、すべて“観察対象”として解析されている。


「来たか……」

俺は椅子にもたれ、深く息をついた。


グラットが隣で槍を構える。

「やはり、外の奴らはすぐ来たな。」


「予想通りだ。炎の通路を試す絶好の機会だな。」



ダンジョンマスター専用メニューを開く。

画面には、トラップ設定項目が並んでいた。


【通路:第1層 直線型(50m)】

【罠:炎噴射トラップ ×4】

【発動条件:通路内の生命反応 感知】

【消費DP:既に支払い済】


俺はゆっくりとスイッチに触れた。


「――炎の洗礼を、見せてやれ。」



通路の奥。

自衛隊員のひとりが、足を止める。


「隊長、温度上昇。急激です!」


「全員、後退――」


言葉が終わるより早く、壁の裂け目から炎が噴き出した。

轟音。熱波。視界が真っ赤に染まる。


数メートル先を歩いていた先頭の隊員が叫び声を上げる間もなく、

炎に包まれて消えた。


「ひ、引け!消火班――っ!!」


しかし、通路全体が“熱の檻”に変わっていた。

壁から、床から、無数の火線が噴射され、

人間たちを左右から焼き尽くしていく。


酸素が一瞬で奪われ、金属が溶け、

ヘルメットのバイザーが泡立ちながら歪んだ。


モニターの中で、データが流れる。


【生命反応:6 → 2 → 0】

【熱量推定:900℃】

【トラップ稼働率:100%】


「……やったな、マスター。」

グラットの声は低く震えていた。

恐怖ではない。昂揚だ。


俺はゆっくりと頷いた。

「この罠は、“ルールの穴”だ。直接攻撃はダメでも、通路環境を設定するのは“演出”扱い。つまり合法。」


「なるほど……“世界の仕様”を突いたわけか。」


「そういうことだ。」


炎が収まり、通路は静寂を取り戻した。

焦げついた金属と煤だけが残る。


そして、ダンジョンコアに新しい表示が浮かぶ。


【外界からの侵入を確認】

【防衛成功:DP +50】

【外界認識レベル:上昇】


「……見たか、グラット。」

「見た。これが……“外の力”に勝つということか。」


ドッペルゲンガーが背後の影から現れた。

表情は穏やかだが、その目はどこか冷たい。


『マスター、外では“行方不明事故”として報道されている。

 探索隊、全滅。原因不明。』


「上出来だ。」


俺は笑った。

これで、人類は恐れる。

そして次に——必ず、理解しようとする。

そのときこそ、俺たちが優位に立つ。


グラットが窓越しの天井を見上げた。

「マスター。……これから、もっと来るぞ。」


「構わない。」

俺は指を鳴らした。

炎の残滓がまだ赤く輝く通路の奥で、スライムたちが静かに煤を吸い取っていく。


「ここからが本番だ。」


――ダンジョン・オブ・トウキョウ、新宿地下。

最初の侵入者は、誰一人として戻らなかった。

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