第22話 初デート
僕は空手があるので、学校の部活動には参加していない。
だから、週末は鍛錬がなけば自由にできる。
日曜の午後、大型書店に向かった。
吹き抜けのアトリウム、ガラス越しの空は曇り。エスカレーターを上がるたびに、フロア案内のパネルに「ライトノベル/コミック」の矢印が近づいてくる。
店内放送がゆるいBGMに混じって「本日ポイント5倍デーです」と告げた。
目的は庵野さんに渡す本を増やすこと、通学一駅で区切りよく読めて、読み終わると日差しが半歩明るくなるやつ。
平台の上、鮮やかな背表紙が帯も含めて主張している。
評判の元祖の横に、配色も語感もそっくりな新刊が積んであって、POPまで似たテンション。
手に取って、ページをぱらぱらとめくっていく。
僕のおすすめを渡したいけど、新しいラノベも増やしておきたい。
「……無形くん?」
右肩に落ちた影と、小さな声。振り向くと、耳の上の黒いピン。
見慣れた制服ではないブラウスに、トートの口からウサギのキーホルダーがちいさく揺れている。
私服の庵野さんが立っていた。
「庵野さん?」
「む、無形くん……! 偶然だね」
店の照明よりやわらかな笑顔。リップは薄桃、学校とは違っていて可愛く見える。
「考えることは同じだね。庵野さんも本を探しに?」
「うん。無形くんも?」
「ああ、庵野さんと話をして、交換できる本を増やしたくて、新作を見に来たんだ」
僕は同じ趣味で話ができたのが楽しかった。
自分なりに舞い上がっていたのかもしれない。
「う、うん。明日、交換って言ってたから。棚、見に来たの」
彼女の手には短編集。
僕の手にはラノベ。
二人でそれぞれを見比べて、目が合って笑ってしまう。
「よかったら、一緒に見ない?」
「えっ? いいの?」
「うん。最初に貸すのはお互いお気に入りだろうから、今日買ったのは自分たちで楽しむ本で」
「うん!」
思わぬところで、庵野さんとのデートが始まってしまった。
平台の端へ少し移動して、背表紙の海を背に並んだ。
「庵野さんは、今日はどんなの気分だったの?」
「……恋愛物にしよう、かなって」
ラブコメは読んだことあるけど、恋愛よりもコメディーが強いかも。
「結構好きなの?」
「ううん。普段はあまり読まない、よ」
なるほど、庵野さんも新しいジャンルに挑戦しているんだね。
「僕はラブコメを買うから、両方買って、また交互に読み合わない? 感想会しようよ」
「いいの……? 楽しそう。やる」
大きなレジカウンターで会計を済ませる。
店員さんにブックカバーをお願いしつつ、カード売り場で小さなメッセージカードを一枚。立ち読みテーブルの端でさらりと書く。
『通学一駅にどうぞ。合わなかったらまた新しい物語で挑戦する。空』
学校で渡す本に挟もうと思う。
「……あっ、あの! 今日はありがとう」
「こちらこそ、まさかデートができるなんて思わなかったよ」
「デート!!!」
おや、気づいていなかったようだ。
「うん。庵野さんと二人で本屋さん巡り楽しかったよ」
「ハワハワハワハワハワ!!!!」
なんだか、物凄く可愛く慌て始めた。
メガネで素顔をはっきりとは見ることはできないけど、可愛いな。
「ねぇ、もしよかったら、一緒にカフェに行かない?」
「えっ?」
店内には試読コーナー脇のカフェが併設されていた。
窓際の席が二つ空いている。長居じゃなく、ページを一枚めくるだけ、そんな合意を目で交わして、アイスティーとホットコーヒーを頼んだ。
大型書店の静けさは不思議だ。
人は多いのに、みんな静かにしていて音は立てない。
斜め後ろの棚から、フェア用のPOPがぱりっと新しい紙の匂いを放っている。
窓の外、バスターミナルに雨粒が二、三、落ちる。
彼女は緊張しているのか、背筋を小さく入れ直し、ウサギのリボンを指先でちょんと触れてから、文庫の一行目を目で撫でた。
僕らは一分だけ読んで、すぐに閉じた。読み過ぎると楽しみが減るから。
「日曜の大型店って雰囲気があるね」
「僕は月一くらいは来るかな。紙の匂いで頭の中が整うんだ」
空手で体を動かして、本で頭の整理をする。
オーディブルも嫌いじゃないけど、やっぱり自分で読みたい。
「わかる。背表紙さんぽ、好き」
「背表紙さんぽ?」
「色と活字をただ見るだけ。落ち着く」
彼女の語彙力は、独特で面白い。
ピンをちょん、と整えた。照明が小さく反射して消える。
しばらく静かに本を捲る音を聞きながら、飲み物を飲み干して席を立つ。
レジ横で貰った薄いカバーが、文庫の角を守る感触が心地いい。
エスカレーターで一階へ降りると、入口付近の特設台にサイン会の告知ポスター。知らない作家の名前でも、胸が少し高鳴る。
自動ドアの向こうは、雨。
アーケードの庇の下に並んで立ち、通りのたこ焼き屋からソースの匂い。
日曜の午後の色。
「明日のお昼は中庭で交換でいいかな?」
「はい! 先に取っておきます」
「じゃ……また明日」
「はい……また明日」
彼女の「また明日」は、昨日の「バイバイ」より一段大きく、雨音に負けない音量で届いた。
大型店のドアが閉まると、紙とインクの匂いが背中でほどけていく。ビニールカバーに守られた二冊が、明日の中庭までの道のりを、軽くしてくれた気がした。
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