第8話 女友達
日野さんがドリブルで詰めてくる。足音は軽いけど、重心は低い。右に見せて、左に抜くフェイク、速い。
「——っ」
腰を切り返して付いていく。肩の向きでコースを絞ると、彼女は一拍置いてプルアップ。肘の下からボールが滑り出て、ネットがさらっと鳴った。
「一本」
「上手い!」
「当たり前」
にやっと笑って、またボールをつく。
次は僕の番だ。
右手のドリブルを強めに見せて、視線だけ逆へ。日野さんのつま先が半歩食いつく。
そこを縦に差し込んで、ストップからのフェイダウェイ。ボードに当てて一本返す。ギリギリだった。
「やるじゃん」
「怪我しない範囲ならね」
七点先取にしよう、という彼女の提案で始めた即席のワンオンワンは、点の取り合いになった。
クロス、ストップ、サイドステップ。
全力で先読みしているけど、彼女は前に出る判断が速く、僕は間を読むが騙される。
なんとか最後は6-6、ラストポゼッション。
肩で押し合ったあと、彼女が一瞬だけ僕の視線を外側に釣って、逆手でレイアップを差し込んだ。
「七、終わり」
「負けた」
「ちょっとだけね。でも、マジで無形くん、上手いじゃん」
息が上がって、二人でコート脇に座り込む。夜風が汗の表面を撫でていく。街灯の下、白線が薄く浮いていた。
夜のライトと日野さんのジャージ姿が綺麗だった。
ペットボトルを回し飲みしながら、ふとアキラなら泣いて喜びそうなシチュエーションだなって思う。
日野さんがぽつりと言う。
「さっきは、ありがと」
「さっき?」
「庵野さんの件、快が迷惑かけたでしょ。幼馴染として……ごめん」
横顔は普段の明るさより、少しだけ大人びて見えた。
「なんで、日野さんが謝るの?」
「うーん、私たちの存在が、快を調子に乗らせてるかもって思って」
私たちというのが、三大美少女を指していることはなんとなく理解できた。
「昔はさ、快ってもっと素直で、気のいいヤツだったんだよ。運動神経も良くて、バスケもよくやってさ。……でも高校入って、三人と仲がいいって言われるのが妙に嬉しかったみたいで。調子、乗っちゃってるんだよね。止めなきゃって思うんだけど、私たちが言っても聞き入れてくれなくて」
言葉が風に混じって、ゆっくり落ちる。
僕はキャップを閉めて、彼女の方を見た。
「僕に謝らなくていいよ」
「えっ?」
「それに君が背負う話じゃない」
明日香さんがこちらを向く。
「岡部が誰かにぶつかったら、岡部が『ごめん』って言えばいい。それは日野さんのせいじゃない。もちろん、桐谷さんのせいでも、三浦さんのせいでもない……それは迷惑をかけた岡部の責任だよ」
彼女たちは、岡部と仲が良い。それだけで周りに申し訳なさを感じるのはおかしい。
「でも、嫌な気持ちになるのでしょ?」
「うーん、コートと同じだと思うよ。ゲームは開始されて、終わってみれば恨みっこなし。自分の努力が足らなかった。悔しいけど仕方ないよね?」
僕はバスケにたとえてみた。
日野さんが、ふっと笑った。肩の力が落ちる。
「そう、だね……。うん、ありがとう。無形くん。話したことほとんどなかったけど、面白いね。言い方がさ、なんか大人」
「老けてるってこと?」
「褒めてるよ。ちゃんとね。ねぇ、部活入らないの? 凄くバスケ上手いけど」
「両立が下手なんだ。道場で手一杯」
「空手のやつ?」
どうやら空手をしているのを知ってくれているようだ。アキラが言っていたからな。
「うん。試合でも練習でも、相手の間を読むのは同じ。今日は楽しかったよ。僕も日野さんとこんなに話せるとは思わなかった」
「こっちこそ。……快のこと、ありがと。なんだか気持ちが軽くなったように思うよ。それに庵野さんとも仲良くなる。快が迷惑かけないように私が守るんだ」
「いいんじゃないかな。だけど、彼女は静かな空気で、それがいいなって思うから、優しくしてあげてね」
僕の意見であって、庵野さんがどんな風に思っているのかわからない。
「え〜なんだか、庵野さんのことよくわかってるじゃん」
「本当の心はわからないけどね。だけど、あの静かで落ち着いた空気が僕は好きだな」
「えええ、そんなサラッと好きって言っちゃう?」
「日野さんは言われ慣れているでしょ?」
「慣れてないよ! 男子と付き合ったこともないもん!」
意外な情報だった。これはアキラが喜ぶかもしれないな。
「そうなんだ。日野さんって運動もできて、綺麗だから、男子なら放っておかないと思ってたよ」
「きっ、綺麗! そんなこと言われたことないよ! 元気過ぎとか、ボーイッシュはあるけど!?」
「そう?」
「無形くんって、サラッとそういうこと言えちゃう人なんだね。なんだか理解できた」
日野さんが立ち上がる。
僕も釣られて立ち上がると、夜のコートに影が二つ伸びた。ボールを彼女へ返す。
「じゃ、残りいる?」
「入場料でしょ? 受け取っとく」
日野さんはボールを腰で回して、リングを一度見上げた。
「また相手、してよ」
「タイミングが合えば」
「約束はしないんだ?」
「約束は、守れるときだけする」
「ほんと大人だね。……じゃ、また。なんだか話して楽しかったよ。ありがとう」
彼女はドリブルを一発強くついて、ベースラインへ走り出す。
僕は公園を出て、家に向かって足を向けた。
背中で、ネットがもう一度だけ軽く鳴った。
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