我に、まかせよ

熊谷 柿

序章

 山がうなったようだった。

 鳥たちが一斉に羽搏はばたくと、その山から三千ほどの群集が勢いよく駈け下りてきた。どれもからだのあちこちに文身いれずみがある。断髪に烱々けいけいとした目を備え、簡素なよろいを身にまとっている。

 得物は小型の板斧はんぷだった。雄叫おたけびにも似た咆哮ほうこうと共に、板斧を振りかざしては、一目散に原野を駈け去った。三千の餓狼がろう垂涎すいぜんの的としていたのは、丹陽たんよう城邑じょうゆうだった。

 歩を止め、その暴風の如き餓狼を見送っていたのは、一匹の大きな亀である。よく見れば、頭に鹿の如き角を生やし、神木に水脈を彫ったような甲羅の後ろに蓑毛みのげなびかせている。

「いつになっても、荒れ狂う狼を飼い馴らせる器は、なかなか現れぬものよ」

 その奇妙な亀は独りちると、再びゆっくりと歩き出した。

 遠くなる餓狼の咆哮が、風に乗ってまだ聞こえていた。

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