魔導学院と殺人鬼 ⑧

「『殺人鬼』の正体が割れました。彼女も迂闊すぎますが……過ぎた事は仕方がありません。報告される前に始末します」


「いや……」


 ルフェルが何を言っているのかわからなかった。

 殺人鬼の正体。それを私は知らないし、ルフェルが庇うような人間だと言うことも初耳だ。

 何故バレたのか。何故始末するのか。


「殺人鬼は────アルミナです。詳しくは後で説明しますが、諸々を天秤に掛けた上でアルミナを守る方が利益が出ると判断しました。どさくさに紛れて理事に殺意を向けて襲いかかってください。意識が逸れたタイミングで私が殺します」


「いや、いや、待ってください」


 説明されて尚、話についていけてなかった。


 アルミナが殺人鬼?

 なぜ私にそれを説明しなかったのか。なぜアルミナがそんなことをしているのか。


 そしてなぜ、無辜の人間を殺してまで殺人鬼を守ろうとするのか。


 アルミナへの好意はあるが、それとこれは……話が違う。

 人殺しはダメだとか、感情的な話を抜きにしても殺人鬼側に付く理由が見当たらなかった。

 どちらかと言えば害される前に殺人鬼を殺すべきだし……理事だって、殺しまでする必要は無いように思う。


「和解……は?」


 違う。質問すべきはそんなことではないはずだ。

 動転している。思考が正常ではない。


「無理でしょうね。彼はあれでまとも寄りの人間ですから、利益のために殺人鬼を許容する器があるとは思えませんし……生徒を殺されています」


 そこまでわかっていて、何故結論が理事の殺害になるのだろうか。ルフェルとしても旧知の間柄だったはずだ。

 フォロはこれを許容するのか?

 そもそも……当のアルミナと共謀しろよ、という話だ。私を巻き込む理由だってわからない。


 というか、今太古の吸血鬼が蘇って大変な状況であることを全く意識していない。

 こいつの優先順位はどうなっているんだ。


「とにかく、よろしくお願いしますよ」


「……」


 別に私は倫理的に真っ当な人間でもないし、今更こんな世界で殺しが悪だと喚くつもりもない。

 理事に好印象を持っているわけでもないし、どちらからと言えば本来アルミナの味方をしたい。

 それはそうなのだが……。


 腰に仕込んだナイフに手を当てる。

 護身用……とさえも言い切れない、ペーパーナイフ程度の代物だが……切れ味は確かで、気を引くことくらいはできる。


 私はそれを引き抜いた。

 冷たい銀の感触が指に染みる。


 周りの視線……特にソフィアの視線が刺さった。

 銀製のナイフは地球の伝承と変わらず、吸血鬼にとって脅威となるのだろうか。


 だが。

 別に私は────他人を害するためにナイフを抜いたわけではない。


「さすがに、ちょっと……限界」


 そう呟いて、私は────自分の首を掻き切った。

 視線が私に集まり、目を見開くフォロが何かしら叫んでいたのが最後に見た光景だった。



 ◯◯◯



 遷転。


 私が戻った先は……講義が終わった後。


「じゃあレティ、僕についてきてもらおうかな」


 ウエスタからの誘い。


 首を掻き切ったのは……衝動的な行動だった。

 呟いた通りに、精神的な限界が来ていた。元々私はそこまでタフな方でもない。軽率だったが……仕方ないと言える。


 結果が再生でなくて本当に良かった。

 首を掻き切って再生を見られでもしたら……今後碌なことにならないのは確かだ。

 フォロとの関係、冒険者としての活動、処遇。

 蘇生してしまった吸血鬼。理事の殺害。

 失うものは大きかった。


 まあ最悪再生を見られても、吸血鬼に原因を擦り付けることもできたかもしれないが。


 ただ……情報はもっと取るべきだったかもしれない。

 結局ここからまた探ることになる。


 差し当たっては殺人鬼の正体と動機、殺された人間についてか。

 ルフェルと……アルミナに会いに行く必要がある。


「あの、レティ?」


「黙ってろ」


 半ば無意識にウエスタを恫喝する。

 既にこいつの評価は地の底だった。ぼんやりとした印象は魔術的なカモフラージュだろうか。内面はカスもカスである。

 自殺に他人を巻き込むな。

 尤も、好きで自殺のような結果になったわけではないだろうが……。

 とにかく、最早この男に媚びる必要もない。


 メアも私の突然の変化に驚いている……というか、怯えているようだった。

 可愛らしくは見えるが構っている場合ではない。


 メアに微笑むと席を立ち、教室の外へと歩く。

 ルフェル達がどこにいるのか、正確な場所はわからない。

 一旦、向かうは……理事室だ。



 ◯◯◯



 構内を暫く歩くと、偶然にもアルミナと話し込むルフェルを見かけた。


 幸運だった。

 本来なら発生し得ないレベルの事象。


 何度かループする時間の中を歩き、私にもわかったことがいくつかある。


 運命の収束。


 一度発生した事象はあらゆる選択肢に入り込んできて、逆に発生していない事象は逃げていくかのように起こらない。


 アス──ギルドにいた研究者はループを脅威視の延長、未来予知の類だと言っていたはずだ。


 だが、違う。

 これは単純な未来予知などでは決してない。

 あまりにも歪んだ再現。

 実際に何が起きているのかは未だ把握できていないが……確実に、それぞれのループが世界に干渉している。


 私の知るその原則から外れた邂逅。

 だが、理屈を深く考えるより先に……別の問題を解決するべきだ。


「ルフェルさん」


「ああ、これは……レティツィア。どうされました?」


 殺人鬼がらみの話をしていたのかと思ったが、偶々揃っていただけだったように見える。

 人に聞かれて困る話をしている様子ではない。

 そもそもルフェルは確か、そういう話をする時……結界を張るはずだ。


「何の話を?」


「最近のフォロ君の動向についてお聞きしていました。イースウェールの加護と……生来の才能もあって、成長著しいようです」


 確かに、フォロが指を鳴らして発動していた電撃の魔術は相当な威力があるようだった。

 魔術の威力だけを指して成長と呼んでいるのかは知らないが。


「そうですか。いや、それはいいんですけど、私から確認したいことがあって……殺人鬼の正体、って……私に教えてないだけで、知ってたりします?」


 私の言葉を受け、ルフェルが顎に手を当て考え込む素振りを見せる。

 少なくとも何か、思い当たる節はあるようだった。


「……見当がついているんですか?」


 見当というか、お前から直接聞いてきた話だ。


「ついてますよ。言っていいんですか?」


「ああ……少し待ってください」


 ルフェルが指を鳴らすと、見覚えのある緑色の結界が私たちを囲った。

 少なくとも……正解を聞かれるとまずいという認識はあるようだった。


「殺人鬼は────アルミナです。そうでしょう?」


 未来で知ってきた答え。

 それを突きつける。


 核心をつく私の言葉に対し、ルフェルは片手で顔を覆い天を仰ぎ、アルミナは少し目を見開き口を手で隠した。


 ふぅー、と、ルフェルが大きく息を吐いた。


 自身の顔に当てた指の隙間からこちらを睨み、普段よりワントーン低い声音でルフェルが語る。


「……ええ、おっしゃる通り、殺人鬼は──アルミナでした。私も確信したのはつい先程です。死体の検分を行なって発覚しました……あの斬れ方は、彼女以外にあり得ない」


 その言葉を聞いて合点がいった。

 理事はあの時……アルミナが吸血鬼を斬るのを見ていた。

 分かる人間には斬り方でわかるというなら、あの時理事にも悟られたのだ。


 ならそんな武器で戦うなよという話だが……非常事態ではあったし仕方のない部分があるのだろう。

 そんな非常事態ですぐに理事の殺害を決断できるルフェルの精神性には驚嘆するばかりだ。


「なぜ……理由、動機は?」


 アルミナのこともあまり深くは知らないが……少なくとも私には、シリアルキラーには見えていなかった。

 往々にして意外な人物が犯人であるというのはミステリの構文では鉄板だが、現実的には大抵の場合殺しそうな奴が殺してる。


 アルミナが直接説明しようと口を開く。


「二つあります。一つは『敵』の排除。もう一つは……私の加護の話です」


 敵と、加護。

 どちらも私にはピンときていない。

 加護は確か、力。

 女神がルフェルに与えているような特別な力のことを言っていたはずだ。

 ルフェルの場合は悪魔狩りによってその力が増すのだったか。


 アルミナの端的な言葉をルフェルが補足する。


「敵は……グヴィロネジアの手先。過去の遺物を悪用し、人類にダメージを与えようとしていたようです。手先と言っても、洗脳され気付かないうちに利用されていたようですけど。なんでも、人類の天敵を蘇生しようとしていたとか」


 人類の天敵、その蘇生。

 心当たりがありすぎる話だった。

 フォロの使命であるところの、討伐対象である大敵、魔神グヴィロネジア。

 ウエスタがそれに洗脳され良いように扱われていたのだとしたら……枷も無しに吸血鬼の蘇生を行なったのも頷ける。


「加護の方は?」


「不浄の首狩り」


 再度アルミナの口から、唐突に出てきた言葉。

 理解は追いつかなかった。

 ただ、不浄という言葉には……耳が慣れている。


 豚……フォロの父親であるところの領主が、私を形容するのに使っていた言葉だ。


 交友関係の派手な人間を狙った犯行からも、言葉の理解はできずとも、ある程度のコンセプトは窺えた。


「豚領主の使っていた『不浄』は方便でしたが……私の言うところの『不浄』については教義の上で定義されています。それは不特定多数と性的な関係を持ち、やまいを撒き散らす女性です」


「性病ですか?」


「それも含みますが……病とは呪いのようなものです。信徒である私には彼女達を解放する義務がある」


 つまり彼女は本来の意味での『確信犯』だということだろう。

 宗教的に正しいと考えて法律上の罪を犯しているわけだ。


「ここには……不浄が多すぎました。原因は判明していませんが……とにかく私としては、彼女たちを解放しなくてはならなかった」


「事前にそういう事情を伝えてくれればこちらでも隠蔽工作なり多少の援助はできたのですが……事後報告ではどうしようもないですね」


 ルフェルの視点はどこまでもドライでビジネスライクだった。

 倫理的な観点など持ち合わせていないのだろうか。


「なんか、こう……アルミナに対して、『そんなことで人を殺すなんて!』みたいな、義憤のようなものとか感じないんですか?」


 余りにも疑問だったので直接ルフェルに尋ねる。


「私が今まで何人殺してると思ってるんですか?」


「……なるほど……」


 フォロの屋敷の件でも、こいつは容赦なく罪人を処刑していた。

 加護を高める過程で殺した人間の数は両手の指では数え切れないのだろう。


「逆に聞きますけど……あなた、そんなこと気にするタイプでしたか?」


 ルフェルに尋ねられ、冷静に考える。

 私のこと。レティツィアのこと。

 これまでの選択。私の感情。


 導き出した結論。


「……どうでもいい、かも……」


 客観的な倫理を唱えることは出来るが、私の心の底から義憤が湧き上がってくるのかといえばそうではなかった。

 結局私は自分に絡まない事に心の底から興味が無かった。

 私はそれを知っているし、そもそもは自分にも大した興味が無かった。自分絡みの事が嫌になって、真っ当に解決するのではなく死のうとしていた。解決へ向かう精神は『私』ではなくきっと『レティツィア』由来のものだ。

 改めて自分と向き合えば言われた通りなのだが、そのパーソナリティをルフェルに見透かされているのが少々意外だった。


「あなたがそういう人間だということはなんとなく察しています。我々などより余程異常者です」


「それは……受け入れかねますが……」


 現代的な倫理観の上では私の方が余程マシ、というか一般的だとは思う。


「じゃあ、レティはこれからも私と友達でいてくれるんですね?」


「えっ? ああ、はい、もちろん」


 意識の外、唐突なアルミナからの確認。

 まず友人という認識が意外だったが、咄嗟に肯定してしまった。


「よかったー……仲良くしたいと思ってたんです、私。あなたには……魅力があるから」


「ありがとうございます……?」


 ほっとした表情見せるアルミナは可愛らしいし、言われる私もなにか照れ臭い。


 我々は殺人の話をしていたはずだが……この世界では、いや、少なくともこいつらにとっては本当に些事であるようだった。


 流石にアルミナに若干天然が入っているだけだろうか。


「ああ、そうだ。それで私から提案なんですけど、理事の前では敵を斬らないようにしませんか? 理事にバレて殺すハメになると思うんですけど」


「まあ、確かにそうですね。気を付けます」


「注意する気なかったんですか? 斬り方でバレるんですから、絶対にやめてください。……まあ、学園を取り巻く状況……諸悪の根源はレオ──理事であるという推測は立っているので、そうなればまず理事を始末することになるでしょうけど。恐らくは、少し対処が早まるだけです」


「ああ、そういう背景があったんですね……」


 何も無しにバレたから殺そうとしていたわけではなかったようだ。

 そうなると、私も少し余計な事をしたのかも知れない。

 あのまま理事を殺す事が、今回の仕事の解決に繋がった可能性がある。

 それならまとも寄りな人間だとか、生徒を殺されてるから和解できないとか言わないでほしい……そこにも何か事情があるのだろうか。


まあ、何にせよ……これで問題はおよそ潰した。


 理事の殺害問題と殺人鬼の正体、動機はおよそ理解できた。いや、完全な理解ではないな……そういうものだと、受け入れただけだが。

 理事が黒幕だとか言っていたし、後は放っていてもルフェルが解決してくれるだろう。

 適当に講義でも受けるか、メアあたりと遊んでくるか。

 学生らしい遊びというのもあまり経験が無く、少し楽しみだ。


「そういえば、何故犯人に気付いたんですか? 聡いほうとはわかっていますが……貴女が辿り着くには手掛かりが足りないと考えていましたが」


「まあ、色々……きっかけがあって?」


 時間遡行については……まだ、言わない方がいいだろう。

 いずれ話す事にはなるかもしれないが────



「おい」



 不意に、外から声を掛けられた。


 結界はまだ張られている。この結界は外部の音声を遮断するはずだ。


 つまりそれは、あらゆる意味で聞こえるはずのない声だった。


 声の主は────ソフィア。

 そう名乗った始祖吸血鬼アンセスターだった。


 また脳に負荷がかかる。


 あり得ない話だった。


 私は今回……ウエスタの魔法陣を修復していない。

 こいつがこの場所に存在するはずがなかった。

 ルフェルとアルミナも驚きと警戒の表情を向けている。


 牙の覗く口が再び開かれ、人類の天敵であることを感じさせる、鋭く重い声が発せられる。


「お前…………何をした?」


 それは────私の台詞だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る