魔導学院と殺人鬼 ⑥

 

「着いたよ、ようこそ……僕たちのラボへ」


 午前中の講義を終え、ウエスタに案内された先。

 フラスコに謎の液体が満たされ、不気味な剥製が立ち並ぶ。

 研究室というよりは……不気味な実験場がそこにあった。


「う、ウエスタくんたちって、何の研究をしてるの?」


 メアがどこか申し訳なさそうに尋ねる。

 そうだ。私たちは結局ここに来るまでに、こいつらが何をしているのか、私が何をすればいいのかを聞かされていない。


「ああ、まだ伝えてなかったっけ……」


 そう言うと勿体ぶってこちらを振り向く。



死霊術ネクロマンシー



 かたり、とラボのフラスコが蠢いた気がした。


「そう呼ばれるアーキタイプの魔術。一部では禁術とされてるけど、法で禁じられてはいないし……戦争に必要だから金になる」


 死霊術。言葉の響きからして恐ろしい。

 禁術とされるのは……倫理的な理由だろうか。あるいは、他に何か問題があるのか。


「少し意外だね。お金のために研究を?」


「君みたいなタイプには関係ないかもしれないけど……ここの卒業生みんなが食いっぱぐれないわけじゃない。重用されるのはより人を殺すのが上手い魔術師だ」


 それも意外な情報だった。

 魔術師なんてものは貴重な人材だと認識していたが。


「それは……知らなかったなあ」


「国によって事情も異なるだろうけどね。おかげで後ろ暗い仕事をしている卒業生も多い……」


 死霊術で戦争に加担するのは後ろ暗くは……ないか。国公認だものな。


「それで、私にできることって何なの?」


「術の完成を手伝って欲しい」


「どんな術?」


「死人を蘇らせる術」


「……? 死霊術って、そもそもそういう術じゃないの?」


「捉えようによってはそうかもね。生屍ゾンビを作るような既存の術は確かに存在するけど……それら生屍ゾンビには意思がない。つまり僕たちが目指してるのは────」


 こちらの答えを待っているかのように、ウエスタは言葉を溜めた。

 息を呑んで答えてやる。


「……意思を持った生屍ゾンビの実現……『完全なる蘇生』の実現」


「その通り。最早それは生屍ゾンビでなくて、生前の人そのものだけど……まあ便宜上反屍人リバイバーとでも呼ぼうか。で、理解してもらったところで、君にやって欲しいのはこれ」


 そう言って見せられたのは……黒い紙に描かれた、明るい紫色の魔法陣だった。


「魔法陣……」


「そう。これの修復」


「修復?」


「これは描きかけの魔法陣じゃなくて……遺跡から出土した、古代には機能していたはずの陣だ。欠けてしまってはいるが、確かに人を蘇らせることのできるオーバーテクノロジー。途中までは他の出土品や理論を以て修復したけど、ここから先がわからない。それで君の出番。できそうだとは一目見た時から思ってたけど、講義中のデモンストレーションで確信した……君ならこれを完全に修復できる」


「……」


 できる、かもしれない。

 講義中に弄った魔法陣。あれが機能したのはきっと必然だ。たまたま上手くいくわけがない。

 私の、レティツィアに組み込まれた何かが、きっと魔法陣を書き換えたんだろうと考えている。


 だとすれば、これもきっと直る。

 だが……。


「な、直しちゃうの、これ? ま、まずそうかなって、思うけど……」


 メアが恐る恐るといった声音で口を挟む。

 そう。

 完全な蘇生は……まずいだろう。


 RPGではお約束のように存在するその魔法も、実現できるとなると様々な問題が浮上してくる。


 倫理に社会、あらゆる価値観がひっくり返る代物だ。


 こいつらが戦争利用を目的とするなら尚更。


 だがまあ……そのあたり気にする私でもないが。

 気にするべきは……。


「報酬は?」


 リターンだ。

 これは……『お手伝い』の範疇を超えてる。


「新魔術は特許パテントを取れる。軍や企業が利用するならライセンス料が要るんだ。知ってるとは思うけどね……。その内10%が君に入るよう申請する」


 当然知らなかった。


「10%は……私が優しすぎない?」


 私がいなければ成り立たないような事をやっているくせに10%はナメていると言わざるを得ないな。

 せめて……50%といったところか。


「勘弁してよ、みんなこの研究に長い時間を費やしてきた。最後の一押しに10%は寧ろ大盤振る舞いだ」


『みんな』が何人いるのかしらないが、まあ私の知ったことではない。


「50%。これ以上はまからないよ」


「無理だ。せめて……15。僕の分を切り詰めてギリギリだ」


「帰ろっか、メア。思ったよりくだらない話だった」


「ひゃっ」


 そう言って踵を返し、なぜか赤面するメアの肩を抱いて出口へ向かう素振りをする。

 駆け引きといえば駆け引きだが……本当に帰ったっていい。

 別に私の悲願じゃないんだ。金があれば便利だとは思ったが、無ければ……ルフェルにたかればいいのだから。

 それは冗談としても、今は多少蓄えがあるし……引き続き冒険者として収入を得ることもまあ可能だろう。


「ま、待って!」


 慌てた様子でウエスタに引き止められる。

 やはり逃したくはないらしい。


「金額は本当に無理だ。だけど、別のことだったらできる。君が何をしたいのかわからないけど……何か、ここでやるべきことがあるのはわかる。だからわざわざこんな時期に入ってきたんだ」


 鋭い。

 確かに私は……ルフェルに頼まれてここに来ている。


「僕は……なんでもする」


「なるほどね……」


 ならば……手伝ってもらおう。

 期せずして。労ぜずして二兎を得る最高のプランだ。


「噂を流してほしい」


「噂……?」


「そう、噂。『レティツィアが……新入生が、男を食いまくってる』ってね」


「……最初からだけど……君は、目的が読めないな」


 それはそうだろう……好きでこんな事しているわけではないからな。


 とにかく……これで両獲り、だ。

 金銭は一つ制約になっていた。ルフェルに泣きつけば生活に困りはしないだろうが……贅沢品を漁るほどの金は都合してくれないだろう。あれはその辺りシビアな感じがある。


 今の私には……この世界への興味がある。


「じゃあ、早速直しちゃおうかな。道具は?」


「これを使ってくれ。頼んだよ……」


 ウエスタから手渡された紫色のペンを観察する。

 それを手にし、魔法陣の上を走らせた。

 手が勝手に動くようだった。何かが魔法陣を完成させている。私本来の能力では決してない……レティツィアの中の何か。


「す、すごいスピード……こ、これ、ほんとに直せてるのかな?」


「彼女は『本物』だ。直せていないわけがない」


 ぴたり、と自走していたペンが止まる。


「できた」


「ほ、ほんとに……」


「早速試そう」


 ウエスタの反応は、新しい玩具を与えられた子供のようだった。

 金のためとは言うものの、研究者的な気質は根っこにあり……新しいものは『唆る』のだろう。


 ウエスタは少しラボの中を走り回ると、白い欠片のようなものを持ってきた。


「これはある人物の遺骨……とされるものだ。蘇生術と言っても無から蘇生できるわけじゃない、死人の一部が必要になる。リソースというよりは座標指定のイメージが近いけどね。そして、この人が蘇ったら────世界が変わる」


 世界を変える人間。

 歴史上の偉人……『天才』か……あるいは『聖人』か。

 この世界の雰囲気から言うなら、恐らくは────。


「いくよ」


 ことり、と魔法陣の上に遺骨が置かれる。

 ウエスタが手を翳すと魔法陣が光り出す。当然ながらこの程度のことはウエスタにもできるらしい……メアもだろう。


 突然の閃光に目が眩んだ。

 少し遅れて、大岩が引き摺られるような音が響く。


「『扉』が開いた」


「扉……」


 光が収まると、魔法陣の上にはいつの間にか誰かが立っていた。


 背が高い。185cm、くらいはある。

 恐らくは男性の骨格。


 膝くらいまである、薄紫の長い髪。赤いメッシュが入っている。

 大袈裟にも思える装飾がなされた黒のマント。

 鋭利な顔立ち、金色の眼。アルミナを彷彿とさせる。

 そして……僅かに開いた血色の良い口元からは、肉食獣のような牙が覗いていた。


「ああっ、本当に、蘇ったッ……! レティ、君は最高、最ッ高だ! そして、お会いできて光栄だ……『原初の神』とされる生物の一柱ッ! 始祖吸血鬼アンセスターッ!」


 アンセスター。

 ウエスタがそう呼んだそれは……まさしく吸血鬼の様相を呈していた。


「ふむ……。空気が……おかしいな。別の場所、か?」


「それはそうだ、ロード……私が貴方を6000年の時を越え蘇らせたのだから!」


「6000年……? そうか、私は……負けたのだな」


 頭に手を添え、ぶつぶつと何事かを口にしている。

 6000年か。随分と歴史ある世界だ。

 あのギルドのイカれ研究野郎の国はどのくらい前からあるのだったか……。


「……ところで、お前。私を蘇らせたとか言った、そこのお前だ」


 吸血鬼はその長く骨張った指でウエスタを指差した。


「ええ、ええ。何の御用でしょう、ロード?」


「気に食わん。消えろ」


 そう言うと、ロードは握り拳を作り────何にも触れていないウエスタが雑巾の様に絞られ圧縮され、宙に浮く血の球になった。


 何が起こったのか分からなかった。ゴギュ、という、肉と骨が潰れる音が一瞬聞こえただけだった。


 冷静に考える。恐らくはこの吸血鬼の能力。手を触れずしてウエスタを握り潰した。


 この世界においても、恐らくは一際強力な異能。

 祖たる吸血鬼の能力。


 さて、ここで疑問がひとつ。

 蘇らせるのはいいが……────ウエスタはこいつをどう使役するつもりだったんだ?


 浮かんだ血の球に聞いても答えは返ってこないだろう。蘇生術完成の事実に浮かれ、恐らくは後先を考えずに実行したのだ。


 吸血鬼がパチリと指を鳴らすと、浮かんだ血球から吸血鬼の服の中へと血液が流れ込んだ。


 加えて四方八方から血の線が現れた。

 こいつ、まさかとは思うが……ラボ中の人間を殺して血液ジュースにしたのか?


「うむ……不味い。男の血など飲むものではないな……。……だが……力にはなる」


 不機嫌そうに眉を顰める。


 血球が無くなると、吸血鬼はこちらを向き直した。


「女ども……お前達は中々……見目麗しいし、中身も…………うむ、私の時代では考えられないな。……そうだな……」


 こちらを向いてまたぶつぶつと呟く。

 品定めをされているようで不快に感じるのが普通だろうが、そこに不思議と厭らしさは無かった。端正な容貌がそう感じさせるのか、あるいは魅了の異能でも持っているのか。


「一先ずは……この一帯を支配する。権力者か、何か……力を持った人間のところへ案内しろ」


「は、はいぃ……」


 魂が抜けるような返事をするメア。

 私とメアは案内人の大役を仰せつかったようだ。

 世界を破滅に導く案内人。……になり得る。

 ウエスタは確かに、『世界が変わる』と言っていた。


 私にどうしろというんだ。


 思えば今回は始まりからして素敵じゃなかった。素敵だったことなんてないが……お気に入りの酒場で愉快な仲間と酒盛りをしていたはずが、労働に駆り出され、挙げ句の果てに世界の脅威と相対している。


 殺人鬼だってまだ見つかっていない。この場所はどうなっているんだ?


 私は取り敢えず開き直り、笑顔も作らないまま吸血鬼に尋ねた。


「とりあえず……何とお呼びすれば?」


「我が名は……いや、呼ばせるには長すぎるか。そうだな……」


 吸血鬼は何故か物憂げな表情を見せた後、静かに口を開いた。


「ソフィア。差し当たってはそう呼ぶがいい」


 女みてえな名前だなとは思ったが、口に出さなかった。

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