第2話 小夜姫、吾は決してその手は離さぬ
もう朝なのか、
何だろう? 日本家屋によくある
それに、どうして眼を開けようとしても開かないのだろう。それと、
此処は、本当に何処だろう? オヤッ! 誰かがくるようだ。僕のいるこの部屋の外から足音が近づいて来る。
ンッ! 引き戸?
畳の上を、シュッシュッと布のようなものを
何だろう? とても
アッ! 僕の
今、
それは、
僕は、その人の魂に触れたのかも知れない。
何故か、僕はその人を見てはいないのに……
その人は、僕にとってとても大切な人だと……ンッ? また誰かが此処へ来る。
「さや様、
外の
「はい、私は此処におります……」
その人は、声を
ガラッと戸が開けられた。そして、誰かが入って来た。
「アラッ、やっぱり、此処におられたのですか? 小夜姫様」
「シッ・・・
「アッ!
「母上様がですか? 分かりました。
「はい、その様に……姫様、御早めにお願い致します。今日も、御母上様は今日も御機嫌が
「そうですか? 分かりました。於松は先に行って措いて下され」
小夜姫と呼ばれた、その人の
あの
エッ! あ、あの人が……姫が、僕の手を
どうしたんだろう? アッ! 今度は僕の胸の上に手を置いた。
僕の心臓が、
ンッ? しかし、何か
エッ! 僕は、いつの間に寝てしまったんだ。
どうしてなんだ? どうして、僕の目が……ンッ! 又、戸が開いた。誰かが、僕の方に近づいて来る。
着物の絹が畳みに擦れる音が……アッ! 姫だ、あの小夜姫が来てくれたんだ。
姫の気配がする。この匂いは、やはり姫の香りだ。
「
エッ? 僕の名は正太郎という名じゃないのに、どうして?。
僕は、手を動かした。それに、姫は気付いたのか。
「正太郎様、気が付いていたのですか。今、目に当てた布をお取り致しますゆえ」
姫は、そう言い、僕の上半身を起そうとしている。
僕の体はまだ少し重たかったけど、どうにか起せて、姫は僕の頭に巻いていた布を取った。
「正太郎様、急がずゆくるりと目をお開けなさいませ」
僕は、ゆっくりと目を開けた。
すると、目の前にとても若くきれいな女性が着物を着て、僕の顔を
これが、小夜姫の顔なんだ。すこし幼くもみえるが、とてもきれいな人だ。
「正太郎様、私めが見えるのですか? 私です……小夜です。
「アッ! ひ、姫、僕は、正太郎という者ではないです」
「エッ! 何故? いえ、貴方様は正太郎様です……私が、見間違える
「いいえ、僕は何処も頭を打った覚えはないし……ン?
「エッ? ならば、そなたは何者なのです? 名は、ボクと申す者なのですか?」
「エッ、嫌、僕はぼく……僕の名前は
「高柳純一? エッ? では、正太郎様ではないのですか?」
「ええ、そうです……」
「そうですか……アッ! 為れば、高柳というからには、正太郎様がおられる高柳城とは何か
「小夜姫、申し訳ありません。僕は、正太郎とかいう人は、まったく知りません」
「いいえ、この小夜が正太郎様を見間違うことなどありませぬ。私が小さき頃に、貴方様は小夜の歳が十六になるまでには、きっと嫁として
小夜姫は目に涙を
姫は、泣きながらポツリポツリと話をしてくれたのだが、僕にはとても信じられない内容だった。
それは、今のこの時代がどうやら戦国時代より少し前の時代なのらしい。それに、正太郎というのは僕とまったく同じ顔をして、彼の全てが、彼の
そして、今、この国と正太郎の国は戦闘状態となっていて、
僕は三日前に裏の山に在る
この城にとって正太郎は
そこで、今度は僕が話すこととなったが、僕は何をどう話せばいいのか悩む。 何せ、僕には学校で、今この時代の戦国時代とかは学んで知っていて、姫の話す話は大体は飲み込めたが、未来のことなど何も知らない姫にはどう伝えていいものなのか分からない。
僕が思い
「やっと、ふたりは時の流れを
声のする方へと目をやると、振り向いた姫のすぐ後ろには腰の曲がり、かなり年を取ったお
「嗚呼、お
お婆は、姫の話を聞き、深く目を閉じ
「姫様、此方におられるお方は、今のこの世の者では御座いませぬ。じゃが、しかし、姫様には、とても
「お婆、この純一殿を、どのようにしてお返しになられるのか?」
「おーおー、それなら、たったひとつだけ方法はある。簡単なことじゃ……しかし、それには時と場所があってのう、どちらひとつでも
「お婆、その話はどういうことなのでしょうや? この小夜にも、分かり
「姫様、ワレにも
お婆は、そう言うと、来た時と
小夜姫と残された僕は、今お婆から聞いた話を頭の中で組み立てなおし
小夜姫の方は、
その時の姫は、
だけど、姫の手を取り誓った言葉に
これは、本当に僕の記憶なのだろうか? 姫は、言っていた。”私が、小さい時に、貴方様は小夜の歳が十六になるまでには、きっと嫁として迎えに来る”と……だから、僕は
嫌、違う。そうじゃあない。僕はその時、姫に誓った時、言葉と一緒に今は
僕は、
「姫、あの笛は今何処にあるのですか?」
「エッ! 笛ですか? 正太郎様からお
姫は、そう言い。腰の帯に隠れていた笛を取り出し、僕の顔を見つめ、目を
「もしや、貴方様はやはり……正太郎様……・なのでございましょうか?」
「エッ? ウーン、違うとは思いますが……先ずは、その笛をお貸し下さい」
姫は、大事そうに保護していた袋からとりだし、笛を布で
僕は、笛を受け取り、何故か当たり前のように自然と口元に持って行き、何故か笛など吹いたことのない筈なのに、勝手にではあるが懐かしい
僕は、目を
そして、僕は
目を開けると、姫は
「正太郎様、やはり、貴方は正太郎様なのですね……」
姫は、僕の胸の中に飛び込んでいた。
もう、僕には
「嗚呼、正太郎様、どんなにお
僕は、返す言葉に悩んだ。今は未だその時ではなかったから……しかし、姫は言葉を続けた。
「嗚呼、成りませぬ。私は、病に臥している御父上様を置いては行けませぬ」
僕は、小夜姫を抱き締めたまま見つめて、姫もそれに応えて、お互い見つめあったまま時は流れて
「小夜殿、今は何も答えは出せぬ。為れば、先程のお婆が申しておったようにワシは時の流れのままに身をゆだねてみよう。小夜殿も一緒にな」
「は、はい、正太郎様が、そう
抱き合ったままのふたりに、朝がやって来て、障子から朝の光は、やさしい明りで僕たちを包んでくれた。
そして、夜となった。
昼間は、いつ誰が来てもいいようにと僕は布で顔を
そのような中でも小夜姫は、太陽がまだ
夜も大分深くなり、昼間はあんなに騒がしかった
僕のいる、この部屋は夜になっても灯りは点いていないかった。僕は目隠しを取って、そっと障子に近づき、細く開け障子の外の気配を
僕にも、今している行為はまったく何をしているのか見当も付かなかったが、ただ自分自身の本能に任せてのことだった。
外の気配に気を配っていたのだが、思わず僕自身何故かニヤリと笑みがこぼれる。障子を僕の顔が見えるくらいに開け、外にいる者へ顔を見せ付け、声を押し殺して呼び掛けた。
「おい、マサ……其処に
庭の奥の木の
しかし、少しの間が空き呼ばれた者が
僕の目の前には、
「と、殿、何故このような処に……そ、それに、その
「おう、それにはちょっと訳があってな。それより、これから
「は、はっはー、
「やはり、気になるか? しかし、その話は後じゃ。ワシにも上手く説明がつかぬ。しかし、マサよ。そなたのその
「は、ははー、申し訳御座云いませぬ」
「おぬしは、気が
「はっ、
「ウン、では、頼んだぞ」
「御意……」
真ノ助はそう言い、身を返して、先程の木の陰に身を移した。
それから数分後、廊下を足音を忍ばせて小夜姫が近付いて来て、部屋へと入ってきた。
僕たちは、言葉もなく抱き合っていたが、闇の中から
「もう、よかろう……そろそろじゃ、時間が
又、あのお千代お婆だ。
「お婆、仕度とは・・・」
お婆は答えず、代わりに小夜姫が
「正太郎様、夕方お婆に言われた通りに、私が用意致しました。佐吉から受け取って参りました。これに、お召し替えを」
見ると、姫の腕の上には僕が数日前に着ていった登山用の一式の服の
僕は、それに着替え、お婆にこれからの話を聞こうと、お婆を探したが、この部屋にはもうお婆の姿は何処にもなかった。
仕方なく、僕は小夜姫の手を取り、部屋を出ると、向こう側の廊下にはお婆がいて、おいでおいでと手で招いていて、僕とちは其処へ近付こうとすると、何故かお婆の姿は音もなく離れて行く。必死に追って行くと、いつの間にか僕たちは城の外に出ていた。
「ワシの手助けも此処までじゃ。後はふたりで行かれるがよい。さあ、行かれよ……其処へ行けば分かることゆえ」
僕は小夜姫の目を見ると、姫も僕の目を見てうなずき、ふたりは手を取りなおし裏山へと向かった。
背中に気を向けると、どうやら真ノ助は着いて来ているようだ。微かに
空には丸い大きな月が出ていて、山へと向かう道は歩き易かったが、山が近付き、あともう少しだという所で、空に厚く真っ黒な雲がにわかに集まってきた、雲の中に
僕ふたりが、急いで山の祠に着く頃には、雷が鳴り響き大粒の雨が降り出してきた。
祠の中にいたお蔭で、僕たちは
「姫、大丈夫か?」
「はい、小夜は正太郎様となら、どのようなことが
「そうか? 為れば、ワシも姫を離すことはないぞ。もしも、離れたとしても、ワシは姫を絶対に捜し出し、いつまでもずっと姫の傍におるぞ」
「正太郎様、小夜は
「おう、小夜殿、約束じゃ……姫を、いつまでも離しはせぬぞ」
しかし、その時、目の
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