5話 僕、相棒が出来ました
鳥の鳴き声が木々の間に響き渡る森。
その中を魔物の痕跡を探しながら、一人慎重に足を運ぶ。
「よっと……どこにいるかな?」
目的に向かって体を動かすこの感覚は思った以上に楽しくて、やっぱり僕はアウトドア派なんだなと改めて実感する。
「お父さんも、もう少し過保護を抑えてくれたらいいのになぁ」
なにかにつけて、「外は危険だ」「誘拐に遭ったら大変だ」と僕を家に縛りつけるお父さん。
子供は外で自由に遊んでこそだろうと、ほんの少しだけ不満がこみ上げる。
「これは……血?ってことは、近くに――」
ガサガサ……!
「来る……」
地面に点々と残る血痕を見つけた直後、茂みの揺れる音が耳に届く。
これは獣人としての鋭い聴覚のおかげか、僕には遠くの小さな物音すらはっきりと捉られる。
やはりこの体は恵まれているな。
「……来た!」
「ガフゥ!!!」
先ほど対峙した魔物が、茂みから飛び出すなりまっすぐ僕へ突っ込んでくる。
その迷いなき猛突進ぶりを見る限り、僕の仕掛けた“作戦”は思惑どおりに機能しているらしい。
まずは第一関門突破といったところ。
「ほら!こっちだよ」
作戦通り、一定の距離を保ちながら僕はカイリとの合流地点を目指して駆ける。
手負いのせいで動きが単調になった魔物の突進は遅く、落ち着いてさえいれば難なくかわすことができた。
「やられっぱなしで悔しくないの?」
「ガフゥ!!!!!」
僕たちの考えた作戦は単純だ。
まず、索敵とスピードに優れた僕が魔物をできる限り疲労させつつ、あらかじめ仕掛けておいた落とし穴の地点へ誘導する。
そして穴に落ちたところを、食器用ナイフで削り削った木の槍で突き刺しながらジワジワと仕留める――原始の時代から続く戦法だ。
「ガフゥ!」
「当たらないよ!」
スピードで劣り、さらに負傷までしている状態でも、魔物は一切諦める様子を見せない。
普通の野生動物なら追撃を続けることなどまずあり得ないだろう。
だがこの魔獣は違った。
痛みも不利も意に介さず、ただ執念だけを燃やしてこちらを追いかけてくる。
「よっと……あと少し」
これはあくまでも推測だが、この魔物は赤色に強い執着を持っている。
それが単に目立つ色だからなのか、あるいは普段よく狩る獲物の色が赤だからなのか、その真意まではわからない。
だが確かなのは、最初にこの魔物はやたらとカイリを狙っていたということ。
そして、アカツバキの花で髪を赤色に染めた僕を狙い続ける今の状況が、その事実を裏付けている。
これを利用しない手はない。
「ダルク!こっちだ!」
数分ほど森の中を駆け抜けたころ、前方にカイリの姿を見つける。
落とし穴の目印のすぐ後ろで、身を潜めるようにして僕を待っていた。
「よし!」
ダッ!
地面を蹴り、勢いのまま落とし穴を飛び越える。
あとは、罠に落ちたところを上から袋叩きにすれば……
ダッ!
「なっ……」
こいつ……僕がジャンプをするのを見て落とし穴を飛び越えやがった!
獣のくせに……賢い!
「ガフゥ!」
「はは……どうしよう」
お互いが仕掛けられる距離まであと少しという地点で、魔物は立ち止まりこちらの動きを見守っている。
先ほどの行動を見るに、他に罠があるのではと警戒しているのだろう。
クソ……残念ながら罠はそれしかない。僕があれだけ時間をかけて仕上げた落とし穴だっていうのに、避けられるなんて最悪だ。
一応、さっきよりも鋭利な武器はあるが、この状況で戦えば間違いなく怪我をする――それだけは避けたい。
「カイリ!ここは一旦引いて立て直す!」
安全を第一に考え、僕は迷いなく退却の合図をカイリに伝える。
『いや……これでいい!俺の力を示すなら、そもそも真っ向勝負じゃないと意味がないんだ!』
「だ、ダメだよ!大怪我するに決まってる!」
『だとしても、母さんが行くのはこれよりもっと危険な場所なんだ……だったら俺がやるしかないだろ!』
退却する指示を出すも、カイリは竹やりを握りしめて構え始める。
『ここまでありがとう。あとさ俺が一人で仕留めるから、ダルクはそこで見ているだけでいいぜ』
「いいから話を……」
『やぁぁ!!』
カイリが力強く叫ぶと、そのまま魔物へ向かい真っ直ぐ突進する。
スッ……
しかし、当然そんな単純な攻撃は魔物に見抜かれてしまい、軽々と避けられてしまった。
ドスッ!
「カイリ!」
反撃の突進をもろに受け、体がはじけ飛ぶようにして後方へと吹っ飛ぶ。
『く……まだまだぁぁ!!!!』
それでもカイリは気力を振り絞り、痛みに耐えながら立ち向かっていく。
『だぁぁぁぁ!!!』
攻撃しては反撃され、吹っ飛ばされては砂や土埃にまみれる……
何度も何度もそれを繰り替えすが、まるであきらめようとしない。
『家族は俺が守るんだぁぁぁ!』
「ッ!」
その姿は、とてもよく似ていた。
『絶対に……絶対に諦めない!!!』
夢に向かって必死にあがいていた、まだ輝きを失っていなかったあの日の僕にそっくりだった。
「そんなこと言われたら……止めれないじゃないか」
バシ!
気がつくと、僕は地面に落ちていた小さな石を拾い上げ、全身の力を込めて魔物に向かって投擲していた。
「ガフゥ!」
「カイリ!一緒に行くぞ!」
魔物がひるんだ一瞬を見逃さず、僕も竹やりを握りしめて獣と向き合う。
「勝って母さんを安心させようぜ!」
『あぁ……ああ!行くぜ相棒!』
お互い一歩も引かない、執念と意地がぶつかり合う泥沼の戦いが行われた。
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