12話 僕、変態に売られるそうです

「あなたたち男性はいかなる誘惑にも打ち勝ち、女性が戦場へ赴いている間も紳士としての清らかな体を保つことを誓いますか?」


「誓います」


「よろしい。それでは誓いの印として、信頼とマーケティングのキスを交わしてください」


 複数の男女が互いに首へキスを交わすと、歓声と拍手が広場を包み込む。

 華やかで祝福に満ちたその光景は、まるで小さな結婚式のようだった。


「貞誓の儀というのは、騎士学校に通う男女が行う儀式だ」


「騎士学校……」


 この世界にはそんな施設があるのか。なんだか面白そうだし、機会があればぜひ体験してみたい。


「ちなみに、その貞誓の儀って僕もやるの?」


「どうだろうな。貞誓の儀は恋人同士だけが行う行儀だからな」


 母さん曰く貞誓の儀とは、結婚を約束した若い恋人たちが行う伝統的な儀式らしい。


 なんでもこの国の女性は、13歳から16歳の間で騎士学校に入り、3年間の住み込み教育を受ける義務があるという。


 そこまでは特に問題はないのだが、そうなると残された男たちは地元で暇を持て余すことになってしまう。


 成長期の真っただ中で恋人を失った彼らは、発情期や衝動に駆られて浮気に走ることも珍しくない。

 その結果、地獄のような3年間の兵役を終えて地元に戻ってみれば、恋人が他の女に奪われていた――そんな悲劇が後を絶たなかったらしい。


「だからあれは、ある種の宣言なんだよ。『私たちは付き合っています。だからこの男性には手を出さないで』……というな。もしこれで大人が手を出したら、殺されても文句は言えないだろうさ」


「なるほど……」


 そもそも徴兵の有無に関わらず、昔の男たちはよく浮気をしていたらしい。

 毎日一緒に過ごしていたのに、いつの間にか10歳にもなる娘を紹介されることもあったとか。


 確かに男が妊娠しない以上、女側が秘密を守れば子供の存在は一生バレないのか。

 もちろんこの世界にDNA検査なんてあるわけもないから、追及もできない。


「勝手に増える家族と、自分の子供かどうかわからない托卵……どちらがより地獄なのだろうか」


 前世の知識があるせいか、複雑な思いが胸をよぎる。


「お、ダルクじゃん。お~いダルク!」


 暗い気持ちでぼんやりしていると、きちんとした服を着たカイリが笑顔で近づいてきた。相変わらずその笑顔は純粋で眩しい。


「お前も貞誓の儀を見に来たのか!」


「そんな感じ。カイリはもしかして参加してたの?」


「はっ!そんなわけないさ。今日は知り合いの兄ちゃんが出るから、親に連れられて見に来ただけ。普段は畑仕事ばかりだから、ああして綺麗な服を着られて嬉しそうだったぜ!」


「そうなんだ……僕も着ることになるのかなぁ」


『…………は?』


 何気なくそう呟いた途端、カイリは焦った様子で手を伸ばし、僕の肩を力強く掴んだ。


「い、いたい……」


 ギチギチ……


『だ、誰だ!誰が相手だ!』


 あれ程までに純粋だった瞳が、一瞬にして深い闇に覆われる。


 それはまるで、この世の終わりを目の当たりにしたかのような絶望に満ちた表情だった。


「あ、相手はいないけど、将来そういうことがあるのかなって考えただけだよ」


『そ、そうだよな……いや、ごめん。ちょっと焦っちまった。』


 大量の汗を拭い終えると、カイリは顔を背けて僕から距離を取る


 ……どういうこと?何を焦ったの?


「ふーん、なるほど……そういうことか。おいカイリ、ちょっとこっちにこい」


『わっ、ちょ!なんだよ!』


 状況が飲み込めず戸惑っていると、お母さんは力強くカイリを抱き抱え、遠くまで運んでいってしまった。


===================


「お前……ダルクのこと好きだろ?」


『は!?……す、好きとか、そ、そんなんじゃねぇし!いきなり何言ってんだよ!』


 開口一番に詰め寄ると、カイリは耳まで真っ赤に染めて視線を泳がせる。


 口では必死に否定しているが、動揺を隠しきれないその反応こそが何よりの答えだろう。


――なら、ここは少しだけその気持ちを借りさせてもらうとするか。


「そうか……好きじゃないのか。せっかく、お前とダルクを結婚させようと思っていたんだがな」


『え……』


 思いがけない私の言葉に、カイリは驚いた表情のまま固まってしまった。


「実は今、ダルクの婚約者を探しているんだが少し問題が起きていてな。このままだと、一癖も二癖もある変わり者の家に婿入りせざるを得ないかもしれないんだ」


『なっ……』


「今は私がいるから大丈夫だが、もし病気で死んだりしたらダルクはすぐに変態女のところへ婿入りだろうな」


『そんなの……そんなの絶対にダメだ!!!』


 叫んだ声は想像以上に大きく、周囲にいた大人たちが一斉にこちらを振り返る。


 騒ぎに気づいたのか、少し離れた場所にいるダルクも心配そうにこちらを見つめていた。


「まぁ落ち着けよ。その気持ちは私も同じだ。だからこそ、お前と結婚させられたら御の字だと思ったんだが……そうか、結婚したくないか」


 声のトーンを落とし、芝居がかった仕草で頭を抱えてみせる。


「猫型獣人のオスは、そのチョロさと夜に付き合える体力からマニアには人気だからな。嫁いだらどんなエッチな辱めを受けるか……あぁ、可哀そうに!」


『エ、エッチな辱め……』


 普段ならまずやらない男臭い演技だが、相手はまだ子供――感情で動く年頃なら少し大げさなくらいがちょうどいいだろう。


「それに、ダルクはカイリが好きだとか、何か言ってた気がするけどなぁ~」


『あ、あいつが俺のことを!?』


「ああ。でも、お前は結婚するの嫌なんだろ?」


 耳まで真っ赤に染め、今にも湯気が出そうなほど照れているカイリに改めて問いかける。


「っ……べ、別にいやじゃねぇよ。まだそういうの良くわかねぇっていうか。もちろん、あいつと一緒にいたら毎日楽しそうだけど、いまいちピンとこねぇというか……」


「まぁ、まだ濡れてすらいねぇガキなんてそんなものかね」


 モジモジとするカイリあたまを撫でながら、どうするべきか思案する。


 今はまだ、焦る段階じゃないか。


「ならこれだけは言っておく……後悔しないためにも強くなれ。そしてその強さを示すためにも武勲をあげろ」


「えっと……なんで武勲なんだ?」


「あまり言いたくはないが、ダルクとお前では家柄が釣り合わない。百歩譲って家柄を無視して結婚しても、今度は村の運航が立ち行かなくなる」


 この村は私の武勲で税が免除されているから成り立っているが、そうでなければとっくに滅びていたくらい痩せた土地だ。


 私が来た時なんて、雑に作った野営地かと思ったほどだからな…………本当、今までどうやってこの村を維持してきたのか不思議でならない。


 レラの話では、昔は宝石が採れる場所として有名だったらしいが、話半分に聞いていたのであまり覚えていない。


「まぁ、難しい話は抜きに簡単に言うと、私のように強くなれ。そしたら息子をくれてやるよ」


『マーシャル様みたいに……』


「そうだ。私は一般市民の出だが、今では領主の夫と結婚している。しかも当時、向こうには婚約者がいたが、力でねじ伏せても咎められないほどの権力も得た」


 結局のところ、女に求められるのは力だ。それさえあれば、身分も運命もねじ伏せることができる。


 女は度胸、男は愛嬌―――昔からよく言われている言葉だが、こうして大人になった今だからこそ、その言葉が現実をよく言い表していると実感する。


「というわけだから、お前もせいぜい頑張れよ……っと」


 伝えるべき言葉は伝えたので、私はカイリの背中を強く叩き、そのまま促すようにして息子の前へと立たせた。


『ッ………ダ、ダルク!!!』


「えっと……なに?」


『俺、頑張るから!最強になって、必ずお前を迎えに行くから!だからもう少しだけ待ってくれ!』


「お、おう?」


 突然両手を強く掴まれ、息子は戸惑ったように首を傾げている。


 カイリのやつ……好きなら好きでこの場ではっきり口にすればいいものを。これは、結ばれるまでに時間がかかりそうだな。


「けど、これで結婚の問題は片付いたな」


 仮に武勲をあげるのに手間取っているようなら、私の聖剣をカイリに貸し与えれば大丈夫だろう。

 正直、国がそれを許すかどうかは怪しいが、拒まれたなら別の手を考えるまでだ。


「こいつらの子供か……きっとお転婆だろうな」


 私は、生まれるであろう孫の姿を想像しながら村の探索を再開させるのだった。


「……さすがに、孫のことを考えるのは気が早すぎるか?」

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