第11話 戦士たちの休息


 ブライトマンたちの思い出の場所、ジョリーランド。東京都内でも名の知れた遊園地である。今宵、彼ら六人は、その地へと集結する。

「おーい、正人、こっちだ!」

「待たせてすまない。どうも昨日の戦いが響いたようだ。」

息を切らしながら、遠くから正人が走ってくる。約束の時間ギリギリに到着したようだ。

「皆さん、お待たせしました。今日は私もご一緒させていただきます。」

彼と共に現れたのは、剣道部部長の藤宮である。正人が持っていた分のフリーパスを使って、入場するという。

「あれ、正人、昨日言っていた『連れていきたい人』って、藤宮先輩だったの?」

「・・・本当であれば、涼真か玄を連れていこうと思っていた。だが、玄は用事があり、涼真は風邪を引いて無理だと言われた。それに加え、剣道部の後輩から、部長もその遊園地に行きたがっていると聞いたものでな。やむを得ずお連れしたんだ。」

「ふーん、そうなのね。仕方なさそうな割には、ずいぶんとご機嫌な様子だけど?」

「・・・そう見えるか?」

「うん、見える見える。心なしか、口角が上がっているようだぜ、正人。」

 信治は、正人のわずかな表情の変化を見逃さなかった。それに気づかれた正人の頬が紅潮し、彼は思わず口元を手で覆い隠した。


「それで、どれから乗る?観覧車にする?」

「さすがにそれでは地味すぎるだろう。あれに乗るぞ。」

 正人が指し示すのは、パーク内の大部分を占める長さを誇るジェットコースターである。

「・・・正人、本気で言っているの?」

「遊園地といえば、ジェットコースターが鉄板だろう。久しぶりに来たんだ。思う存分楽しまないと、なあ?」

ニヤつきながら、信治の方に顔を向ける正人。向けられた信治の身体は、普段の戦いの時以上に震えていた。

「信治さん、どうして震えているんです?もしかして、怖いんですか?」

「・・・うん、正直に言うと、俺、絶叫系が駄目なんだ。やっぱり怖い。今も怖い。」

「なら仕方ない、あれに変更だ。最近できたばかりのアトラクション、『グラブネ』に乗るぞ。」

 水色の遊覧船のようなアトラクションを指し示している正人。信治はわずかに安堵している。

「前後に動くだけのやつだ。ジェットコースターと比べれば怖くないだろう。」

「あれかあ。あの乗り物なら大丈夫かな。」

 何も知らずに承諾してしまったが最後、彼は地獄を見る羽目となった。

「うわあ、ちょっと待って、ちょっと待って!こんなに高く上がるのかよお!」

「ひえええ、止めてえ!地に足が付かない感覚が、こんなに怖えのかよ!」

青ざめた顔をして、戦士らしからぬ甲高い悲鳴を上げる信治とエフォース。その傍らで、この類のアトラクションになれている正人は、二人のリアクションを楽しんでいるようだ。

「ははは、ずいぶんと楽しんでいるようだな。」

「正人、これが楽しんでいるように見えるかよ!ひぎゃああ、降ろしてくれえええ!」


「めっちゃ怖かったあ・・・。正人、ひでえよ。絶叫系なら早く言ってくれよお。」

「そんな怖かったか?ジェットコースターに比べれば大した事ないだろう?」

「十分怖かったよ!勝手にユランユラン揺れてさ、一番高い所まで行ったら足が付かなくなるし、パーク全体が見渡せてしまうくらいに高いし!」


「次は、あれにしようよ。期間限定のお化け屋敷。」

 雫が指し示すのは、来客を震え上がらせる気満々の装飾が施された幽霊屋敷だ。

「雫さんは大丈夫なんですか?正直苦手そうに見えますが。」

「よく言われるけれど、こういうのは平気。僕はこういったものよりも、もっと怖い体験をしているからね。」


お化け屋敷の中でも、二人の絶叫が響き渡っている。正人は少し冷めており、雫は若干心配そうな眼をしている。

「えーと、信治、エフォース、大丈夫?」

「・・・大丈夫じゃないよぉ!」


 異なるパターンの恐ろしいアトラクションを体験した一同。絶叫系やお化け屋敷が苦手な信治とエフォースは、既に疲弊しきっていた。

「何だか、申し訳ない。いまだに駄目だったとは思っていなくてな。」

「本当に駄目、もう無理。というか、清照さあ?」

「お、ワシか?」

「なんでお前は涼しい顔しているんだよ?!グラブネに乗っていた時も、お化け屋敷の中でもさあ!」

 得意げに天を指さす清照。

「地震、雷、火事、雪崩。ワシにとって怖いものは、この四つ以外にはないわい!」

「・・・強いんだね、清照は。」


「俺、ちょっとトイレに行ってくる。少しだけ待っていてくれ。」

「う、俺ももよおしてきた。すんませんが、俺も一緒に。」


トイレに入り用を済ませた二人。洗面所の前で、信治が唐突に切り出す。

「・・・エフォース、表情が柔らかくなってきたね。初めて出会った頃と比べて、生き生きしているよ。」

「そうですか?全く自覚がなかったです。・・・皆さんたちのおかげです。」

「そうだな、清照の美味い飯を食えて、雫の幅広い知識と穏やかな心に触れて、彩矢の気高き心意気と凛とした戦闘スタイルをその目に焼き付けられたからな。何よりも、正人だよ、正人。口先ではああだこうだ言っているけれど、あいつ、しっかりと特訓してくれたり、エフォースの事を木にかけてくれたりしているんだから。」

「信治さん、一番重要な人を忘れていますよ。」

「え、誰?」

「あなたですよ、信治さん!」

「俺?俺が、何かしたっけ?」

「あなたがいなかったら、俺はこうして、ブライトマンの一員として闘うことは出来ていなかったんですから。」

「いいや、俺は大したことはしていないよ。俺は、エフォース、君の瞳を信じただけ。むしろ、こんな俺を信じて手を取ってくれた、君に敬意を表したいぐらいだ。」

「信治さん・・・。」


「おい、二人とも、どうしたんだ?」

「何でもない。これからどうするか、作戦会議をしていたんだ。」

「そうか。ならこれからいい時間つぶしが出来そうだぞ。」


正人に促されて外に出ると、遊園地おなじみショーの舞台が目に入る。そこは大学内のホールとはまた違う開放的な舞台だ。

と、その真上の横断幕に目をやると、「ブライトマンショー」の文字と、ブライトマンたちの写真が確認できる。

「し、ショー?俺達、出演する話なんて聞いてないぞ?」

「俺達ではない。何年か前から行われている、ヒーローショーだ。」

「ああ、それの事か。小さいころに父さんと見に行ったきりだから、存在をすっかり忘れていたよ。今も続いていたのかぁ。」

 感慨深げに顔を上げていると、遊園地内にアナウンスが響き渡る。

「まもなく、ブライトマンショーの開始時刻です。観覧ご希望のお客様は、敷地内のステージ前へお集まりくださいませ。」

「おっと、こうしちゃいられない!正人、エフォース、急ごう!」

「は、はい!」


「いいねえ、これは・・・!」

 本物のブライトマンの一人である信治は、顎に手を当てながら見入っている。

「いやあ、これは実に、テンション上がりますねえ!」

「信治、お前が興奮してどうするんだ。」

「だってさ、あのレッド役の人、格闘戦のアクションの切れが凄まじいんだもの!」

「ああ、確かにそうだな。アクション映画の俳優か、スタントマンか、そうでなければ、あの素早い足技を繰り出すのは難しいからな。」

「ということは、さっきお前が言っていた俳優さんなのかな?」

 そう思いながら鑑賞していた信治は、ある違和感を覚えた。それは、見ず知らずの人が演じているはずのレッドに、既視感を抱いたことである。

「・・・あれ、あの人、前に見たことあるぞ?」

「ん、言われてみればそうだな。」

「もしかして、ブライトマン愛好会の、神無月さん?」

 その男は、まごうことなきツッパリ刑事、神無月大輔である。彼は本物と見まがうほどのクオリティを誇る、ブライトレッドのコスチュームを着こみ、アクションをこなしていた。

「よおし、真剣勝負と行こうじゃないか!」

 声だけでも勢いを感じさせる、その声量を目の当たりにした時、疑惑は確信へと変わる。

「お前の言う通りだな、あの声と、あの体格。神無月さんだな。しかし、知り合いがこういったショーに出ているとなると、他の人も気になって来たな・・・。」

 続いて観察するのは、ブライトブルーである。その演者の身体は、筋肉質の正人とは違い、偉くすらっとした細身である。マスクからはみ出た茶髪に気づいたとき、正人は静かに声を上げた。

「右左喜、玄。お前の用事って、これのことだったのかよ・・・。」

 その一方で清照は、自分と同じイエローの人を注意深く観察している。彼は、自分とは似つかぬようなさわやかな戦士の姿に、首をかしげていた。

「ワシの代わりを務めたいのなら、もっとでかくならなあかんよ。先代はあんな感じの体系やったけれど、そないな細身では、プロレスの技の一つ二つ、決められんやろ。」

しかし、彼の予想とは裏腹に、本物のプロレスラーと謙遜ない、豪快な技をその男は繰り出していた。

「しゃああ、とくと味わうがよい、ボイルドライバー!」

「・・・前言撤回。華麗なパイルドライバーや、すまんかった。」

 イエローの正体は、清照とは似ても似つかぬ青年、曽野村であった。普段の派手な装いとは裏腹に、荒々しい戦闘スタイルで観客を沸かせている。


 本来であれば男性のグリーンは、ショーの中では女性となっていた。

「風姉だ。ここにいたなんて。」

 一瞬で彼女であると見抜いた、彼の観察眼は並のものではない。


 ピンクを見ていた彩矢は、うっすらと羨望のまなざしを向けていた。

―私、あんなスタイル良くない。あのくらいまで、背が高くなれたらな―。

 ピンクのスーツを着ていたのは、赤いスカーフが特徴の九条であった。


「ひょっとすると、このショーを主催しているのって、ブライトマン愛好会の皆様方、なのかな?」

「ああ、五人全員、以前の会合で観た顔だからな。」

ショーが終わり、一同は客席の方へ顔を向ける。

「ご来場の皆様、観客席をご覧ください。本日は特別ゲストとして、本物のブライトマンが来てくださっております!」

 皆が来ていた事に気づいた大輔が、マイクを片手に六人に注目するよう促している。

「お母さん、レッドと一緒に撮って!」

「お、ありがとう!そんじゃ親御さんの方を向いて、と。」

「お兄ちゃん、レッドなんでしょ?変身してよー、ブライトレッドと一緒がいい!」

「こらこら、わがまま言わないの!」

なだめる母親をよそに、子供の要望に応えるため、信治はブライトブレイクを頭上に構え、即座にブライトレッドに変身する。

「よーし、わかった!それじゃあ、チェンジ、ブライト!」

一切の迷いなく、少年の期待に応えるため、彼はブライトレッドに変身した。

「ごめんなさい、わがままを聞いていただいて。」

「いえいえ、良いんです。この子、すっごく嬉しそうですから。」

「信治、そう易々と変身していいのかよ。エネルギーがもったいないぞ?」

「気にしない、気にしない。この子が笑顔になってくれるのなら、それでいいじゃん。」

「フッ、まったく、お前はいつもそうだな。」

 信治が児童との撮影を楽しんでいる一方で、正人はその保護者達、特に女性の方々から声をかけられている。

「次は、私と一緒に取っていただいてもよろしいですか?」

「お、正人も人気者じゃん!」

「ええ、俺でよければ。それでは・・・。」

 懐からブライトブレイクを取り出そうとするも、

「あの、素顔の正人さんと一緒に撮りたいんです。ご迷惑でなければ。」

と、「明神正人」と一緒が良いことを告げられ、わずかに困惑しながらも、素顔のままでの撮影を承諾した。

「次は、私ともお願いします!」

「ずるーい、私もー!」

「じゅ、順番に頼む。」

 自分と年の変わらない女学生たちもぞろぞろと参加し、正人との撮影会はヒートアップしていた。そんな光景を横目で見ていた信治は、仮面の下で羨望のまなざしを向けていた。

―いいなあ、正人―。


 他の三人も、それぞれのファンと思われる方々との撮影を楽しんでいた。

「清ちゃん、いつもテレビで見ているで!毎回美味い飯を紹介してくれるから、我が家の料理のレパートリーが尽きなくてさ。」

「おおきに!お米に合う美味い料理を、どんどん紹介していくからのう!」

「今度はうちの店も取り上げてほしいな、なんて。」

「ええよ!ほな、スタッフさんと相談してみるさかい。首を長くして待っといてや。」

 清照は、彼がご贔屓にしている飲食店の店主との撮影会を堪能していた。どうやら彼はテレビ出演が多いようで、カメラ慣れしている。

 また、店主たち曰く、彼は冠番組を持っているそうで、その番組で紹介してもらえることを楽しみにしているそうだ。

「すごいですね、清照さんって。」

「でしょう、でしょう。なんせあいつ、一年前からレギュラーをしているそうだから。」

「え、そうなんですか?」

「前に話した、清照のプロモーションビデオ、あれを撮影した人の友人が、企画を持ってきたらしいんだ。どうやらその人、たまたま同じ店で清照と出くわして、食レポと見まがうような美しき食べっぷりに惹かれたそうなんだ。」

「それで、その人が清照さんをスカウトして、番組を持つように?」

「そうそう!一度見てみるといいよ。番組名は、「清きメシ、いただきます!」だ。食を作る者としての観点を交えつつ食レポするから、見る側を飽きさせないんだ。ちなみに、番組の最後には、必ず清照の米を紹介するから、プロモーション効果もあるんだと。」

 さて、清照の話に花を咲かせている二人。そんな彼らの元に、子供たちはひっきりなしに撮影を求めている。

「今度は僕と一緒に撮ろ―!」

「よーし、それじゃ今度は、ブラックも一緒にね!」

「良いんですか?信治さん。子供たちは納得してくれますか?」

「お兄ちゃんも一緒に撮ろう!いっぱいいた方が楽しいじゃん!」

「あ、ありがとう・・・。」


 その頃、彩矢の所へは、自分と年の変わらない男子学生や、彼らよりもさらに年上の男性陣が押し寄せていた。

「ピンクさん、俺と一緒に撮ってください!」

「じゃあ、次は俺!」

 しかし、彼等が熱い視線を向けているのは彩矢ではなく、ショーでピンク役を務めた九条であった。彼女はそんな様子を察して、

「ちょっと待ち、こっちは本物のピンクがおるんやで?この子に熱い視線をぶつけるべきやろ?あたしじゃなく、彩矢ちゃんに、な!」

 と、彩矢と一緒に写真を撮ることを勧めた。

「ありがとうございます、九条さん。」

「ええってことよ。そんじゃ皆、どんどん撮ってな!」

男性だけでなく、女性ファンの方々も、彼女と撮影すべくぞろぞろも集まり始める。

「彩矢ちゃん、一緒に撮ろう!」

 彼女と同じ学科の友人も、この場に来ていたのだ。

「そっちのピンクの人も一緒に!」

「あたしも?ええけど、彩矢ちゃんと一緒やなけりゃ、許可は出来んで?」

「いやぁ、こうして撮ってもらえるのはうれしいですよ~。」

と、表面上は撮影を楽しんでいたようだが、彼女の心の中には、若干曇りが見えていた。それもそのはず、男性陣は相も変わらず、大人の魅力のある九条目当てであるからだ。

―私って、女としての魅力がないのかな―?


だが、彼女よりも陰りのある面持ちであるのが、一人いる。雫だった。彼は他の四人と違い、特定のファン層を持っていないのである。

「こうして見ていると、みんなが羨ましいな。僕にも、皆みたいな熱狂的なファンが出来るのかな。」

ほんの少し俯く雫。と、そこに、群衆を押しのけて、彼に向かって突撃してくる者がいる。

「雫くぅぅん!」

その正体は、先程までステージ上にいた、翡翠風子だった。彼女は、雫を視界に捉えるや否や、彼に飛びついたのである。

「ちょっと、風姉、何するの?!」

「ああ、やっと見つけたわ。ここ数日会えなかったから、寂しくて寂しくて!」

その勢いのまま、彼女は雫に抱き着いた。彼は何とかして振りほどこうとするも、一向に離れようとしない。

「信治、これじゃ撮影が出来ないから、何とかして!」

「いいなぁ、雫・・・。」

「いいなぁ、じゃなくて!助けて、信治!」

「嫌よぉ。誰が何と言おうと、私は離さないわよぉ〜?いっそこのままツーショット写真を撮っちゃう?」


観客との撮影を楽しんでいる最中、突如ブライトブレイクのランプが点灯する。

「どこに出現したんだ?あまり離れていないところだと良いが・・・。」

「この近くらしいで、いや、この遊園地の敷地内や!皆さん、避難の準備を!」

九条の元に、すぐさま情報が伝達された。異なるタイプの戦闘員十二体を率いる、幹部らしき怪人が三体出現したそうだ。

「スタッフさん、非常口はどちらに?」

「ステージの南側にございます!私が誘導しますので、皆さんもご一緒に避難を!」

 スタッフが先頭に立ち、来客を誘導している。彼らとともに雫も続いた。しかし。

「何てことだ、出口を塞がれたか・・・。」

 戦闘員が束になって出口を塞いでいる。何としても客を捕える戦法のようだ。

と、その群れの中に飛び込む影が一つ現れる。先程までステージ上で演技をしていた怪人役が、着ぐるみのまま戦闘員のど真ん中に飛び込んだのだ。

「ぬぅん!」

と、その着ぐるみが右足を軸に体を一回転させるの、周りにいた戦闘員達がまとめて吹き飛んだ。

「まったく、着ぐるみのままじゃあ、動きにくくて仕方がねえな。」

その着ぐるみを脱いだ時、今までに見たことのない金髪の男が顔を出していた。

「だ、誰なんだろう、あの人。」

素顔を晒した雫の知らない人物は、二度軽くジャンプすると、戦闘員に向かって拳を構えている。

「成り行きとは言え、困っている人がいるってんなら、お前らまとめてぶっ飛ばしてやるよ!」

 その挑発に乗った戦闘員が一斉に攻撃を開始する。と、その内の一体に向けて高く足を振り上げ、十数メートル先まで吹き飛ばした。

「・・・彩矢の脚力に劣らない、いやそれ以上に美しきキレのハイキック。何者なんだろう、あの人は。」

 さらに、その足の勢いのまま、まるでフィギュアスケートのような素早い回転と共に回転蹴りをくらわし、全員をまとめて跳ねのけた。その技を喰らった戦闘員たちは仰向けに倒れている。

「まったく、旅の途中にふらっと寄っただけなのに、代役を頼まれ、その上また怪人達と戦う羽目になるとはな。まぁいいか。上手い飯食って、今後のネタにするか。」

と、彼は非常口のドアをこじ開け、来客を外に逃がしていた。


避難経路を確保できたものの、依然としてパニックに陥る人たちは後を絶たない。

「この野郎、何度倒しても湧いてきやがる・・・。」

愛好会の面々も、怪人たちと対峙している。

「藤宮先輩、下がっていてください。俺達が相手しますから。」

「明神君、ありがとう。でも、私も戦うわ。ほんの少しでも、力になりたいから。」 

 二人は幹部の一体を相手取る。相手はルダールの幹部の一人で、剣を友とする幹部であるようだ。

「ほーう、お前も剣を使うのかあ。面白い、俺の相手に不足はないな。」

意気揚々と剣を抜く、幹部怪人。だが、その脇腹に、清照によって投げ飛ばされた戦闘員の脳店が突き刺さる。

「があっ・・・。」

 その衝撃によろめく幹部を、清照は後ろから締め上げる。

「今じゃ!今の内に、お客さんたちを守りに行け!」

「すまない、清照。先輩は、ここで待っていてください。直ぐに戻ります。」

「分かったわ。・・・私もじっとしているだけでは終わらないけれどね。」


その頃、別の幹部が、観客の少年に迫ろうとしていた。

「へっへえ、こいつを仕留めりゃ、ノルマ達成だぜ。」

だがその時、その子の父親が両手を広げ、無謀にも怪人の前に立ち塞がった。

「この子には、何としても手出しはさせん!来るなら来い、怪人ども!」

「あんだあ?このくそじじいが、俺の気分をそぐんじゃねえよ!」

 彼の拳がぶつかりそうになったその時、光の戦士が彼の心を守り抜いた。

「てめえもかよ、ブライトレッド!俺様の邪魔をしやがって!」

「今より輝こうとする子どもたちの光、その子を守ろうとする親の無償の愛、それらを奪おうとするのは、この俺が、いや、俺達が許さねえ!」

「信治さん!」

「うりゃああ!」

防いでいた両腕で即座に払い、怪人がひるんだ一瞬の隙を突いて、顔面目掛け右ストレートを叩き込む。

「君、名前は?」

「・・・ケンタ。」

「ケンタ君、俺たちが君を守る。約束だ。」

背中越しの約束。その瞬間、彼の背中に刻まれた龍の瞳が、燦々と降り注ぐ太陽のように、ギラリと輝いた。

「ケンタ、行こう。今は彼らに任せるしかない。」

「う、うん・・・。」

 その場を離れようとする親子。だがその背中を、もう一体の幹部が付け狙っている。

「逃さねえよぉ〜?」

 無情にも振り下ろされる戦斧。しかしながら、間一髪、正人が間に割り込み、自慢の刀でその不意打ちを防いだ。

「き、貴様ぁ、いいところだってのに!」

「貴様のような卑怯な輩の考えることなど、俺でも理解できる。信治が忌み嫌う、人の心を踏みにじるような、腐れ切った思考などなあ!」

 刀に力を込めて振りほどき、そのまま幹部を切りつける。深手にはできなかったものの、身震いさせるには十分であった。

「くっ、中々の切れ味じゃないか。しかしなぁ、この程度で、このジャゴレー様を討ち取れると思ったか・・・?」

胴を見ると、彼の傷口が徐々に凍りついていくのがわかる。その傷口を起点として、上に下に、彼の体中が氷結していき、遂に全身が氷漬けとなってしまった。

「震えて眠れ、愚か者よ。」


「大丈夫?怖くなかったかい?」

戦いが終わり、信治は即座に少年の所へ駆け寄る。

「・・・大丈夫だよ。」

 首を横に振り、強がる彼の瞳には涙が浮かんでいた。

「お兄さんは怖くないの?」

「・・・俺だって本当は怖いさ。でも、怖いのは俺だけじゃない。君の方が、もっとずっと怖い思いをしていると思う。だから・・・。」

少年の心に寄り添うべく、全身を包み込むように、その子を抱きしめる信治。

「だから、その震えが止まるまで、その悲しみが癒えるまで、俺が、俺達がそばにいる。だから今は、思い切りお泣き。」

 ゆっくりと近づいてくる彼の両親。信治は少しばかり顔を上げ、彼らに優しい声色で進言する。

「親御さん、ケンタ君を抱きしめてあげてください。」

 信治に促され、少年の両親は優しく彼を抱きしめる。そして、彼ら三人を包み込むように、信治は彼らを抱きしめた。皆の恐怖が収まるまで側にいる。

「スタッフさん、この子たちに時間を下さい。お願いします!」

 その子悪露に寄り添おうとする信治の心根を察した彼女は、軽く頭を下げ承諾した。

「皆も、大丈夫?俺とこの家族に時間をくれるか?」

「言われるまでもねえよ。」

「俺たちの気持ちは、信治さんと一緒ですから・・・!」

「ありがとう、皆・・・!」


 他者のためにしかその力を振るうことが出来ない光炎の戦士、光幸信治。その背中からは、汚れなき人々を慈しむ気高き精神があふれ出ていた。その姿を見たエフォースは、まるで本当の父親のような、大きな背中を感じ取っていた。

それは彼が、愛深き戦士の生き様をの一端を、その目に焼き付けた瞬間であった。そしてその時、心なしか、信治の背中の龍が微笑んでいた。


その光景を、九条のカメラは鮮明に撮らえていた。

続く

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