第9話 幹部として、悪者として、間違った生き方
惨い姿で発見された二体の怪人。その報告は、夜中に森林地帯に足を踏み入れた、ルダールの偵察隊から知らされた。
それを受けたのは、同じく偵察隊の一人である、三つ目の怪人ギョローゼだった。
「そいつは本当なのか?あの二人が、真っ二つに斬られて死んでいたってのは。」
「間違いありません。そのような真似ができるのは、ブライトブルーだけでしょう。」
彼らの無残な死は、ブライトマンによるものであると思われていた。だが、彼らが死んだのは、ブライトマンが逃がしてから少し経った後の事である。しかしながら、彼らがそれを知る由はなかった。
「それよりも、今は今後の事が重要だ。何しろ、たった今から、幹部に昇格する奴が選ばれるんだからな。」
急遽下される、幹部への昇格。本来は試験を突破して初めてなれるはずの立場を、いとも容易く与えてしまう。それ程に、切羽詰まった状況なのだろう。
「これまでの功績をたたえ、新たに四名を下級幹部に任命する。一人目は、I-3、二人目はF-2、三人目はW-2、そして四人目は、J-3。以上四名が、我々の新たな戦力となる。」
その頃、報告を受け持ち場に戻った幹部たちは、他の組織の者達とにらみ合っていた。同盟を結んだとはいえ、彼らは己の欲の赴くままに行動している怪人たちだ。嘆かわしいことだが、そう簡単に仲良くなれるはずがないのである。
「何じろじろ見ているんだよ、下級幹部になった俺様とやる気か?おお?」
「めんどくせえな。たかが下級幹部が、第三戦闘部隊の俺の相手になるかよ。」
そう、彼らには仲間意識というものがないのだ。ごく一部の者を除いては。
「我々のこれからの活躍、そしてJ-3の幹部昇格を祝って、乾杯しよう。」
慈しみの心を部下たちに学ばせることに尽力している、グレイブス帝国上級幹部のタイロン。彼は部下の昇進と他の組織と親睦を深めるべく、酒の席をこっそりと用意していた。
「しかし、貴方という人は、どうしてこのような会を?我々はあくまでも一時的な共闘関係に過ぎないのですよ。」
同席しているのは、ルダールの第二戦闘部隊長、サベージだ。
「・・・皆がバラバラでは、奴らには勝てん。これも、ブライトマンに勝つための策の一つだ。」
「ふふっ、策、ですか・・・。」
口先では冷めた態度をとっているが、隠しきれない温かさがあるのを、部下たちは感じ取っていた。今日も相変わらずのタイロン様だ、と。
「ん、リガーテ、どうした?もう酔ったのか?」
「いえ、何でもありません。それよりも、サベージさん、でしたっけ。貴方のその恰好、ずいぶんときらびやかな装飾を付けていますね。海賊にしても、ずいぶんと派手なように見えますが。」
「ああ、これですか?この金色の装飾は、全部銃弾ですよ。」
「銃弾?ボタンではなく銃弾なのですか?」
「信じられないのなら、試しにここで撃ってみましょうか。」
そう言うと、彼は懐からからの拳銃を取り出す。これもまた、海賊家業の中で手に入れたものである。
「それじゃ行きますよ、っと。」
すると、装飾のように見えた弾が、まるで穴からすっぽと抜けるように外れ、シュルシュルと装填口に吸い込まれていった。
「とまあ、こんな感じです。俺の能力は、一言で言えば『銃と共にある』。」
「銃と共に、ですか。なかなか興味深いですね。」
酒を一口、ゆっくりと口に含むと、タイロンがまた口を開く。
「その話はまた後にしよう。それよりもJ-3。お前の新名は、もう決めてあるのか?」
「ええ。元々決めていた名前がありまして。」
「お、聞かせてくれないか?その名前を。」
「ジャックです。ジャック・イン・ザ・ボックスのジャック。」
「ジャック・イン・ザ・ボックス、びっくり箱の事か。」
「ええ、自分で言うのもなんですが、俺はこの、タイロン様の部隊にとって、秘密兵器のような存在になりたいんです。せっかく幹部になれたのですから、ほんの少しでも、お役に立ちたくて。」
「殊勝な心掛けだな。だが、役に立ちたいとは思うな。自分の立ち位置を保持したい、そう思うようにしておいた方がいい。それが、ここで生き残るために必要な心構えだからな。」
怪人としての心構えを、改めて指導するタイロン。その様子を見ていたサベージは、少々疑問に思っていた。
―何だろうな、どこかこの人からは、幹部らしくないような、温かさを感じる。まるで、無理して悪に徹しているかのような―。
一方その頃、エフォースは一人、剣道場で木刀を構え、ひたすら素振りをしていた。
「・・・随分と熱心なことだな、エフォース。」
トッ、トッと靴下のまま入ってきたのは、正人だった。
「その木刀、十五キロのものか。以前よりも重い負荷をかけられるようになったのか。」
「ええ、正人さんの教えを忠実に守って、これからの激闘に備えられるようにしたいので。」
普段よく使用している木刀を持ち、彼もエフォースの隣で素振りを始める。
「ところで、信治を見ていないか?さっきまで体育館にいたはずなんだが。」
「信治さんなら、グラウンドで走り込みをしています。」
「走り込みだと?急にどうしたんだ。」
「それが分からないんです。『ちょっと走ってくる』と一言だけ残して行ってしまったので。」
何が目的なのか分からないが、とにかく彼は走り込みに行ったようだ。
「あー、やっぱり思い切り走るとすっきりするねえ!」
噂をすれば何とやら。信治がタオルで汗をぬぐいながら、剣道場に戻ってきた。
「信治、こんな忙しい時に何をしているんだ。」
「ごめんごめん、ちょっと気晴らしがしたくてね。そうだった、今度の先行について話し合わないといけないんだった。」
「え、お二人とも、何かあるのですか?」
「聞いていないのか?今後の戦いに備えて、次世代のヒーローを育成する計画を。」
その計画とは、グレイブス帝国やルダール、更にその他の組織に対抗するため、ブライトマンとはまた違うヒーローを生み出す、「ニューブライト計画」である。
「今まで俺達が戦ってきたグレイブス帝国だけならまだしも、そのほかの怪人組織をいっぺんに相手しないといけなくなるからね。」
「正直、このようなやり方はどうなのかと内心疑問に思うが、奴らに対抗するにはやむを得ん。」
「そうだったのですか。ということは、俺も指導する側になるのかな・・・。」
「それで、ヒーローになりたいと希望する者達は、何人集まっている?」
「公募してから三日経って、五十人は超えているね。俺ら学生だけじゃなくて、一般の志願者も募ったから。けっこう多く集まったよ。」
「となると、これから大変なのは、選抜だな。その中から少なくとも五人、どれだけ多くとも七人に絞らなければならない。そう司令官から言われているからな。」
「んで、その選抜方法はどうする?一人一人、俺とリングの上でスパーリングする?」
「それは愚策だ。五十人強の立候補者全員を相手にすれば、お前の身体が持たん。それに、応募した人の中には、おそらくだが、俺達よりも年下の学生や、お年寄りの方もいるかもしれない。身体的な差がある人に対して、そのような判別方法は酷だ。全員が平等に受けられる試験を行うべきだろう。」
「だとすると、どういう試験を行うのが良いかな?」
ぐっとエフォースの方へ顔を向けると、正人は宣言する。
「エフォース、俺達五人がお前に行った特訓。それが彼らに課す試験だ。」
「この間の特訓ですね。知識や肉体の強化を行った、あの特訓を、今度は彼らに行うと。」
「ああ。お前でも耐えられるようなことを、他の者達が耐えられないはずがないからな。
「まあ、彼らが本気でヒーローを目指していれば、の話だけどね。」
「ん、信治さん、それはどういう意味ですか?」
「昔、父さんがレッドとして戦っていた頃、自分もヒーローになりたいって志願してきた人がいたんだ。父さんのようなかっこいいヒーローになりたいって。」
「そうだったんですか。ヒーローというのは憧れの存在ですからね。」
「でもね、その人たち、ヒーローになりたいと思ったきっかけが、皆にちやほやされたいからとか、モテるようになるからとか、金持ちになれそうだからとか、そんな不純な動機でなろうとしていたんだって。もちろん、全員その場で断ったそうだ。」
「ふっ、真っ当な理由を持たない奴は、その場ではじかれたってわけだな。こいつと違ってな。」
正人の言う「こいつ」とは、人々の笑顔を守るために戦いたい、その一点でヒーローを志したエフォースの事である。
「へえ、正人、なんだかんだでエフォースの事、認めているじゃないか。」
「な、ち、違うぞ!これは、信治、お前が言いたいことを代弁しただけだ。」
「ほーう、そうかそうかぁ。それじゃ、今はそういう事にしておくよ。代弁ありがとう、正人。」
にやにやと、下衆めいた笑みを浮かべながら、正人の反応を面白がる信治。そのようすを、エフォースはただ困惑しながら眺めていた。
彼らが新たな戦士を迎える日まで、残り二週間。それまでは、今の六人でしのぐしかない。
「とりあえず今は、この二週間を乗り切ることだけを考えよう。」
「そうだな。どういう人たちが入ってくるかを心配する前に、俺たちは俺たちのなすべきことをしよう。」
「あら、皆さん、お疲れ様。」
そこに現れたのは、剣道部の部長、藤宮百合絵である。
「先輩、今日サークルは休みのはずですが、どうしてここに?」
「皆さんの話し声が聞こえたので。それにしても、なんだか賑やかな様子ですが、何かあったのですか?」
二週間後の計画を伝えると、彼女はそれに協力すると言う。
「よろしいんですか、先輩?こんなお忙しい時に。」
「先輩として、私も力になりたいのです。ご迷惑でなければ、私もお手伝いさせていただきます。」
「ええ、是非ともお願いします。」
その時、ブライトブレイクのランプが点灯する。
「信治、聞こえるか?異なる地点に、怪人が同時に出現したそうだ。」
「何だって、場所は?」
「工場地帯とコンテナ埠頭、そして風力発電所の三地点だ!」
強制的に、戦力を分散させる作戦。これがルダールのやり方である。
「各地点に二人ずつ。それが今の俺たちの限界だ。」
「なら、俺はエフォースと共に行くよ。正人は清照と共に、埠頭に向かってくれ。」
「分かった。雫と彩矢は工場地帯へ向かってもらおう。お前たち二人は風力発電所へ向かってくれ。」
「了解!」
急ぎ剣道場を出ようとしたその時、百合絵が、自分も共に戦いたいと懇願する。
「正人君、私もお手伝いします。」
「先輩、危ないからここで待機していてください。お気持ちだけ受け取っておきます。」
「分かったわ。呼び止めてしまってごめんなさい。」
彼女の声を振り切り、一同は怪人が出現した現場へと向かう。エフォースが木刀を持ったままであることを、誰一人として気づかぬまま。
―今は待つわ。でも次は、必ず一緒に戦ってね、皆さん。同じヒーローとして―。
信治とエフォースが到着した先には、すでに二体の怪人が、仁王立ちして彼らの到着を待ち構えていた。
「街に被害はないか?」
「その心配はない。我々が既に逃がしてあるからな。」
「ああ、そうだ。俺達の姿を見れば、人々は恐れおののき、逃げ惑うからな。」
彼らの言う通り、周辺から人の気配が感じられない。
「・・・信治さん、どうしますか?彼ら、そんなに悪い奴には思えないんですが。」
「正直、俺もそう思う。俺達が戦っていいのかな?」
「貴様ら、これが罠だとは思わないのか?もしかすると、俺達が本当は人を逃がしていなくて、こっそり人質に取っているかもしれないぞ?」
「そ、そうだな。その可能性もあるな。ならば、俺達が相手になってやる!」
「行こう、ブラック!」
「はい、信治さん!」
拳をバシッと合わせ、二人は怪人たちと戦う構えをとる。それに対する者達も、独特な構えをとる。
「ジャックさん、サポートさせていただきます。幹部になって初めての戦闘とあらば、慣れないことも多いでしょうから。」
「ありがとうございます。サベージ様。では、背中は任せました。」
互いに目を合わせ、独特な構えをとる二人。この戦いは、互いの連携が必要不可欠となる。
「ブライトブラック、新入りとは聞いていたが、なかなか侮れないな。」
「そちらこそ、この足技の華麗さ、お見事。」
脚撃を得意としているジャックに対し、反射神経と体幹を鍛え上げたエフォース。エフォースは、うっかり持ってきた木刀で、バシンバシンとその攻撃をいなしている。お互い、新たな立場になって日が浅いが、どちらもその立場にふさわしい攻勢を見せている。
「サベージと言ったかい?なかなか面白い技を持っているじゃないか。銃弾を自分の意のままに操るなんて。」
「はは、言うねえ。何の武器も持たない、正々堂々としたスタイルのアンタも、面白え男だよ。」
変則的な銃弾の軌道を魅せるサベージ。並の者であればたちまち困惑し、やがて焦燥しきったところで彼に射抜かれるのが定石である。だが信治は、持ち前のフットワークと眼力をいかんなく発揮し、その軌道をすべて見切っている。
「でも、見切れる!俺のボクサーの経験があれば!」
「何、ボクサーだと?そんな話は誰からも聞いていないぞ?」
ちょっとした焦りを感じ、サベージは瞬時に距離を置く。
「ぐっ、やるじゃねえか。それにブラック、あの野郎、下級幹部に全く後れを取っていない。」
「ええ、せっかく鍛えた俺の足技が、こうも簡単に防がれてしまうとは。恐れ入りますね。」
本当は、一手一手を防ぐのに精いっぱいのエフォース。だが彼らの目には、鍛えた自分の技を上手く防御し、次の一手に備えているように見えているようだ。
「うりぃやああ!」
二人の会話の隙を付いて、エフォースがジャックの脚の付け根目がけ肘打ちをかます。怪人であろうと、その部位は非常に痛みを感じるものであり、彼は思わず膝をついてしまう。
「くうう、足を潰されてしまうとは・・・!」
その一方で、信治はサベージの銃弾をかいくぐり、その走力の間を縫うように拳の雨あられを繰り出す。
「銃弾を恐れているようでは、守れる人も守れないからね!」
「やるな。しかしな、まだ負けたわけじゃない。勝負はまだこれからだぞ・・・!」
だが、彼らさえも予期していない三体目が、この戦闘に乱入してくる。
「じ、邪魔するんじゃねえよ。今、真剣勝負の真っ最中だろうが・・・!」
「バーカ。お前、それでも海賊かよ?こういう奇襲戦法こそ、俺達戦闘部隊の十八番って奴だろうが。」
「俺たち、第二戦闘部隊は違うんだよ。てめえら第四とはな・・・!」
ビルに手足を張り付かせながら、ヤモリのようにグネグネと降りてくるもう一体の怪人。彼の名はワリョーギ。ルダールの第四戦闘部隊の副隊長である。
その時、少女の泣き声が聞こえてくる。どうやら、逃げ遅れてしまったようだ。
「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」
信治が彼女を包み込むように抱きかかえ、急ぎ、親がいるであろうところへ逃げ出す。しかし、そこに怪人の魔の手が再び迫る。
「ハハァ、ガキであろうと容赦はしねえ、それが、俺達ルダールのやり方ってもんだろうが!」
自ら破壊したビルの破片を、信治目がけて投げつける。彼は少女をかばうようにその瓦礫を受け止める。
「へっ、両手が使えなけりゃあ、てめえは単なる木偶の坊よ!」
執拗に、彼の頭上に瓦礫を落としていく。三重にも重なったその瓦礫を支えているも、足は既に震えている。ワリョーギは、手元の瓦礫がなくなると、今度は少女に斬りかかろうとする。
「ひゃははあ!今度はそのガキだ!俺様のエサとなりやがれ!」
「この外道がぁ!」
すかさず、エフォースが割り込み、彼女の盾になる。
「それそれ、その愚かな行為を狙っていたんだよ!」
彼の背を容赦なく切り裂くワリョーギ。肩から腰にかけて大きく斬られても、エフォースは彼女を抱きしめて離さない。泣き叫ぶその瞳を笑顔に変えるために。
「ブラック!くぅっ、この手足さえ動けば・・・!」
「ひゃひゃあ!抵抗できねえ野郎をいたぶってこそ、海賊家業の醍醐味だよなあ!」
周到に斬り刻むワリョーギと、それでもなおその手を離さないエフォース。物陰から見守っているタイロンは、出ようにも出られぬ状況下に、ただ拳を振るわせ、歯を食いしばることしかできなかった。
「くっ、私が出るしかないか・・・!」
「そんじゃあ、俺様の能力、ここでお披露目!」
信治の頭上から、グラグラと揺れ動いていた瓦礫が落ちてくる。すると、その瓦礫が急速に加速し、信治目がけ降り注ごうとしていた。これがワリョーギの能力である、「自分以外の物体を加速させる能力」である。
「・・・桜斬!」
リガーテを後ろに下げるや否や、彼は瞬時に刀を抜き、落ちてくる瓦礫に向けて桜色の斬撃を放つ。
「何だなんだ?あいつらの仲間が?」
斬撃の正体に、誰一人気づいていない。もしかすると、ブライトブルーの仕業かと、事前に情報を仕入れていたワリョーギは考えていた。だが、その時に入った通信で、その考えが誤りであったことを理解する。
「んだよ、邪魔するんじゃねえよ!ああ、お前かよ。今、ブルーが加勢に来やがったところだよ!そっちはどうなんだ?」
「それが、ワリョーギ様、こちらの兵士たちが全滅しました!」
「んだと?誰がやりやがったんだ?!」
「・・・二人です。」
「ああ?」
「ぶ、ブルーと、イエローの二人です!」
唖然とし、思わず通信機をぽとりと落とす。
「正人じゃないのか?なら、今俺を助けてくれたのは、誰なんだ・・・?」
かすかに香る、桜の花びらの香り。その正体を知る者は。
「この匂い、タイロンか・・・?」
友であるエフォース、ただ一人だけだった。
その匂いに気を取られていた瞬間、サベージが発砲する。だが、彼が狙ったのは、エフォースでも、信治でも、ましてや物陰から見守っている者でもなく・・・。
「いってえじゃねえか、何しやがる、サベージ!」
戦闘に横やりを入れてきた、ワリョーギであった。その銃弾は、彼の左頬をかすめた。
「お生憎様、女子供にも容赦ねえお前を、同じ海賊と思いたくねえんでね。」
「んだとこの野郎?」
「それに、怪人としての対面ってやつがある。ブライトマンの面々に、俺がお前のような卑怯者と思われたくねえんだ。俺のプライドが、それを許せねえんだよ!」
「何だ?あいつら、仲間割れしているのか?」
「一枚岩ではない、ということか。・・・あのサベージという怪人、やっぱり倒すべきじゃない気がする。」
「俺もそう思います。あいつからは、俺と同じ匂いがします。」
「おらお前らア、何ごちゃごちゃと抜かしてやがる!サベージやジャックの野郎じゃなくて、俺を見やがれ!」
怒りに身を任せて、二人に襲い掛かるワリョーギ。その苛立ちと焦りを、二人は見逃さなかった。
「行こう、ブラック!」
「ええ、信治さん!」
彼の必死の一撃を交わすと、二人の息の合ったカウンターブローが、その銅に鋭く突き刺さる。
「俺たちの燃える拳を喰らえ!」
「ツイン・ブライトネス・ナックル!」
その衝撃はすさまじく、すぐ近くにいた二人があわや吹き飛ばされそうになるほどの、凄まじい風圧を生み出す。
「真菜、真菜、どこにいるの?!」
「お母さん!」
やっとのことで、彼女の母親が迎えにやってくる。
「こんな奴らに、俺様が負けっぱなしでいられるかよお・・・!」
だが、わずかに息のあるワリョーギは、完全に安心しきっている親子に牙を向けようとしていた。
「死にやがれ、力なき弱者共が!」
「危ない!」
信治が守りに向かうも、距離が離れすぎていて間に合いそうもない。だが、その瞬間、決死の覚悟でジャックが割り込む。鋭くとがった腕を突き刺されそうになるも、何とか両手でそれを抱き抑えた。
「下級幹部が、お前まで邪魔するんじゃねえよ・・・!」
「・・・このような行動、タイロン様が見ていたら、失望するかもしれない。でも、それでも俺は・・・!」
幹部らしからぬ行動。悪の怪人として相応しくない行い。それを自覚していても、彼は動かずにはいられなかった。奇しくもそれは、先程その子を守ろうとした、エフォースと重なっていた。
「ワリョーギ、いい加減にしろ。お前は負けたんだ。潔く帰還しろ。」
「ああ?まだ他にも戦っている奴らがいるだろうが。」
「たった今通信が入った。グリーンとピンクが、侵攻隊の奴らを蹴散らしたそうだ。」
「あ?あんなお荷物野郎二人に、侵攻隊がやられるはずがねえだろうが?」
「あーあ、そんなこと言っていいのかい?」
「何だ?何が言いてえんだよ?」
「君は知らないだろうから忠告しておくけれど、雫は多彩な植物の能力を使用するし、彩矢なんて、弓矢がない方が強いってぐらい脚力が段違いだからね。今、蹴散らされたって言ったよね。もしかすると、彩矢が全滅させちゃったんじゃないかな?」
「そ、そんなわけあるか!どうなんだよ、サベージ。」
「レッドの言った通りだ。真正面から挑んだ全員が、ピンク一人にやられたらしい。」
「な、何だと・・・?」
落胆するワリョーギ。彼は戦意を喪失している。
「ほら、さっさと立ち去りな、お二人さん。俺たちの怖さを、身に染みて理解しただろう?これ以上危ない目に遭いたくなければ、逃げるこったな。」
彼等の心情を察したサベージが、親子を払うように逃がした。それと同時に、どっと疲れが出たのか、その場に腰を下ろしてしまう。
「さあ、ブライトマンさんよ、俺はもう戦う気力がねえ。煮るなり焼くなり好きにしてくれや。」
「そんな、サベージさん・・・。」
彼なりの覚悟。隊長としての覚悟が、その瞳からひしひしと感じられた。それを感じ取った信治とエフォースは、彼に手を伸ばす。
「・・・その瞳、君が悪い奴と思えない。どうだい、君がよければ、俺たちの仲間になってくれるかい?」
「はっ、馬鹿を言うんじゃねえよ。俺はルダールの、第二戦闘部隊の隊長だぞ?お前らと手を組む気なんてさらさらねえよ。」
パシッと、その手を振り払うようにはたくサベージ。先程の行動は、誰の目から見てもヒーローの行いそのものであった。だが彼は、曲がりなりにも悪の怪人で、なおかつその幹部クラスの強者である。そう易々と魂を売るわけにはいかないのだ。
腑抜けた抜け殻となったワリョーギを肩に抱え、サベージとジャックは去っていった。
辛くも、怪人たちを退けることに成功する。しかし、普段の何倍もの労力を必要とした今回の戦いを終えた彼らは、皆疲弊しきっていた。
帰還後、木刀を返した二人は大学の入り口にあるベンチに腰掛ける。
「とにかく、あの親子に被害がなくて良かった。」
「そうですね。しかし、なぜあの二人は、あの女の子を守ろうとしたのでしょうか。」
「きっと、君と同じ志を持っているんだろう。悪の怪人として生まれたけれど、悪としての生き方に疑問を抱いた、とか、そんな感じだと思う。」
「俺と同じように、自分の生き方に疑問を抱いている、ですか・・・。」
「・・・それにしても、向こうもやり方を変えてきているんだな。俺達も、彼等に対抗できるよう、急ぎ計画を進めておかないとな。」
「二週間後、でしたっけ。それまで、俺達の身体が持ちますか?」
「持たせてみせるさ。ここで倒れてしまっては、人々の笑顔を守ることが出来なくなるから・・・!」
その日の夜。タイロンはこの間のように机に向かい、ブライトマンに向け果たし状を一筆記していた。
「タイロン様、次の相手はどなたになさるのですか?また、エフォース殿と戦いますか?それとも、他の五人の中から一人選ぶのですか?」
「後者だ。次の相手は、俺と同じような刀を使う戦士、ブライトブルーだ。」
「ブルーとは、まだ一度も刀を交えていませんでしたね。しかし、何故また急に、どういう風の吹き回しで?」
「先程の戦いで、エフォースが木刀を持っていただろう。あれはブルーの教育によるものに違いない。他の戦闘員や幹部から話を聞く限り、六人の中で刀を使うのはブルーだけだからな。」
「ということは、エフォース殿に教育を施した男の、その実力を確かめるために?」
「そういう事だ。そして今回の戦いは、エフォースとの二度目の戦いの予行演習、といったところだ。以前の戦いで、俺はあいつに合わせるため、刀を使わなかったからな。戦士になって日が浅いとはいえ、勝手にハンデを与えてしまうという、失礼なことをしてしまったからな。」
「ふっ、タイロン様らしい考え方ですね。して、次の戦場はどちらに?」
「以前予定していた、海岸だ。足場の悪い場所での感覚を取り戻したいのでな。」
「かしこまりました。それでは、私はこれで失礼いたします。」
「ああ、よく寝ておくんだぞ。次はお前が出撃する番かもしれないからな。」
「承知しました。」
音を立てぬよう、ゆっくりを賭を締めながら出ていくリガーテ。
「しかし、俺としたことが、敵に情けをかけてしまうとはな。だが、それに加えて、ジャックやサベージが、あろうことか人命救助に手を貸すとは。俺もまだ、教育者として未熟なようだな。」
机の前で一人、頭を抱えるタイロン。今日の反省が、うっかり口から洩れてしまっている。それを、彼の部下たちは聞き逃さなかった。
「なんてことを言っているようですが、レッドが瓦礫を支えているとき、ブラックがお子様をお守りしているとき、ずっと手が震えていたのを、私は見逃していませんよ、タイロン様。」
「え、そんなことが?というか、リガーテ様、俺達の戦闘を見ていたのですか?しかも、通信越しとかではなく、間近から?」
「ええ、貴方の戦闘を拝見しようと思いましてね。タイロン様を無理やりお連れする形となってしまいましたが。」
「そう言って、本当はタイロン様が提案したのではないですか?俺たちの戦いを見守ることを。」
「うっ、見抜かれていたか。私なりに隠したつもりだったのに・・・。」
「ははは、あの方が、あんた達に慕われている理由が、ちょっとだけわかったよ。」
彼らは、扉の向こう側で、畏敬の念を抱く上司に気づかれないように笑い合う。このようなほほえましい光景を繰り広げる者達を、果たして人類の敵と捉えることが出来ようか。
続く
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