第30話 バック・トゥ・ザ・ピット

 午前十時二十五分。

焼却施設の場内に、けたたましい警報が鳴り響いた。

「ピット側で事故発生です!」

現場職員の安藤たちは走った。

可燃ごみ切断機の前で、造園業者の2トンダンプが後輪を宙に浮かせていた。

荷台は草でパンパン。

前輪だけが辛うじて床に残り、

車体の半分がピットに刺さっている。

「おいおいおいおい……!」

「……完全に“バック・トゥ・ザ・ピット”やな」

運転席のドアが開く。

中から、驚異のスピードでおじいちゃんが飛び出した。

その姿は、

まるで五輪短距離代表の走り出し。

係長が呟く。

「……切断機の前で、そのダッシュは国家資格レベルや」

誰もケガをしていない。

ただ全員が口をそろえて言った。

「よう走ったな」

場内は騒然。

誘導に立っていたのも、うちの非常勤のおじいちゃん職員。

つまり、おじいちゃん×おじいちゃん事故。

安藤は言う。

「誘導した?」

誘導おじいちゃんも答える。

「した」

「止めた?」

「止めたつもりだった」

「見てた?」

「見てたけど、バック速すぎて消えた」

――光より速い2トンダンプ。

課長が現場に来て、しばらく車を見下ろして言った。

「……もう誘導禁止やな」

「でも、誘導なかったら誰も止められませんよ?」

「止めても止まらんのなら、止める意味がない」

――悟りの安全管理。

翌日、庁舎前に新しい貼り紙が出た。

【安全対策】

搬入時の誘導を禁止します。

すべてのバックは自己判断でお願いします。

同僚が笑う。

「つまり、“自己責任で事故”ってことやな」

「哲学やん」

その日の午後、環境課の電話が鳴った。

「昨日落ちた現場、どこまでバックすればいいですか?」

職員は静かに答えた。

「……昨日より、一歩手前までです」

課内がドッと沸いた。

「まじで標語にしよう」

「『昨日より一歩手前運転』」

「シニアズ・セーフティ・キャンペーンや」

笑い声の中、またバック音が鳴り響く。

ピー……ピー……ピー……

――そして今日も、焼却施設では誰かがバックしている。

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