第2話 収集車はまだか事件

午前十時半。

電話が鳴った。出たのはベテラン職員の田中だ。


「はい、環境課でございます」


受話器の向こうから、苛立った男性の声が飛んできた。

「ちょっと! うちのゴミ、まだ持っていってないんだけど!」


田中は内心でため息をつきつつ、定型文を口にする。

「本日の収集は順番に回っておりますので――」


「でもね、いつもは十時に来るんだよ。今日は十時になっても来ないじゃないか!」


――いや、収集時間は“時刻表”じゃない。バスや電車と違うんです。


田中は頭の中で突っ込みを入れる。


「収集車は日によって回る順番が変わりますので、到着時間も前後いたします。ですので、ゴミは午前八時半までに出していただくようお願いしております」


「だから九時に出したんだよ! いつも十時に来るから間に合うはずだろ!」

――いや、30分オーバーしてますよね!?


課内で小声が走った。

「また時間クレームか……」

「天気予報じゃなくて“収集予報”でも出すか?」

「降水確率50%、収集時刻±90分だな」


田中は言葉を選んで説明する。

「収集車は天候や道路事情、収集量によって時間が前後しますので――」


「じゃあ毎日何時に来るか、事前に教えてくれ!」


――それが分かるなら、もう占い師デビューしてるわ。


「水曜日はラッキータイム九時二十三分、ラッキーアイテムは分別済みペットボトルです」


心の声が暴走する。


結局、田中は同じ説明を三回繰り返す羽目になった。


「……八時半までに出していただければ、必ず収集いたしますので」


「ふーん。じゃあ今日はもう遅いってことね」


ツーツー……。


受話器を置いた田中がぼそりとつぶやく。

「……遅いのは収集車じゃなくて、あなたの理解力ですよ」


課内がドッと沸いた。

「理解力は収集されなかったな」

「次回の収集日は未定です」


笑い声が響く中、また次の電話が鳴り響いた。

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