蓮と勇太の兄弟、それぞれの秘密

第6話 支えてくれる人

「流くん、体調は大丈夫ですか? よく眠れてますか?」


「……うん」


「良かった。薬もまずくない? まずかったら別にコーラで飲んでもいいですよ」


「先生、それはまずくない?」


「あはは、飲めればいいんです。あ、でもこれは僕の持論だから他の先生には言わないでくださいね」


 柚木流の診察は一週間ごとに行い、一ヶ月が経過する頃には、すっかり流は打ち解けて話してくれるようになっていた。まだかまえているような部分はあるが自分の話にツッコミを入れてくれたり、かすかに笑ってくれるようになったのは大きな進歩だ。

 今日は少し未来に向けの話をしていこうと思う。


「流くんはやりたいこととかはありますか? 流くんがやりたいと思うならやっていくことを僕はオススメするし、まだ嫌だと思うなら、まだやらなくてもいいですし」


「……やりたい、こと?」


 流の目が戸惑うようにこちらを見て、そして伏せられる。まばたきを数回し、また別の場所を見て、こちらへ戻る。


「どう、なんだろ……わかんない」


 流の動揺は予想済だ。少し得た信頼関係を台無しにしないよう注意し、結は続ける。


「流くんは何をやるのが好きですか? 僕は休みの日とかは読書したり、公園でボーッとしたりするのが好きなんです」


「オレは……」


 流の視線がまた動く。挙動不審になりながらもつぶやかれた言葉は「また高校に行きたい」だった。


「なるほど、いいじゃないですか?」


「でも、オレ……去年退学しちゃったから……また新しいところ、探さないと。でも、オレを受け入れてくれるところ、あんのかな」


 確かに、事件の影響での誹謗中傷は計り知れないものがある。彼は叔父に引き取られ、元の家とは離れた場所に住んでいるが、元の家族で住んでいた土地には戻れないし、また新しく高校に行くとしても“事件を起こした生徒”というレッテルは消すことはできない。


「高校、行かないと……就職もできないって叔父さんが悩んでたから」


 見た目とは裏腹に流の考え方は真面目なようだ。そんな彼がなぜ無免許運転なんて、と考えるのは無意味なことだ。


「そんなことはないですよ。だって今は色々な生き方があります。確かに高卒はあった方が就職には有利かもしれませんが、目指す方向によってはそれよりも専門的な知識が必要になりますから、それは流くんがやりたいことで決めていいと思いますよ」


 まだ十代。大変だろうけど気力さえあればいくらでも楽しめる。後悔に引きずられ続けなければ。


「オレ、できるかな」


「できますよ。なんなら僕も流くんはちゃんとできる子ですって証明書を書いてあげます」


「……考えてみる」


「はい、時間はまだあります。ゆっくり考えてください」


 そんなこんなで時間が経ち、また次週の予約を取って流を退室させた後。

 結は彼の叔父だけを診察室に呼んだ。


「流くん、だいぶ落ち着きましたか?」


 叔父は「それはそれは」と大きくうなずく。


「色々パソコンで調べていることが、高校に関することだったり。自分と同じように悩む子がどんな道を歩んでいるのかとか、調べているみたいです……ご飯も食べられるようになり、人間らしくなりました。本当に宮田先生のおかげです」


「それは良かったです」


 結は軽く口角を上げ、相手を安心させるようにほほ笑む。家族のケアも、もちろん仕事だ。


「少しお聞きしたいのですが。流くんが前向きになってきたのは良いことですが、事故の関係者の方が流くんと接触してきたりとかはあるのでしょうか? もし彼がそれによって思い出してしまうと、また逆戻りになってしまう可能性もあります」


 それは仕方のないことだが彼は未成年。そういった手続きなどは彼の保護者となった叔父がやってくれるとは思っている。


「それは、ありません。事故に遭わせてしまったご家族の方は全て弁護士にお任せしているみたいで、私もご家族には会うことはないのです」


「では接触はないと考えて大丈夫ですね」


 叔父は「はい」とうなずく。何か接触があれば積極的に自分が関わっていくつもりだと断言してくれた。


(流くんはご家族に恵まれているな )


 両親は亡くなってしまったけど流は支えてくれる人がいる。それはとても運が良いことだ。中には残された者など邪険に扱われ、ひどい時は放置され、身寄りのない者として生きていくことになるから。


「流くんは幸せです。あなたのようなご家族がいて」


「い、いえそんな……ただ、私と妻には子供が一人、つまりは流のいとこがいたのですが。その子は家出してしまい、知人を通じて無事なのはわかっているのですが全く連絡はできなくて……だけどいつ帰ってきてもいいように待ってはいます。流にも帰る場所としてありたいと私も妻も思っているだけです」


「そうでしたか。でも誰かが待ってくれているというのは、とても安心感があるものです。いざという時、支えてくれる誰かがいるのはとても大切です」


 ふと思い浮かぶ、蓮の笑顔。

 そう、今日はまた姉の月命日。午後には休みを取り、蓮のマンションへ行くつもりだ。

 あれ以降、特に蓮が何か連絡をよこすことはなかった。全く今まで通りの日常で、こちらから連絡を取った方がいいのかとも考えたが、蓮が落ち着いているならいいかと思った。


(蓮さん……蓮さんの支えは……)


 そんなことを考えながらも面談を終え、次の診察のカルテに目を通すが、頭の中には蓮の笑顔が離れなくなっていた。

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