14――交渉と突然の提案


「ダンジョン協会の豊岡さんから、三原さんの希望は聞いています。我々探索庁としては、概ね受け入れられる内容だと考えています」


 和明さんはそう言って、ひとつひとつ条件を挙げていった。まずは私の戸籍について。これは今までの『三原徹』の戸籍を変更したり特例項目を付けたりすると、それが外部にバレた場合に公権力の乱用だと各方面から探索庁が叩かれたり、私自身にもヘイトや好奇の目が向いてくる可能性がある。


 ということで『三原徹』の戸籍はそのまま存在させたまま、まったく新規の戸籍を作製することが一番お手軽で問題がないのではないかというのが探索庁の見解だった。それについては元々豊岡さんにも希望として伝えていたし、私としてはむしろそれでお願いしたい。可能性はゼロに近いぐらい低いだろうけど、まだ何かしらの奇跡が起こって私が元の体に戻ることだって考えられるのだ。その時に戸籍がなくなっていたら正直困るもんね。


 続いては実家の買取の打診についてだ。


 探索庁としては当然うちの実家を中心に再開発を行い、国内3つ目のダンジョンの街として生まれ変わらせたいらしい。私が持つダンジョンのイメージとしてはクリーンな炭鉱みたいな感じだったのだけど、今日渋谷ダンジョンを見てガラッと変わったんだよね。

 私みたいな中年層は故郷の発展のためなら再開発を受け入れるだろうけど、お年寄りたちは自分たちの暮らす場所を好き勝手にさせるかと反発するかもしれない。


 私がふと思ったことを和明さんに話すと、彼は何やら深刻そうな表情で自分の顎を右手の手のひらで撫でた。


「故郷への思い入れによって再開発が妨害されるというのは、昔からあることですが……今回は世界規模で影響が出る話ですからね。多少買値を吊り上げてでも円滑に進める必要がありそうです」


 お役所というのは仕事が遅いという印象があるけど、今回の件に限っては話を聞いてその日のうちに私に会ってこうして話をしてくれているわけで。それを考えると、用地買収もスピーディーに行われるのではないかと思った。


「それで、三原さんのお宅ですが……手つかずな新規ダンジョンへの入口が敷地内にあるということも考えまして」


 そこで一度言葉を切って、和明さんは人差し指、中指、薬指の3本を立ててこちらに示した。3000万円ぐらいかな? 田舎の土地だしおそらく現在の価値としてはその3分の1以下だろう。そう考えるとダンジョンという要素を含めたとしても、探索庁はずいぶんと高査定をしてくれたようだ。


 しかし次に和明さんの口から飛び出てきたセリフに、私はびっくり仰天してしまった。


「30億円でどうでしょう?」


「……は?」


 とんでもない金額に、思わず聞き間違いしたのかと思った。しかし思わず零した私のため息混じりのかすれ声を、和明さんは違う意味に取ったらしい。


「そうですね……新規のダンジョンとなると、この価格ではいささか不満に思われるのは仕方がないと思います。ですが周囲の開発や立ち退きのための資金を考えると……プラスできるのはあと5億円程度ですね」


 あまりに現実味が無さ過ぎて思わず呆けてしまったが、我に返った私は両手を前に突き出して手のひらを左右に何度も振った。いやいやいや、高額過ぎますって。


「逆です、逆! 高額過ぎてびっくりしただけで!!」


「そうですか? ダンジョンが探索者に公開されたら、おそらく1年でペイできる程度の金額ですが」


 ダメだこの人、普段から仕事で扱うお金の数字が大きすぎるのか金銭感覚がすごいレベルで麻痺している。しかも官僚さんなのだから、扱うお金が国民の血税だっていうのがまた業が深い。


「それに詳しくはないですが、これって税金かかりますよね? 私の手元に入ってくるのって、結局10分の1ぐらいなのでは……」


「税金については法律に則って優遇措置が取られます。なにしろ莫大な国益につながる土地の売買ですからね。さすがに全て免除は無理ですが……」


 不動産の税金について全然詳しくないからわからないけど、優遇してもらったらどうなるんだろう。今後この体のままで生きていく場合、平均寿命で考えればあと70年ぐらいの人生があるわけで。そう考えるとお金っていくらあっても困らないんだよね。


 和明さんからも『お金はあって困るものではない』と説得されて、ひとまず最初の30億円で話を進めてもらうことにした。残りの5億円は周囲のご近所さんたちの家を買い上げるときに、加算分にでもしてもらえばいいかな。


 周囲の家については、現状の相場程度から話をはじめるそうだ。ただこの話が漏れて外国勢力がより札束を叩きつけて買い取ろうとする可能性もあるので、そうなった場合はその限りではないらしい。ただそんな事態にはならないように、スピード感を持って事に当たると和明さんはしっかりとした口調で明言した。


「ええと、三原さんの希望として伺っているのは、あとは売却後の住居とのことですが」


「そうですね、住む場所が無くなってしまうので。引っ越し先を斡旋してもらえるとありがたいのですが……でもよくよく考えると、これは探索庁にお願いする話ではないですよね」


「いえいえ、頼っていただけるのは嬉しいですよ。今からお話することは選択肢のひとつとして考えていただきたいのですが、やはり現在の日本では中身が大人であっても小学生の子供がひとりで生きていくというのは、かなりハードルが高いかと思われます」


 穏やかな声でそう語りかけてくる和明さんの言葉には、私に対する心配が含まれていた。確かにそうなんだよね、私も彼の立場なんだったら他人事ながら『子供がひとりで暮らしていくなんて無理だろ』と否定する自信がある。こうして心配して諭してくれる和明さんは、人格者だと感じた。


「そこでどうでしょう、もしも三原さんがよろしければ私たち夫妻の養子になりませんか?」


 その提案に私は驚きで目を剥いた。まだ出会って数時間しか経っていない怪しい子供を、まさか自身の養子になってはどうかなどと言い出す人がいるなんて思わなかった。一瞬だけ『私がもらえる実家の売却益を狙っているのでは?』なんて疑いの目を向けそうになったが、それならもっと私との関係性を深めて信頼させてから言い出すのではないだろうか。


 それにここまで話してみて、和明さんは誠実な態度と交渉内容を終始口にしていたと思う。ひとまずすぐに断らずに、彼の話を聞いてみてもいいのではないだろうか。


「そんなことをして、あなた方になんのメリットがあるんですか?」


「唐突なのは承知していますし、怪しく思われても仕方がないでしょうね。ただ三原さんがいくら自身のことを大人だと自称しても、今日はじめて会った私や妻には可愛らしい女の子でしかなく庇護すべき対象なのですよ。それに……」


「……それに?」


「あなたが私たちの娘になるのであれば、妻にも事情を説明できますからね。家族の中で娘と私が事情を知っているのに、妻だけ除け者にするのは非常に精神的に辛いというか」


 冗談めかして言ってはいるが、おそらくこれも和明さんの本音なのだろう。確かにそうだよね、今日会ったばかりだけど和明さんと小百合さんが仲良し夫婦なのは見ればすぐにわかる。そんな愛する伴侶に隠し事をするのは、さぞかし後ろめたい気持ちになるんだろうね。孤独な独身アラフォーだった身としては、キレイで優しい奥さんがいるだけですごくすごく羨ましい。


 後はダンジョンへの入口がある土地の権利を持つ私の身の安全の確保とか、ごもっともな理由をいろいろと聞かせてもらったけど、小百合さんへの内緒ごとがあると辛いという話がもっとも説得力があったような気がする。


 すぐに答えを出せる話でもないので、返答はしばらく待ってもらえるようにお願いした。ただ和明さんもさすがにデキる男で、答えを出す間は高月さんのお宅に滞在することを約束させられたのは言うまでもない。

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