第45話 大惨事

 馬車はティレンの町を出て一路ブレガへと向かっている。

 将軍は子供たちを受け取ると同時に出立できる準備を整えてあった。

 そのために馬車の外にはいつの間にか千名もの兵士が取り巻いている。

 その日はできるだけ遠くまで移動することになっていた。

 子供を取り戻しにくるという暴挙をするとは思えないが、危険は少しでも避けるにこしたことはない。

 そんなわけで食事も取らずに移動を続ける。

 当然のことながらお腹が空いた。

 子供たちは空腹を訴えて騒ぎ出す。


「僕たちを飢え死にさせるつもりなんだ」

 少し年上の子供が叫ぶと馬車内は騒然とした。

 馬車の扉を開けようとするが外からロックされていることがパニックに拍車をかける。

「バカね。そんなまだるっこしいことするはずがないでしょ」

 僕をずっと睨んでいる女の子が皆に言った。

「ハルファ。そんなの分からないじゃないか」

「人間は10日ぐらい食べなくても死なないわ。それにその男も乗ってるでしょ」

 子供たちが一斉に僕を見る。


「えーとね、急いでいるとお昼は食べないことがあるよ。その代わり夜はお菓子が出る」

「じゃあ、今日も出るかな?」

「お菓子ってどんなの?」

「クエルもお菓子は好き?」

 口々に喋り出した。

 みんな裕福な家で育ったらしく、日常的にお菓子を食べていたらしい。

 それぞれ、好きなお菓子は何かを披露する。

 僕の知らないものがあるので質問すると得意げに説明してくれた。


「あのね、なつめやしとかナッツが入っていて美味しいんだよ。温かいうちに食べるの」

「揚げたパンをすごく甘い蜜に漬けてあるのが好き」

 甘いものの話を聞いているとそれだけで胸が一杯になる。

 それは子供たちも同じだったようで、しばらくするとみんな目を擦り始め、やがて眠りについた。

 一応僕は仕事中なので目を開けておく。

 上手く子供たちに溶け込めて良かったなあ、ということを考えた。


 まあ、僕は童顔なので髭もじゃのおじさんや厳格な表情の将軍よりは親しみやすいところはあるのだと思う。

 それにうちの家は小さな弟や妹がいるので僕は子供の扱いに慣れていた。

 だから、子供を相手にするときの呼吸は分かっている。

 子供というのは気分屋ですることに一貫性がないので、昨日上手くいった行動が今日も功を奏するとは限らない。

 相手に合わせてその辺りを臨機応変に対応する必要があった。

 とりあえず数人の子供とは一時的にせよ友好的な関係を築けたと思う。

 ただ、ハルファと呼ばれていた子と他に2人ほどは僕への警戒心を解いていなかった。

 特にハルファは眠りにもつかず僕のことを睨んでいる。


 正直なところ僕のことをこれほどまでに睨む理由が分からない。

 ただ、他の子供よりも年齢が高いので、自分の親の立場を理解しており、明確に帝国を敵とみなしているんだろうなと想像していた。

 最初は素知らぬふりをしていたのだけどあまりにじっと睨んでくるので僕もハルファの顔に視線を向ける。

「何よ」

 たじろぎながら言葉を叩きつけてきた。

 僕は腕ににしがみついている子を起こさないように苦労しながら唇に指を当てた。

 ハルファは声量を落としながらも言葉を続ける。

「気に入らないなら私を殺せば。父さんを殺したように」

 

「僕が君のお父さんを?」

「あなたが直接手を下したのかは知らないわ。だけど帝国が攻めてきたときの戦いで父は死んだの。あなたもその戦いに参加して活躍したのでしょ。あなたが殺したのと一緒よ」

 僕は無茶苦茶だと思った。

 その理屈はおかしい、と指摘しようとして口を開きかけたがやめる。

 さすがにハルファも八つ当たりをしているというのは分かっていそうだった。

 怒りや悲しみをぶつける相手として僕がたまたま近くにいて都合が良かったに過ぎないのだろう。

 僕は立派な軍礼服を着ていて、それでいて将軍ほどは恐ろしげじゃない。

 文句を言うにはうってつけだろう。


「僕は殺さないよ。君が何もしない限りは」

 それだけ告げて僕は視線を逸らした。

 これ以上今ここで言葉を交わしたところでお互いの理解が進むとは思えない。

 残念だけど全ての人とすぐに話が通じるわけじゃなかった。

 ブレガに来たときにいた王国駐屯軍の人たちから僕はそれを学んでいる。

 あの時は僕には十分な時間は与えられないまま終わった。

 今回、ハルファとはどうだろうか?

 それからは僕はカーテンの隙間から外を眺めて時を過ごす。


 ついに馬車が止まって周囲が騒がしくなり始める。

 どうやら今夜の野営地に到着したらしい。

 しかし、止まってもしばらくは馬車の扉は開かなかった。

 野営地の準備に忙しそうにしている兵士の姿が見える。

 あ。つい馬車に乗っちゃったのは仕方ないけど、そのせいで僕が宿営でやるはずだった仕事を誰かがやらなきゃいけなくなっているかも。

 やきもきしたが扉はまだ外からロックされていた。

 1人が目を覚ますと、それを皮切りに子供たちが次々と起きて騒ぎ出す。

「ねえ、ねえ。どうして外に出られないの?」

「もう降りたいよ」

「ねえ、おしっこ」

「僕も」

 最後の2人の一言で僕は外に叫んだ。


「扉を開けて。緊急事態だよ!」

 それに応じて外が騒がしくなり、ガタゴト音がする。

 僕は扉が開くと同時に尿意を催したと言う子供を両脇に抱えると外に飛び出した。

 その勢いに扉を開けた兵士がのけ反る。

 場所を選んでいる時間はないと判断して馬車の後ろに連れていった。

「ここでするよ」

「えー、やだよ」

「恥ずかしいよう」

 2人はもじもじしながら我慢をする。

 僕がズボンを下ろそうとするのは嫌がった。


「ほら、僕も一緒にするから。誰が1番長くできるか競争だ」

 仕方がないので僕も露出する。

「早くしないと負けにしちゃうよ」

 2人は慌ててズボンと下着を一緒に下げ、小さなモノを出すと放尿を始めた。

 僕もこうなったらするしかない。

 3人で仲良く立ちションをした。

「クエル。どうした? 大丈夫か?」

 ローフォーテン将軍の声が響く。


「あ、閣下。実はそのう……」

 兵士が答える。

「なんだ。はっきりしろ。ええい、クエルは無事なのか? そっちにいるのだな?」

 砂を踏みしめる音がした。

 途中で止めようと思ったが上手くいくわけがない。

「クエル……」

 将軍の声が途中で途切れる。

 大きく目を見開いて固まる姿を見て僕は悶絶しそうになるほど恥ずかしかった。


 



 

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