第25話 ティレンとの戦い

 ティレンから出陣してきた軍と町の城壁が遥かに見える距離で激突する。

 敵の数は公称で5千。

 帝国軍の物見の報告では3800だった。

 いずれにせよ味方の約4倍から5倍の大兵力になる。

 砂漠に向かって北からぐっと高地が張り出した麓にあるティレンは水も豊かであるし、背後に馬の産地も控えていた。

 そのため砂漠に連なる都市群の中でもひときわ多くの兵を擁している。

 数的に優勢なことから会戦での決着を選んだものと思われた。

 それにジョイス什長に言わせると帝国の遠征軍には構造的に欠陥があるとのことである。


 まず、各軍から少数ずつ派遣された寄せ集めな上に、いくつかの部隊はローフォーテン将軍に非協力的だった。

 派遣元の軍の指揮官の中に選定候の一人でローフォーテン家と対立しているガルブレイス侯爵派に属する人が含まれている。

 僕に絡んできた第17軍なんかはその筆頭らしい。

 将軍からの命令に対してさりげなくサボタージュするように指示を受けているはずだと什長は言っていた。


 ただ、敵が出陣してくるとなると話は別である。

 負ければ自分の命が危ないとなれば戦わざるを得ないのだった。

 それに、乱闘騒ぎとその後の処罰で、ローフォーテン将軍に対する個々の人間の感情はかなり好転している。

 そして、偉い人の思惑はともかく現場には現場の都合もあるよね、という意識もあった。

 僕はもともと迷惑をかけっぱなしで申し訳なく思っているし、将軍がそんな気の毒な立場で指揮をしているということに同情して発奮する。


 戦いは銀色の鎧姿も凛々しいローフォーテン将軍が非常識にも自ら突撃を敢行することで始まった。

「突撃!」

 開戦を宣言すると同時に白馬を駆ってまっすぐに敵陣に突っ込むと、当たるを幸いに敵をなぎ倒しつつ前進を続ける。

「半包囲して弓騎兵で出血を強いつつ俺らを弱らせるつもりだったんだろうが、あの姫さんには通じなかったみてえだな。それじゃ行くぜ」

 ジョイス什長の合図で僕らは吶喊した。


 ティレン軍は広く翼を広げて布陣していたが、先手を取られて連携が悪い。

 ローフォーテン将軍の突出で中軍から孤立した敵右翼に僕たちは攻撃を集中させた。

 それでも、まだ敵右翼だけで味方全体と同数の兵士がいる。

 最初はまだ敵にも余裕があった。

 ティレン軍は騎兵が半数を占める構成になっている。

 1対1ならともかく、集団としては騎兵の突撃は歩兵に対して強力な打撃となった。

 帝国軍の騎兵は2割ほどしか居ないのでティレンの方がその点でも有利である。

 しかも、その騎兵の3割近くが駱駝騎兵だった。

 馬という生き物は本能的に駱駝を嫌うらしく、こちらの騎兵を牽制することができる。

 ただ、こちらが攻勢に出ることで兵種による不利はある程度解消されていた。

 馬や駱駝だって助走がなければ突撃に必要なトップスピードにはならない。


 僕は什長たちと一緒に駆ける。

 まだ、騎乗の腕前が十分でないので戦いの前に下馬していた。

 治療を受けてからは脚の軋みはかなり良くなっていたし、走り込みを続けていたお陰で息を切らせることもなく接敵する。

 そのタイミングで、エイラが丸薬を口にして狼に姿を変えると遠吠えをした。

 馬も駱駝も狼を恐れることでは変わりが無い。

 近くにいた敵はたちまちのうちに列を乱し始める。

「た~のしい~」

 たぶん、そういう意味の喜びの雄叫びをあげてエイラが噛みつき爪を振るった。

 僕は左右をベテランの先輩たちに固めてもらった状態で剣を振るう。


 そこへ1度敵陣を駆け抜けたローフォーテン将軍とその直卒部隊が再び突っ込んできた。

 ティレン軍にとっての最大の脅威は蛮勇を振るう将軍である。

 そちらに優先的に対応するように敵軍の中で指示が飛んだ。

 ということはつまり、僕らへの備えが薄くなるということである。

「今だ。押せっ!」

 ジョイス什長が叫んだ。

 そこに先輩たちほどは健脚じゃなく、途中で乱れた息を整えていた第2陣が到着して圧を加える。

 ちなみにシモンはこの第2陣の中にいた。

 明日からはランニングをするように厳しく言わなくちゃ。


 将軍も今回は駆け抜けることはせず、僕らと呼吸を合わせて敵を挟撃する。

 ティレン軍の右翼は瞬く間に数を減らして壊走を始めた。

 相手にしてみれば戦いが始まってすぐに味方の3分の1が消えたことになる。

 僕の目から見ても残りの兵の多くが明らかに浮き足立っていた。

 そしてティレン軍の左翼が戦闘参加しようにもこの位置関係では味方の中軍が邪魔になって移動にもたついている。

 遊兵を作らないという軍事の基本に反していた。

「残りも片付けるぞ!」

 ローフォーテン将軍の呼びかけに僕らは歓声で応える。


 この状況では直接戦っている彼我の兵数はほぼ変わらないため勢いがものをいった。

 将軍を先頭に帝国軍はティレンの中軍に雪崩れ込む。

 緻密な計算に基づいて飽和攻撃をすればまた話は違うのかもしれないが、各自が勝手に将軍に挑んでも全く勝負にならなかった。

 アイリーンさんもトゲトゲのついたフレイルを振り回し将軍を支援する。

 2人が穴を開けた後の取りこぼしを相手にすればいいので僕たちは楽だった。


 エイラは最初に力を出しすぎて疲れてしまったようなので、僕の後ろに控えさせる。

 先輩たちも少し疲労が見え始めていたが、まだまだ動けていた。

 僕はクリスが側にいることを想像して余力を振り絞る。

 それに迷惑をかけまくっているローフォーテン将軍の目の届くところで不様な姿は見せられなかった。

 夢中で戦っているとジョイス什長が叫ぶ。

「クエル。戦列を乱すなっ!」

 慌ててみんなと足並みを揃える。


 先輩たちから声がかかった。

「近衛隊長にいいところ見せたいんだろうが落ちつけ」

「活躍してワンナイト狙おうってのか?」

「さすが若いねえ」

 違います、と言いたいが僕も疲労しており喉の渇きの為に口が上手く開かない。

 それに引き換え先輩たちはまだ軽口を叩く余裕がある。

 中軍に大きな損害が出ると敵は一気に崩れて逃走に移った。

 騎兵の中は逃げることに成功した者も出るが、歩兵はあらかたが捕虜になる。

 そんなわけで、僕らは快勝した。

 まあ、ローフォーテン将軍が呆れるほど強かったというのが最大の要因ではある。

 一騎当千という言葉があるが、将軍のためにあるとしか思えなかった。

 

 捕虜の武装解除を終えるとローフォーテン将軍はそのまま軍をティレンの町近くまで進める。

 後方に置いてあった長い柄を持つ投石機であるトレビュシェットが運ばれてきた。

 組み立てを始めると共に将軍は降伏勧告を行う。

 野戦で数倍の兵を有しておきながら惨敗したことで、ティレンの町の強硬派が失脚したらしく、石弾が飛ぶ前に帝国に対して白旗が掲げられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る