間奏曲 男爵ハリー
もともと見どころがあると思っていた新兵である。
クエルという名の小柄な青年は、ガッツもあるし飲み込みも早い。
私の厳しい訓練に耐えて短期間で兵士として仕上がった。
ただ、権力争いに巻き込まれて訓練部隊の隊長という名ばかりの顕職に祭り上げられた私には訓練後の配属先を決める権限はない。
あまり良い評判を聞かないブレガの町の駐屯軍にクエルを送り出す。
次の新兵たちに訓練を施しながら、密かに気にかけていた。
軍に長く居るのでそれなりに伝手はある。
ブレガが噂以上にがたがたの状態であるという情報が入ってきた後に次々ともたらされる知らせには驚かされた。
ある意味で順当な結果とも言えるが、クエルが掃き溜めで腐ることなく、1人コツコツと業務をこなし強盗団の撃退に少なからぬ貢献をする。
その活躍がなければこの間の争乱での我が国の軍の説明には恥の一語があれば十分だった。
さすがに王国首脳部もその意味を正確に理解し、事態の収拾と面子の保持のために現地に将官を派遣することになる。
重要な任務ではあったが、所詮は不利な立場での交渉事には違いない。
他に手隙の者がおらず、ブレガに比較的近くにいたということで、私に白羽の矢が立った。
クエルの元へ派遣されるのは私も望むところだったのですぐに現地へと馬を飛ばす。
随行は気心の知れた僅かな人数だけにした。
ブレガに到着しローフォーテン将軍と面談する。
噂に聞くよりも若く、冷淡さの影になりがちだが類い希な美貌をしていた。
そして、圧倒的な強さを感じさせられる。
温雅な表情を保っていたが、あまり歓迎されていない気配を感じた。
それはそうだろう。
当方のやらかしたことを思えば不快感を感じていても仕方ない。
威丈高に私を非難することができる立場だった。
王国側からの賠償や不足資機材の引き渡しなどについて事務的な話し合いをする。
それが終わると、ローフォーテン将軍はついでのようにクエルの伍長への昇進に対する事後承認を求めてきた。
「差し出がましいが、功績を上げたのに何もなくては不満が募ると思ってな」
言外に王国軍は信賞必罰を徹底しないから軍紀が乱れるのだと臭わせる。
もちろん私に否やは無い。
むしろ好都合であった。
「そこまで気を回して頂き申し訳ありません。一両日中には正式な辞令を交付しましょう」
ローフォーテン将軍は僅かに頬を綻ばせる。
帝国軍が王国軍の人事に嘴を挟んだという実績を作れて満足なのだと思われた。
小さなことでも足跡を残すことが重要である。
今後、この件を引き合いに出して我が軍の人事に介入することができるはずだった。
強いだけでなくなかなかの策士でもあることに舌を巻く。
まあ、何かと風当たりの強いローフォーテン家の姫はこれぐらいでないと務まらないのかもしれない。
こちらとしてはやむを得ずという雰囲気を出しておいたが、その実、クエルの昇進は公的にも私的にも歓迎することだった。
ブレガで若き勇士が奮戦し帝国と協力して敵軍を撃破。
これが王国の今回の事件の公式な記録となる。
不良兵士の反乱には触れない。
そうである以上、クエルには華々しく昇進してもらう必要があった。
4階級昇進というのはいかにも大活躍した印象を与える。
本当は停滞していた事務処理分を含むのだが、世間にはそんな事情は公にするつもりはなかった。
一方で、他の軍人には納得のいく内容である。
なかなかに絶妙な昇進具合だった。
そして、個人的には末娘のソフィにクエルを勧めやすくなっている。
姉たちにいい伴侶を見つけてやっていたのを見ていたソフィはことあるごとに私に圧をかけてきていた。
「パパ。私にもステキな旦那さん見つけてきてね」
そうは言われても以前と比べてわたしの部下にいい男が少なくなっている。
娘が満足しそうな者が見つからず困っているところに現れたのがクエルだった。
資質としては最高だし、結婚すればソフィが満足する自信はある。
しかし、さすがに一兵卒では釣り合いが取れない。
肩書きに振り回されるのは愚かだが無視するのはやり過ぎだった。
一応、我が家も爵位はある。
伍長はそれほど高い地位ではないが、そこまで到達すれば、百人長までの道筋は見える位置だった。
クエルはまだ若いことを考えれば将来性を評価して夫に選んだという説明ができる。
そういうわけで、ローフォーテン将軍からの進言はありがたかった。
将軍との面会を終え、部下に昇進手続を命じてから、クエルを食事に誘う。
今回事件の背景について説明をしてやると熱心に聞いていた。
学習意欲が高いというのも感心する。
そして、ついに結婚話を振ってみた。
家族で描いてもらった肖像画の複製を使ってソフィの外見を示した。
クエルの反応はあまり良くはない。
故郷に想い人でもいるのかと思ったがそうではないと言う。
真面目な顔で余命が無いと告白した。
私は治療師ではないが軍人である。
それこそ、敵味方がたくさん死にゆく姿を見てきていた。
クエルに死病の臭いはしない。
「誰だ、そんないい加減な話をしたのは? 帝国側の治療師の記録を読んだがそんなことは書いて無かったぞ。偽関節ができているというのは書いてあったが、とりあえず、そんな重篤な症状があれば見逃すはずはない」
その見立ては誤りでは無いかと指摘する。
クエルはホッとしたが、会いたい友達を捜さなくてはならないので結婚はできないと言った。
どうも結婚を断るための方便としてそう言っているわけではないらしい。
私はとりあえず人捜しへの助力を申し出ておく。
翌日、ランニングや馬術の訓練に勤しむ姿を見てますますクエルが欲しくなった。
本人の真面目さもさることながら、ベテランの風格を漂わせる什長がすっかり保護者面をしていることがその気持ちに拍車をかける。
これはうかうかしていると帝国軍に取られてしまうかもしれない。
その不安はすぐに的中した。
クエルを正式に王国軍伍長に任命しているとローフォーテン将軍の使いがやってくる。
重要な打ち合わせがあるのでお越し願いたいという依頼だった。
帝国軍と調整をするために派遣されている身としては参上しないわけにはいかない。
クエルの肩を叩いてお祝いの言葉を述べるとローフォーテン将軍の元に向かう。
将軍は笑みを浮かべてソファを勧めた。
これは気を引き締めた方がいいらしい。
慎重に用件を伺うとブレガ駐屯の王国軍が帝国に与えた損害の賠償について提案してくる。
「町に与えた損害は別として帝国軍にも被害が出ている。その補償の一環として、貴国にもティレンへの派兵を要求する。とはいえ、急に人数は揃えられまい。とりあえずクエル伍長は寄こして頂こう。よろしいな?」
これは優秀な兵士の囲い込みのための方策ということは明らかだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます