間奏曲 王国兵シモン
あっぶな。
裏切ったオレに制裁を加えようという計画が進行しているのを見聞きしながら、牢獄の鉄格子にしがみついているのは心臓に悪い。
一応は監視のための警備兵がいるので、目の前で私刑にかけようというのは止めてくれると思う。
だけど、帝国兵だしなあ。
砂漠の強盗団に顎で使われていた元王国兵が1人どうなったところであまり気にしないかもしれない。
いつ監視の目がなくなるかとやきもきしていたら、赤毛の女性騎士を連れたクエルがやってきた。
命じられた兵士がオレを雑居房から出して独房に移す。
クエルはこれしかできなくてごめんねと謝っていたが、これでもオレを当面の危機から救うには十分だった。
まあ、攻め込んできた集団に混じっていたオレを脅されてやっていたとはいえ厚遇する理由は帝国軍にはないだろう。
まったくもってクエル様さまであった。
疲れているだろうにわざわざオレの配属命令書を探してくれたらしい。
どうもクエルもオレと同じく税金代わりに兵役に就いているようで同情してくれているというのはあるようだった。
それにしたって、自分が生き延びるのに精一杯の立場である。
見るからに純朴そうな見た目通りの性格をしているようだった。
そして、典型的なお兄ちゃん気質と思われる。
「クエル。早く出してくれよな」
鼻声で訴えると疲労の陰が濃いのに善処を約束してくれた。
思ったとおりだ。
クエルはオレの姿に誰かを重ねている。
弟ポジションに収まって甘えるという作戦は正解だった。
これはちょろいな。
そう思ったがその後ろに控える女性騎士の瞳が気になる。
やりすぎは控えることにした。
それにしてもクエルは何者なんだろう?
兵装といい、挙動といい新兵なのは間違いないのに、帝国軍の扱いがやたらと丁寧である。
その理由を知りたいところであったが、牢に居てはそれもままならなかった。
ただ、確実に言えるのはオレの処分はクエルの温情にかかっているということである。
実際のところ帝国の兵士や騎士の態度に友好的な要素はなかった。
独房に入れられたお陰で無事に翌朝を迎えることができたオレは丸1日ほど放置されていたが、ようやく尋問のために牢から出される。
他の捕虜が重い鉄鎖で鉄球につながれていることからすると、木製の手枷をつけられているだけというのは相当優遇されていた。
オレを連行している兵士たちの囁き声が耳に入る。
「木枷で大丈夫かな?」
「まあ、命令じゃしかたあるまい。それに木枷をぶっ壊すなんて真似はそう簡単にできるもんじゃない」
「確かにそう何人もいても困るな」
なんのことだろう?
疑問に思っているうちに尋問される部屋に着いた。
オレの記憶では散らかしぎみだった会議室がすっかりきれいになっている。
騎士が紙切れを手にしながらオレの来歴について次々と質問してきた。
自分のことなので答えられないことはほとんどない。
出身地のネール村がどこの州にあるのかというのだけは分からないと返事をする。
騎士の目が細くなった。
「自分の村がどこにあるのか知らないのか? おかしくないか?」
「あのね、騎士さん。オレは兵役に出されなければネール村と隣町ぐらいしか知らなかったんだぜ。村がどこにあるかなんてこと知る必要がないよ」
「じゃあ、ここに配属する前に訓練を受けた場所は?」
「訓練基地」
「そこの隊長の名前は?」
「なんだろう? 隊長殿としか呼んでないから知らないよ。陰ではハゲマッチョって言ってたけど」
騎士は思案顔になる。
オレはここぞとばかりに訴えた。
「こんな面倒な質問していないでさ、ここの基地にいた王国兵の誰かを連れてくればオレのこと覚えてるって。クエルしか居ないってわけじゃないんだろ?」
「いや。ここに駐屯していた王国兵はもうクエルしかない」
「冗談だよな?」
「本気だよ」
予想外の展開にオレが黙り込むと部屋の横の扉が開いて、2人の女性が入ってくる。
タイプは違うが2人も美人が入ってくるだけで場が華やかになった。
残念ながらオレを見る目に温かみはあまり無いようである。
「どうだ。身元は確認できたか?」
将軍と呼ばれていた金髪の女性が騎士に質問した。
「クエル殿の探した書類の中身と回答は概ね一致しています。ただ、いくつかの事項は知りませんでした」
整った顔立ちの双眸に氷のような冷たさが宿る。
「貴様。何が狙いでクエルに近づいた?」
放射される圧力にオレだけでなく、今まで尋問していた騎士も目を丸くした。
赤毛の女性騎士が驚く騎士に声をかける。
「ここは将軍と私で引き受けるわ。他の捕虜をお願い」
「……了解しました」
部屋の中に3人だけになると赤毛が金髪の将軍を宥めた。
「閣下。確かに怪しいところもありますが、少し落ち着いてください」
「落ち着いている」
「では、その圧を少し抑えてください。彼、漏らしそうですよ」
将軍は鼻をフンと鳴らす。
「それも計算のうちだ。まあ、こやつは根性もなさそうだしスパイというわけではなさそうだな」
一瞬、斬られるかと思ったオレの体は総毛だっており、歯の根も合わなかった。
「しかし、わずかでも危険性があるなら排除すべきだな。後腐れないように他の捕虜と同じ処分でいいだろう」
「一応は王国軍に照会をかけた方がいいのでは?」
赤毛の女性が耳打ちをする。
しばらくオレの耳に聞こえない大きさの声で2人は議論をした。
時折将軍と呼ばれる女性がオレに向けてくる視線にはなぜか敵意がたっぷりと含まれている感じがする。
戦いの際にオレは城壁に向かっていったが、手をかけていた梯子の横木に煉瓦が当たったときに叫び声をあげて飛び降り蹲ったので誰1人城壁を守っていた人間を傷つけてなかった。
そこまで憎まれる理由はないはずである。
オレは何もしていないことを説明しようと思ったが、下手に会話に割り込むだけで斬られるかもしれないと黙っておいた。
結論が出なかったのか、その日は結局オレは独房に戻される。
翌日も再び尋問のために呼び出されたが、そこには濃緑色のフードを被った人間が加わっていた。
この審問官に魔法を使って問いかけられると真実しか語ることができないという特別な人間である。
普通はオレのような一兵卒の尋問に出てくる存在ではなかった。
オレは嘘は言っていないので最初はこれで疑いが晴れると喜ぶ。
しかし、尋問が始まって最初の方は良かったのだが、質問の後半になると自然と口をついて出る言葉には冷や汗をかくことになった。
「クエルについてどう思う?」
「素直で純朴だし、弟っぽい振る舞いをして甘えればつけ入りやすそう」
対象が帝国軍ではなくクエルなので致命的な失言にはならないだろうという期待はもろくも崩れる。
将軍が美しい面上に朱を刷いて目を怒らせていた。
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