第10話 相乗り
「私が一緒に行く」
「忙しい将軍の手を煩わせるわけにはいきません。まだ掃討中でしょう?」
「もう大勢は決した。これ以上出しゃばって部下の手柄を取るつもりはない」
素直にはいと言うわけにもいかず少し逡巡していると将軍は馬上から手を伸ばしてくる。
「ただ、馬で行った方が速いのは確かだ。乗れ」
と、言われましても……。
僕は4級兵なので、将軍との階級差は、えーと。
よくわからないけど、10ぐらいあるんじゃあるまいか。
そんな将軍閣下と相乗りなんてあり得なさすぎる。
「さすがにそれは畏れ多いです」
「私がいいと言っている」
助けを求めて周囲を見回すが、アイリーンさんも早くという表情をするだけだった。
さらにローフォーテン将軍が身を乗り出し手を差し出してくる。
配下の騎士の1人が馬から滑り降りた。
「閣下。私の馬をクエル殿……」
ローフォーテン将軍はさっと姿勢を戻すと発言した騎士を振り返る。
途端に騎士はそれまでとは別の言葉を口にした。
「差し出がましいことを申し上げました」
少々顔色が青ざめている。
騎士に顔を向けているローフォーテン将軍の表情は僕の位置からは見えない。
将軍が頭を僅かに動かすと騎士は再び馬上の人となった。
他人を押しのけて馬に乗るのも勘弁してほしい僕は動けないでいる。
そんな僕にローフォーテン将軍は再びこちらに向き直って手を差し出してくる。
「早くするんだ。それともそれほど私と相乗りするのは嫌か?」
「そうではなくてですね。僕なんかが将軍と一緒に乗ると色々と問題があると思うんです。身分が全然違いますし」
「ここは戦場だ。そんな下らんことは気にするな」
なおも僕は逡巡したが、周囲の人たちもみんな早くしてくれないかなという顔をしていたので仕方なく将軍に向かって手を出す。
「それでいい」
そう言ったかと思うとローフォーテン将軍は僕の手首をつかんだ。
次の瞬間には引きずりあげられて鞍の上に座らされている。
確かに僕は小柄だけど、一応体は鍛えてあるはずなのにまるで子供扱いだった。
僕は将軍の前に座らされており、手綱を握った手が腹部をしっかりと抱き抱えている。
「はっ」
掛け声と共に馬が走り出した。
よほどよく訓練されているらしい。
そして気になるのは僕がローフォーテン将軍にお尻を向けていることである。
敵に向かって尻を突き出し叩くというのは伝統的な挑発の方法だった。
ズボンや下着を下ろしてぴしゃぴしゃやるのが正統な作法だというのも訓練部隊のハリー隊長に教わっている。
それを抜きにしても一般的に偉い人に背を向けるというのは無作法だった。
「申し訳ありません」
「何がだ?」
頭の上から声が降ってくる。
体を捻ると僕を見下ろすローフォーテン将軍と目があった。
やっぱり背が高い。
「いえ、その、背後を将軍に向けるのは失礼かと」
「気にするな。クエルの無事な姿を見せてやった方が百人長も落ち着くだろう」
将軍は口の端に皮肉な笑みを浮かべる。
「今頃はクエルがどうなったかと真っ青になっているに違いない。まったく。あれほど目を離すなと言ったのに」
あ、不寝番に組み込まなかったのは僕を戦場に出さないためだったのか。
それなのに勝手に参加して城壁から落ちちゃったんだから、百人長に悪いことしちゃったなあ。
「あのですね。それは僕が悪いんです。百人長さんは悪くありません」
ローフォーテン将軍はふっと笑う。
「それなら前を向いて胸を張り顔を見せてやれ。少しでも奴が安心できるようにな」
言われた通りにするともう城壁がかなり近くなっていた。
帝国ブレガからの歩兵の増援も来ているらしく城門が開け放たれており、投降した兵士を中に受け入れ始めている。
城壁の上から大きな声が響いた。
「将軍閣下!」
百人長が敬礼をしている。
背後で槍を掲げた動きを感じた。
かがり火に横から照らされた百人長の顔が明らかに安堵の表情になる。
作業をしていた兵士たちから一斉に喚声が沸き起こった。
「ローフォーテン閣下。ばんざい!」
「帝国に栄光あれ!」
「勝った、勝った!」
手が空いている兵士たちがざっと敬礼をする。
その表情が急におやというものになった。
視線が僕に突き刺さる。
僕の頭上から大きな声がした。
「此度の勝利はファーレン連合王国の協力の上でのものである。王国駐留軍代表のクエル殿にもその栄誉を受ける資格がある」
それに幾人かの兵士が応じる。
「ファーレン連合王国に栄光あれ!」
「クエル! クエル!」
「小さな無鉄砲野郎」
声がした方を見ると城壁の上で僕の近くにいた兵士が親指をあげていた。
「無茶しやがって!」
僕に向かって笑顔で手を振ってくれている兵士が何人もいる。
中には煉瓦を頭上に掲げている人もいた。
城門の中に入ると僕は礼を言ってそそくさと馬から降りる。
なぜか不満げな表情のローフォーテン将軍も下馬するので、頭を下げて改めて礼を言った。
「馬に乗せて頂いてありがとうございました」
「礼には及ばんよ。将軍ともなると色々と政治的に気を遣わねばならなくてね」
色々あったのに王国にも花を持たせてくれるという配慮をしたということらしい。
感心していると僕と一緒に城壁の修復をした兵士たちがわっと寄ってくる。
中には怪我をして包帯を巻いている者もいた。
それでも一様に興奮して僕に群がる。
もみくちゃにされながらあれよあれよという間に僕は彼らによって担ぎ上げられた。
「今夜の殊勲者だ」
「煉瓦投げのクエルだぞ」
わいわいと騒ぎながら兵士たちは練り歩く。
百人長の前まで連れていかれた。
「クエル。良くやった」
百人長は腕を差し出してくる。
僕がそれに応じるとぎゅっと力強く手を握られた。
「だが、あまり無茶をするもんじゃない。お前が梯子と一緒に倒れていったのを見たときは心臓が止まるかと思ったぞ」
「どうもすいません」
僕は恐縮して体を縮める。
「後で将軍にどやされそうだが、お前の活躍が無ければどうなっていたか分からんからな。警告を発してなければ敵に気づくのが遅れただろうし、城壁の修復が間に合わなければもっと早くに突破を許していただろう。まあ、その後は城壁の上で大人しくしていて欲しかったが、無事に戻ってきてくれて嬉しいよ」
「夢中だったもので」
「とりあえず、後処理をさっさと片付けよう。さて、もうひと踏ん張りだぞ」
周囲の兵士たちが足を踏み鳴らし、叫び声をあげた。
耳がおかしくなりそうなほどの音量である。
ようやく肩車から降ろしてもらえた僕は戦友と肩を組んで歩き出した。
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