処刑予定の邪神の生まれ変わりを逃がした少年、彼女から重い愛を受ける
有原優
第1話 逃亡
シドは、この国の一般兵だ。
この国に生まれ、その才覚を手に若くしてそれなりの地位に立った。
将来は将として軍を率いることを期待されていた。
「シド、今日からある任務に配属する事となった」
上司である、アルデュダが言う。この国の将の一人だ。
「はい、それは何でしょう」
「来てくれれば分かる」
その言葉にシドは首をかしげながらも、アルデュダについて行く。
その道は暗く閉ざされていた。松明の灯りだけを頼りに歩いていく。
そして最下層には一人の少女が眠っていた。彼女はぼろぼろの布切れを着ており、手には枷がはめられていた。
勿論、ある程度の自由は許されているが、シドの見た感じでは、牢からは出られてないという形だろうか。
「それで……」
シドはアルデュダを見る。
すると彼は静かな声で、「こいつの護衛を頼む」と言った。
それから、そこに眠っている少女、アナ グラシティの説明を受ける。
彼女は邪神の生まれ変わりだそうだ。
邪神アマスターとは、この国、ラスティニールの国土の半分を崩壊させたその張本人であり、歴史上最大の悪徳神と言われている。
この国で一番恐れられていることが、その邪神の復活である。
彼女は、国土の半分を崩壊させた後、封印された。
百二十七万三八九〇人もの人を犠牲に封印したのだ。
それが三七〇年もの時が経った今封印が解け、記憶を失った状態で復活したのだ。
しかし、力の使い方を覚えていないだけで、恐ろしい人物であることは何ら変わりがない。
記憶が戻り、再びあの惨事を起こすまでに処刑しろというのが国からの命令らしい。
その話を聞き、シドは思った。護衛とは名ばかりだと。
その数日後には処刑される運命なのだから。
看守と言った方が正しい意味になるのではないか。
「という訳だ。こいつは、三日後に公開処刑する。分かったか」
「その時までに守り通せばいいんですね」
「ああ」
「でも、せめてもう少し明るい空間が良かったです」
こんな暗い場所では出来る事は限られている。
「まあ、いいじゃないか。頑張ってくれよ」
「はい」
そしてここでの生活が始まった。
安心できることに別室が用意されており、水分食事などが置かれている。問題は、寝ている少女にも同じく分け与えなければならない事なのだが。
「大変な役目を与えられたな」
そう一人言つ。
ここから先大変な目に合う運命はもう見えている。
「んん」
数時間後、アナが目覚めた。
「あ、新たな看守さんですね。おはようございます」
そう、ぺこりと頭を下げる。
その少女に思わず見とれてしまった。
「どうしたんですか?」
「いや、何でもない」
そう、気丈に答えた。
見とれていることをばれてはいけない。あくまで看守兼護衛だからだ。
「私はいったいいつ処刑されるのでしょう」
突如として言われたその言葉。シドはすぐに返答することが出来なかった。
「近いのですね」
そのしょんぼりとした表情。処刑日が近いことが分かったのだろう。
そんな彼女を見てて、シドは少し辛くなった。
記憶喪失とは聞いている。つまり、彼女は自分に見覚えのない罪で処刑されるのだ。
「すまない」
シドにはそう言うしかない。
だが、その言葉を聞いた瞬間、アナがにっこりと笑ったのを見た。
「謝る必要はないですよ。私が処刑された方が、皆が喜ぶんですから」
自分の死を受け入れている。
シドは唖然とする。
果たして本当に彼女を殺す事のみが正解なのだろうか。
他に方法などないのだろうか。
そもそもの話、アナは訊いていた話の何倍も無垢な少女だ。
生かしていても、何も害を起こさないのでは、そう思う。
三日後、たったの三日後に彼女は殺される。
シドはアナの姿を見るのが辛く、自部屋に帰ってしまった。
「これじゃ、だめだな」
そう、静かにベッドに寝ころびながら呟く。
兵士という物は、冷酷でなければならない。
戦場で変な情が入ってしまってはちゃんとした判断が出来ないのだから。
せめて今からでも担当を変更してもらえないだろうか。
いや、アルデュダは冷酷無比な人間で有名だ。
彼に頼んだところで、能力のなさをとがめられるだけだろう。
今は彼女に頃っと落ちない棟に気を付けなければならない。
これはあくまでも故意ではなく、同情から来るものなのだから。
翌日もまた静かに起床し、静かに牢の前に静かに座る。
「あ、おはようございます!!」
笑って、アナは言った。
本当に謎だ。
なぜ笑っていられるのだろうか。
シドがアナの立場なら絶対に笑ってられない。
兵士であるシドもいつ死ぬか分からない立場。いつ死んでもいい、覚悟はしている。
しかし、それでも明後日死刑と言われて笑って過ごせる自信はない。
「なぜ、そんなに平気なんだ」
「さっきも言ったでしょう。私が死んだほうが皆喜ぶんですよ。だkら私が死ぬだけです」
それは間違ってると言いたい。
だが、実際に民衆が死を望むのも同意だ。
邪神アマスターが生きているだけで、恐怖におびえる人たちもいる。
アマスターはそう言う生き物なのだ。
「それで何か不都合がありますか?」
「いや、ない」
シドは答えた。
「私もね、まだ生まれて一月もたっていません。でも、むしろ今で良かった。生への渇望何て湧いてきませんから」
「そうか」
むなしい存在だと思う。
生まれた時から自分の死を他人に望まれている。
そんなの、そんなの。
人の事情で生み出され、人の事情で殺される。
そんな可哀そうな存在は他にない。
「僕は君に何ができる」
「ただ、そばで私の話し相手になってくれたらいいんです」
そう困ったように笑うアナを見てシドは鼻で息を吐いた。
アナを死なせたくない。
その気持ちが段々と強くなっている。
そうなれば国を裏切ることとなる。
その時は自分の命も危険にさらす可能性もあるし、せっかく助けたアナごと一緒に死んでしまう可能性もある。
でも、それでも良かった。
だって、アナに生きる気力を見出してほしかったから。
だが、その翌日。シドは牢の中で泣いているアナを見た。
様子から察するに、まだシドの存在には気づいていないのだろう。
(やっぱり泣いているじゃないか)
無理もないだろう。
いくら気丈に振る舞っていたとしても、死の恐怖からは誰も逃げられないのだ。
「死にたくない、死にたくないよ」
三角座りをしてすすりなく彼女。
その姿を見てシドは決心を固めた。
そして、シドは泣いている彼女に言った。
「ここから出れるって言われたら出たいか?」
その問答にアナが戸惑う。
「何を言ってるの?」
「そのままの意味だ。ここから出られて、なおかつ死なないとなったら、生きたいか」
アナは数秒思考をし、そして言った。
「私はそこまでして生きたくありません」
やっぱり優しいな、とシドは思った。
泣いているのに、自分が死ぬのは嫌なのに、民衆の安心を望むのか。
やっぱり、こんな人が死んでいいはずがない。
そして、シドはアナの手を掴み、言った。
「行こう」
そしてシドはアナの自由を奪う鎖を解き、アナを連れ、外へと走っていく。
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