13
今日はめちゃくちゃルノがくっついてくる。
寂しいんかと思ったけど、そういう訳でもないみたい。パジャマの胸ポケットにギャレットとリオンを入れて、膝にムーランをのっけたままくっついて座るんよ。そわそわしてるような気がする。
絶対ルノの好みやないアニメを見てんのに、ウサギさんの続きを編む訳でもない。じっと黙ってくっついてくると、アニメを見てる。
「どうしたん?」
そうルノに尋ねると、ルノはズボンのポケットから女物のハンカチを出した。渡されたから、それを広げる。なんかペンで書いてあるけど、全然読まれへん。これ、フランス語ちゃうんか?
「何これ?」
ルノは小さい声で言うた。
「今日の昼、ダンテとおってって書いてる」
「ジジからやって思うん?」
「香水の匂いするから」
いやでも、これじゃ不自然やろ。
でもよくこんな手を思いついたな。見た感じオレやルノの名前が書いてある訳でもない。内容にもよるけど、これだけやったら恋人の手紙にも見えなくもない。
「これどうしたん?」
「昨日の夜、廊下で見つけた」
「ミランダは?」
「気付いてないと思う」
ルノはきょろきょろしながら言うと、くっついてきた。
「姉ちゃん、ホンマに来るかな?」
めちゃくちゃ不安そうな顔をするから、オレはルノの頭をそっと撫でた。
「大丈夫、絶対来る」
そのパジャマ一枚やったら寒いんちゃうかな。平気そうな顔して座ってるけど、部屋の温度もそんなに高くない。それやのにミランダは、ルノが逃げ出されへんようにペラペラのパジャマしか渡してないみたいやねん。
机の上に置きっ放しになってたルノの編んだマフラーを手に取った。それをそっとルノの首に巻くと、布団を膝にかぶせる。
「ダンテ、こんなんしてたらいざって時、動かれへんやんか」
「でもいざという時、風邪ひいて動かれへん方が困るやろ」
パソコンを横に置いて、ルノの顔を覗き込む。
「でも昼って、いつやろか」
ぼうっとしながら、ルノの抱えてたムーランを撫でた。頭、ちょっとしけってる気がする。まあ昨日あれだけ泣いたし、しゃーないよな。びしょびしょになるまで泣いてたもん。
もし今日泣くんやったら、嬉し泣きであってほしいな。
でもホンマに今日来るんやろか。
今日はケイティも仕事がないみたいで、ミランダもフレッドも一緒にリビングにいる。
人のいない日を選びそうなもんやのに、ジェームスはもしかしてオレが送ったシフト表の事を信じてんの? いやいや、ジジがメールはバレてるか訊いてきたんやで? 流石に怪しいって気付いてると思うんやけどな。
でもハンカチには今日って書いてるって言うし。
「なあ、ルノ。その字って、ジジのん?」
「え? 姉ちゃんやと思うけど」
うーん。フランス語でも、筆跡ってあると思うんやけどな。でもルノが筆跡なんて日本語知ってるかな? なんて言うたら通じる?
ぼうっと考え事をしてたら、急に玄関のドアが吹っ飛んだ。
蹴破ったとかやなくて、爆発して飛んでったんよ。ホンマに。
次の瞬間、煙の出てる手榴弾みたいな形のものが投げ込まれてきた。全部で三つ。
びっくりしたけど、ルノが急にハンカチをオレの口に押し付けてきた。すぐにそれで鼻と口を覆うと、床にしゃがんだ。ルノはマフラーで覆ってるけど、薄かったみたい。ちょっと苦しそうに咳き込んだ。
床にしゃがんだままでおったら、玄関から誰かが入ってきた。透明の盾みたいなんを持ってて、その後ろから何人か入ってきた。顔をマスクで覆ってるから誰か分からへん。
でも一人がこっちに飛び込んできて、咳き込むルノを抱えた。
「お前、ちゃんとヴィヴィアンから講習受けたんやんな?」
赤い髪の毛を結い上げて、分厚いマスクしてるけどジジや。声で分かった。ジジはルノの首のマフラーを後ろでぎゅっと結ぶと、ドアの方を見た。
派手に銃を撃ってるのは見んでも分かる。ヴィヴィアンや。おかっぱの黒髪を振り乱して、デッカイ銃を乱射してる。相変わらずカッコいい。
やりすぎってヴィヴィアンを小突いてる人は、こっちを向いて手を出した。
「早く来い、逃げるぞ」
大好きな声に安心して、オレは立ち上がると手を握った。
「ジェームス」
「あんまり喋るな」
ジェームスに怒られながら、オレは歩いた。
煙で真っ白な部屋の中、ジジは迷わずルノを引っ張っていく。ぬいぐるみを抱えたパジャマ姿の、ちょっとマヌケすぎるルノを連れてった。盾を持った人の後ろを抜けて、先に玄関から出て行った。
何も見えへんのに、ジェームスは迷いもせんと走って行く。オレはその背中を追いかけて走った。
廊下に出ると、知らん人がいっぱい立ってた。ジェームスが合図をすると、みんなでオレとルノを囲む。そのまま全員で走って外に出た。
後ろでしつこいくらい銃を撃ってるヴィヴィアンを、ジェームスが殴った。
「痛っ! 何すんねん」
「居場所ばらしてどうすんだ? この大マヌケ」
確かにそうかも。これじゃ銃声のする方にオレらがいてるって丸分かりやん。ヴィヴィアンに大マヌケなんて言う勇気はないから、ジェームスに任せとく事にしよう。
オレは前を歩くルノとジジを追いかけた。
相変わらず、ルノは咳き込みながらクマさんを抱えてるから、ちょっと笑える。胸ポケットにもクマさん入れてるんやで? なかなかやと思う。
ルノがハンカチくれたおかげで、オレは無事なんやから笑ったらあかんねんけど。
外に止まってたデッカイ車に乗り込むと、みんなはマスクを外した。勢いよく車は走り出す。他にも車がいて、そっちにも何人か乗り込んだ。そっちは後ろをついてきた。
マスクを放り投げて、ジジがルノに抱きついた。
「ごめんな」
ジジはそう謝ると、ルノの頭を撫でた。
その声を聞くなり、ルノは声を出して泣いた。ジジにしがみついて、小さい子どもみたいに泣いてんねん。ルノの肩に黒の毛布をかぶせて、ジジは優しく言うた。
「もう大丈夫。大丈夫やで」
それを見て安心した。
オレの目の前でマスクを外したジェームスは、今にも泣き出しそうな顔をしてた。
「会いたかった」
オレはジェームスにしがみついた。
後ろから誰かがのしかかってくる。
「ダンテ、無事でよかった」
ヴィヴィアンやって気付いて、オレはそっちを向いた。ヴィヴィアンは思いっきり泣いてて、オレの事をぐりぐり撫でまわしてくる。それが嬉しくて、オレは思いっきり甘えて泣いた。
「ただいま」
それを聞くなり、ジェームスが泣き出した。
きっとめちゃくちゃ心配させたんやと思う。オレの事、ずっと探してくれてたやろし、しんどかったんちゃうかな。今日くらい大人げない姿を見ても笑ったりせぇへんから、思いっきり泣いてほしいな。
オレはジェームスとヴィヴィアンにしがみついて笑った。
ずっと泣いてるルノを見て、運転席にいるジャメルさんが笑う。
まあ笑うと思う。パジャマでクマさん抱いてるし、ジジにしがみついてギャン泣きしてるし。普段のルノを知ってたらなおの事、笑うに決まってる。
辺りを見回すと、安心した顔の食堂のおばちゃんが座ってた。
他にもいるみたいやけど、ほとんどが後ろの車に乗ってるみたい。ちらっとそっちを見ると、ゆりちゃんが助手席でパソコン抱えてるのが見えた。
ひとしきり泣いたら、ジェームスが言うた。
「じゃあこの車を降りたら、みんな各自のルートでホテルに集合。後はよろしく」
泣いてるルノを抱えて、ジジが言うた。
「うちはどうしたらいい? 流石にこの状態のルノを連れてメトロは無理」
「それもそうだな。このまま車を一回乗り換えたら、ルノとジジも一緒に戻ろうか」
ひとけのないところまで行くと、車を乗り変えた。そっちもジャメルさんが運転するらしい。白い普通の車で、全然目立たん日本車やった。
それに乗る前にみんな、着てた服を脱いで普通の服になった。装備もそこに置いて行くらしい。食堂のおばちゃんがその車に乗ったまま、どこかに行くみたいやった。
とりあえずオレとルノの足枷もそこで切ると、そのままセーヌ川に投げ捨てた。
気付くと後ろにおった車もおらんようになってる。
毛布をかぶったままのルノの頭をわーっと撫でると、ジャメルさんは運転席に座った。きっと心配してたんやと思うけど、ルノはそれだけでちょっと落ち着いたみたいやった。相変わらずジジにくっついてたけど。
「さてと、ルノ」
ヴィヴィアンは何かを持ってルノに言うた。
「ちょっとそのクマさん見せてくれる?」
「何すんの?」
「クマさんの健康診断」
金属探知機を持ってるんやと思う。黒いうちわみたいな形してる。そう言うてもルノには分からんかもしれんから、わざとそう言うたんやと思う。
ルノは嫌そうやったけど、大人しくムーランをヴィヴィアンに渡した。心配そうに何をするんか見てる。
ヴィヴィアンはムーランを預かると、車のシートに乗せて金属探知機をかざした。ムーランからは特に反応がない。とりあえずヴィヴィアンはルノにムーランを返すと、胸ポケットのギャレットとリオンを見た。
「そっちの二人もええか?」
めちゃくちゃ不安そうな顔をするから、ジジがルノの頭を撫でた。
「もしなんかあったら、姉ちゃんが直したるやんか」
いやいや、ジジの事やから毛糸玉に戻してしまいそうやない? でもそんなん言うたらルノが可哀想やから黙ってた。最悪、支部に戻ってから開発部の人に見せればええやろ。
ルノの手からギャレットとリオンを預かると、ヴィヴィアンは探知機を近寄せた。ピピって音が鳴ったから、ヴィヴィアンはギャレットだけに近寄せた。そっちから鳴ってる。リオンは無反応やった。
「返して」
泣いてるルノを無視して、ヴィヴィアンはぬいぐるみを揉んだ。どこに入ってんのか確認してるんやと思う。オレから見てもちょっと可哀想なくらいゆがんだギャレットを見て、ルノはまたボロボロ涙をこぼした。
邪魔こそせんかったけど、泣きながら立ってるルノを引っ張った。出来るだけ見えへんように、ヴィヴィアンの後ろに立たせた。ジェームスがヴィヴィアンに尋ねる。
「どうだ?」
「入ってるわ」
ジェームスはルノの様子を見て、ヴィヴィアンに言うた。
「仕方がないな。出せ」
ヴィヴィアンがギャレットにナイフを当てると、背中を切った。小さいから、ちょっと探っただけですぐに異物が見つかった。発信機みたいな物や。
それを見て、ルノはまた酷く泣き出した。
ギャレットの背中はとりあえず結束バンドで簡単に閉じて、中に入ってたやつは地面に叩きつけて踏みつける。バキバキになったのを確認したから、これで大丈夫やと思うんやけど。
可哀想なくらい泣いてもたルノに、ジジは言うた。
「ごめんな。絶対直したるから」
「嘘つくな、アンサロあばずれ女」
あんまりにも目立つから、ルノは一番後ろの席に座らせた。ジジが隣りに座って、ルノの肩を抱いてる。可哀想な事になってしまったギャレットを握って、ルノはわんわん泣いてた。
ヴィヴィアンは助手席に座ると、ルノに言うた。
「食堂のおばちゃんが編み物得意やった筈や。直してもらおう」
「おばちゃんあっち行ってもたやんか」
「大丈夫、絶対ホテルに戻ってくるから」
そんなに遠くない筈やのに、めちゃくちゃ時間をかけてルーブル美術館の前まで来た。
ジャメルさんがヴィヴィアンに話を聞いて笑う。多分、ぬいぐるみを割いて中身を出したって聞いたんやと思う。でも後ろの席で、めちゃくちゃ泣いてるルノに気付くと笑うのをやめた。
すっごい狭い道に入ったところで、車は止まった。めちゃくちゃ治安の悪そうな通りで、凄い怖い。ジェームスもヴィヴィアンもついてるけど、それでも怖いもんは怖い。
ヴィヴィアンはドアを開けると先に降りて行った。後ろの席のドアも開けて、降りるように言われた。
オレの後からジェームスが降りて、先に古そうな建物に入って行った。オレはルノとジジが降りてくるのを待ってから、一緒にジェームスの後を追い掛けた。
ヴィヴィアンに連れられて、三階の部屋に行った。階段のすぐ近くの部屋や。きょろきょろしてたら、廊下の一番向こうの端にウェスティンが座ってるのが見えた。
「この階は貸し切ったから、気にするな」
ジェームスはそう言うと、部屋のドアを開けた。
大きいベッドのある部屋や。
ルノをとりあえずソファに座らせて、ジジは言うた。
「ほら、そいつ見して」
「そいつちゃう。ギャレットや」
「そうやったな。ギャレット見せて」
ジジはルノの隣りに座ると、ギャレットを受け取った。黒い結束バンドの飛び出た背中を見て、とりあえずもう一ヶ所も結束バンドで止めた。
「これで傷口は広がらへんと思う」
それだけ言うと、ルノの手にギャレットを握らせた。ちょうどそこにゆりちゃんとおばちゃんが入ってきた。
「戻ったよ」
「ルノ、大丈夫か?」
ゆりちゃんがルノにそう尋ねると、ルノはこくりと一回頷いた。
「あ、おばちゃん。ちょうどええとこに」
ヴィヴィアンはおばちゃんのそばまで行って、ルノを指差した。
「おばちゃん、あみぐるみ直されへん?」
「突然どうしたん?」
「ルノが持ってたぬいぐるみに発信機みたいなん入ってたから、背中切って出したんよ。直したげて」
おばちゃんはルノの前にしゃがむと尋ねた。
「どんなんなってんの?」
ルノは握ってたギャレットをおばちゃんに見せた。可哀想な事になってるギャレットを見て、おばちゃんは溜息をついた。ルノの肩を叩いて笑って見せる。
「とりあえず塞ぐだけやったらすぐやから、そんなに泣かんと元気出して」
「ホンマに?」
「ホンマ。日本に帰ったらきれいにしたる」
ようやく笑ったルノを見て、おばちゃんは言うた。
「部屋で手術してくるから、ちょっと預かるで」
「ありがとう、おばちゃん」
おばちゃんはギャレットを預かると、そのまま部屋を出て行った。
ルノがようやく泣き止んだから、ジジはジェームス達と今後の会議を始めた。
ゆりちゃんはそれを見ると、ルノに尋ねた。
「なんでルノはぬいぐるみなんか持ってるん?」
「ムーランとリオンや」
「名前あるんか」
オレはルノとゆりちゃんに言うた。
「廊下にソファあったし、そっち行こっか」
「せやな」
オレはジェームスに廊下におるって伝えると、ルノを連れて廊下を出た。先に廊下に出てたゆりちゃんはルノの背中をさすって言うた。
「可愛いやん。見して」
ルノはリオンをゆりちゃんに渡すと、廊下を真っ直ぐ歩いて行った。毛布をまだかぶったままで、ちょっと寒そうなカッコしてるのに気付いた。
でもどこがルノの部屋なんか分からへんし、オレもルノも、多分一人になったら怒られると思う。だからそのまま三人でウェスティンのおるソファに行って座った。
「大丈夫?」
「オレは平気。ルノも怪我ないで」
ウェスティンは窓から路地を見張ってるらしい。ローテーブルに座って、そこからじっと外を見てる。トランシーバを出して、そこに向かってジャメルさんが到着って言うのが聞こえた。
「それどうしたん?」
「ミランダがルノにって」
「じゃあ敵からのプレゼントなん?」
「もらってもん」
恥ずかしそうにムーランに顔をうずめたルノは、ちょっとだけ赤い顔をしてた。ムーランを抱いたまま、ゆりちゃんの横で肩をすくめる。オレはちょっと笑ってルノの頭を撫でた。
「えらい気に入ってんなぁ」
「寂しかってんもん」
ルノはさらに赤くなると、下を向いて小さくなった。
「でももう大丈夫やろ? こんなん持ってたらジジにバカにされんで」
「分かってるけど、どっかに置いたら姉ちゃんに捨てられそうやんか」
「流石兄弟、よぅ分かってる」
ゆりちゃんはそう笑うと、シロクマをじっくり眺めた。
「ダンテに似てるやん」
「今おばちゃんが修理してる子はルノに似てるで」
「凄いやん。しかもこれ、手作りちゃうん? ええのもらったやん」
ゆりちゃんはリオンをルノに渡すと、肩を叩いた。
そしたら後ろからひょっこりジャメルさんが顔を出した。
ウェスティンに手を振って、軽く挨拶をする。ルノに優しく笑ってなんか言うた。ムーランを掴んで持ち上げると、ニコニコしながら眺める。満足するとルノに返した。
それをみてくすくすウェスティンは笑う。
「なんて言うたか分かんの?」
「赤ちゃん返りしたのかって」
いつの間にフランス語までマスターしたんやろ。ちょっとびっくりしながら、オレはルノとジャメルさんを見た。
楽しそうに笑うジャメルさんは、手を振るとジェームスのおる部屋の方に歩いて行ってしまった。
ニコニコしてるから、きっとジジに褒めてもらいに行ったんちゃうかな。流石にフランス語が分からんオレにでも分かるくらい、ジャメルさんは嬉しそうやったから。
ルノはムーランを抱いて、こっちを見た。
「俺、なんか疲れた」
「もうちょっとだけ我慢して。会議終わったら休めると思うから」
「俺、姉ちゃんと一緒の部屋、もう嫌やねんけど」
「流石にまた何かあったらあかんから、ルノは誰かと一緒やと思うで」
可哀想やけど、一人で寝れるのは日本に帰ってからやろな。ルノは嫌やろけど、実のお姉ちゃんと一緒にされると思う。
「別に姉ちゃんやなくてもよくない? 部屋絶対ゴミ溜めやんか」
「それは安心して、うちが片付けといた」
ゆりちゃんはにっこり笑って親指を立てた。
「ホンマに?」
「大丈夫。信じて」
ルノはオレにもたれてきた。
「マジでダンテが兄ちゃんやったらよかったのに。あんな姉ちゃん嫌や」
「ルノが弟やったら、めっちゃ楽しそう」
オレはルノの頭を思いっきり撫でまわすと、しがみついて言うた。
そんな事を話してたら、一番近くの部屋のドアが開いた。食堂のおばちゃんがギャレットを持って出てきた。こっちに気付くと優しく笑った。
「はい。日本に帰ったらもっときれいにしたる。とりあえずこれで我慢して」
ルノは渡されたギャレットの背中を見た。きれいに塞がってて、ぱっと見は分からんくらいや。おばちゃんに向かって、満面の笑みでルノは言うた。
「ありがとう」
久しぶりにジェームスに蹴られた。
それまでは気持ちよく寝てたんやけど、派手に寝返りをうったジェームスに蹴られた。なんで寝て数時間で九十度傾いた状態になれんのか教えてほしい。
上にのしかかってきたし、重くて動かれへん。もう最悪な目覚めやったけど、仕方がない。これも俺が望んだ事やったなって思い直して諦めた。
とりあえず、ヴィヴィアンを起こして、ジェームスを上からどけてもらった。
「またか」
ヴィヴィアンはあきれ顔で、ジェームスを乱暴に壁際に引っ張った。それから毛布で壁を作って、ジェームスがこっちに来ぉへんようにした。あんまり意味なさそうやけど、ないよりマシやろ。
二人で布団をかぶると、もう一回寝ようとした。寝ようとしたけど、全然寝られへんかってん。ヴィヴィアンも一緒やったみたい。二人で寝てると、ジェームスはいとも簡単に毛布の壁を越えてくっついてきた。
「めっちゃ邪魔やない?」
「やっぱりダーリンと別室にしたらよかった」
「別のベッドやったらあかんの?」
「起こされるのは一緒やからな」
ヴィヴィアンは笑った。
暗い部屋の中で、オレはジェームスを押しのけた。そしたらてのひらによだれがついた。最悪の気分。とりあえずジェームスの枕で拭いといた。いい匂いのするジェームスは、よだれ垂らして酷い顔してた。
それを見て思わず吹き出したら、ヴィヴィアンは笑った。
「今日はよく寝てるみたい」
「昨日は寝てなかったん?」
オレに布団をかぶせると、ヴィヴィアンは言うた。
「ダンテがおらんようになってから、すっごい眠り浅かってんで。全然寝てなかったみたい」
隣りで気持ちよさそうにいびきかいてるジェームスを見た。いつにも増して酷い気がする。よだれダラダラ垂らしてるし、半分目が開いてるし。
いつもはもうちょっとマシな顔して寝てんねんで? そりゃよく押し潰されるけど、ここまで酷くない。押したら大人しくどいてくれたんやけど、今日はさっぱりあかんみたい。
「ヴィヴィアン、よく耐えられたな」
「ダーリンは眠りが浅いと大人しいんやで」
ヴィヴィアンはそう笑うと、背中を撫でてくれた。
「だから一緒に寝ても、そんなに困らんかってんで」
「蹴られてへんの?」
「一回だけ蹴られたけど、それっきり。めちゃくちゃ大人しく寝てたで」
このジェームスが? ちょっと信じられんねんけど。ついさっき、オレの事を蹴飛ばして上にのしかかってきたで。それホンマなんかな?
普段はカッコいい顔してんのに、なんで寝たらこんなに酷いんやろ。大体そんなに出るほど、よだれは口の中にないと思うんやけどな。お茶飲みすぎなんちゃうかな?
今日もダサすぎるジャージ着て、ジェームスは気持ちよさそうや。日本からわざわざ持ってくるんやったら、もうちょっと普通のパジャマにしたらええのに。やっぱり酷すぎる。
でもそれくらい心配してくれたんかな? そういう事やったらって、オレはジェームスの頭を軽く撫でた。さらさらの黒髪があっという間にぼっさぼさ。寝る前はきれいやったんやけどな。
きっと疲れてんちゃうかな。その割に寝相は元気いっぱいやけど。どうせなら寝返りうたんと寝てくれたらええのに。いっそ寝袋で寝てもらったらどうやろ。
そんな事を考えながらオレはヴィヴィアンにくっついた。
「オレがおらんかったからって、喧嘩せんかった?」
「いっぱいしたよ」
「あかんやん」
ヴィヴィアンは笑った。
「うちのせいでクルーザーから連れ戻されんかったって思った。それにあの時はダーリンの指示が悪かったとも思った」
頭を撫でられて、オレは目を閉じた。
「でもおばちゃんに喧嘩してる場合かって怒られてん。だから仲直りして頑張ったで」
目を開けると、ヴィヴィアンが寂しそうにしてた。
「帰ってきてくれてよかった」
オレはヴィヴィアンの手を握った。
「オレかて、ずっと帰りたかった」
急にいろんな事を思い出した。めちゃくちゃ寂しかった事とか、何回も助けてって思った事とか、つらかった事とか。
出てきた涙を手で拭いて、ヴィヴィアンにしがみついた。
「逃げるためにケイティの事、お母さんって呼んだりした。めちゃくちゃ嫌やったけど、逃げたかったから頑張った」
「そっか」
「ジェームスとヴィヴィアンと三人で眠れて幸せやで。蹴られたけど、それでも一人で寝るよりずっといい」
いい匂いのするヴィヴィアンはぎゅっと抱きしめてくれた。
「ルノが脅されんの目の前で見た。めちゃくちゃ怖かった」
「何されたん?」
「蚕って瓶には書いてたけど、それを食べさせてた」
思い出すだけで不安になる。
ルノは大丈夫かな? あれ、オレの送ったメールのせいやったから。
「蚕か。それは酷いな」
ヴィヴィアンは呟いた。
「そういえば、オレあの時、合言葉バラしたのに大丈夫やったん?」
「ああ、あれ? 関西弁おかしかったからすぐ気付いたで」
ヴィヴィアンは急に笑い出した。
「あのメール、せめてミランダに書かせたらええのにな。酷すぎて笑ったで」
「そんなに?」
「日本に帰ったら見てみぃや。あれは酷いで」
オレはヴィヴィアンを見た。
ちょっと楽しそうなヴィヴィアンはオレの肩を叩いた。よっぽど面白かったみたい。めちゃくちゃ笑ってるから。
「じゃあなんで、ルノの部屋の方にジジを行かせたん?」
「外から入れそうやった部屋にたまたまルノがおったんよ。間取りを確認したかったんやけどな、絵も描けるし、ジジに行ってもらってよかった」
全然迷わず、オレとルノのおった寝室まで来たなぁって、そう言えば思った。ジジが来たのって、そういう意味もあったんや。てっきりルノにメールの確認をしに来ただけかと思った。
「ルノの部屋にマイクを仕掛けたんやけど、めちゃくちゃ可哀想やったな。ルノ、毎晩泣いてたんやで」
まさかそこまでしてたと思わんくって、オレはヴィヴィアンの顔を見つめた。
「そうなん?」
「特に、虫の話は悲惨やったな。味わえって酷すぎるやろ」
あれは確かに酷すぎたと思う。
オレ、代わってあげられたらよかってんけど、ミランダはそこまで分かってた。分かってて、オレが自分を責めるように、わざとルノに食わせた。見てられへんくらい酷かった。
「オレ、ルノが泣いてる時、めちゃくちゃ怖かった。なんにも出来ひんくって、つらそうなルノの事、見てられへんかった」
「せやな。でもそれは仕方のない事やってんで」
「でももっとしてあげられへんかったんかな」
ヴィヴィアンはちょっと悩んだ顔で言うた。
「仮に出来たとしても、ミランダはもっと違う事をルノにしたと思う。考えるだけ無駄やで」
オレは枕を握り締めた。
「ホンマにそう思う?」
「そうやって悩む事までミランダの計算やと思うな。また明日、ルノに優しくしてあげればええと思う」
そうかな?
ヴィヴィアンが言うんやったら、きっとそうなんやと思う。何したって、ルノはああやって泣く事になったんやと思う。
他に出来る事なんか今はないし、明日になったら思いっきりルノを甘やかしてあげよ。二人でプリンを食べて遊ぼう。ゆりちゃんやジャメルさんも一緒におったら、きっと楽しいよな。
オレは目を閉じると、布団にもぐった。
「ありがとう、ヴィヴィアン」
翌朝、全然起きひんジェームスを放置して、ルノとジジの部屋に行った。
ジェームスのおしゃれなシャツとズボンにジャケットを借りてんけど、ちょっとデカいな。着る分には問題ないけど。でも身長はめちゃくちゃ違うのに、ジェームスって意外と痩せてるんやなって思った。昔は筋肉だるまやと思っててんけど、そんな事ないんかもしれん。
ルノは何故かジジのベッドで、ムーランを抱いて寝てた。ウザそうではあったけど、ジジはルノと一緒に寝てたみたい。めちゃくちゃ眠そうやった。
「おはよう、ダンテくん」
ジジは眠そうにドアを開けて、笑った。
「なんでルノと寝てたん?」
「夜中に起こされて、布団に入ってきた」
そう言うと、ジジは大あくびをした。
ベッドに腰掛けると、ルノの背中をそっと撫でる。気持ちよさそうに寝てるから安心した。少なくとも、今は魘されてないみたいやから。
隣りのベッドにギャレットとリオンがおる。ちゃんと布団かぶって寝てるのが、ちょっとシュール。やっぱり気に入ってるんやと思う。
ルノのパジャマは日本で着てるやつよりおしゃれ。シンプルな黒一色の長袖長ズボンや。そのカッコで大きいクマさんを抱いてるから、めちゃくちゃ目立つ。しかも狭いシングルベッドでジジにくっついて寝てたみたいやし。
朝から楽しそうなジジは、ルノの姿の写真を撮って笑ってるけど。
「朝ご飯買ってくるわ。ダンテくん、何か嫌いな物あるん?」
「特にないよ」
「じゃあ今朝はルノの好きなスモークサーモンのサンドイッチにしよか」
ジジはやっぱりよく知ってるんやなって思いながら、オレはルノの頭を撫でてた。
気持ちよさそうにくっついてくるルノも、やっぱり寂しかったんちゃうかな? 隣りのベッドやったのに、夜中にジジのベッドに入ってくるくらいには寂しかったんやと思う。
オレはベッドに座って、ルノの顔を覗き込んだ。
昨日も結構泣いてたから、ルノの目は赤く腫れてた。きれいにしたんやと思う。こんなとんでもないカッコしてるけど、寝ぐせもほとんどないきれいな髪の毛をしてる。肩まで布団をかぶってて、ムーランにしがみついてる。
多分、ジジが起きるまでは、このカッコでジジにくっついて寝てたんやと思う。めちゃくちゃ心配してたみたいやから、ジジもルノの事を抱きしめてたんとちゃうかな? ルノはそんな事ないって言うかもしれんけど、ジジはルノの事が大切みたいやから。
まあ、普段の二人を知ってるだけに、そんな姿は全然想像出来んけど。
オレは隣りのベッドで寝てるギャレットとリオンを拾い上げた。ルノの隣りにそっと並べると、布団をかぶせる。ケイティの家でしてたようにくっつけてあげる。こうするとルノは落ち着くみたいやったから。
頭を撫でてたら、ドアが開いた。
「ジジ?」
ゆりちゃんがドアから顔を出して、こっちを見てる。
「さっきご飯買いに行ったで」
オレはそう言うと、口に人差し指を当てた。ルノは全然起きそうもない。すやすや言うてるから大丈夫やったみたいや。このまま寝かしておいてあげたいなと思って、オレは立ち上がった。
「ちょっと待って、めちゃ可愛いやんか」
ゆりちゃんはそっと部屋に入ってくると、ポケットからiPhoneを取り出した。何するんかと思って見てたら、顔の写真を撮った。ムーランだけやなく、ギャレットやリオンも写るように撮ってる。
確かにオレは見慣れてなんとも思わんけど、ゆりちゃんは面白いと思うかもしれん。あのルノが、クマさん抱いて寝てるんやから。
「これ、ジャンヌちゃんに送ったろ」
何気に酷い事をしようとしてるな。
でも多分ジャンヌちゃんも心配してる筈やから、写真は送ってあげてほしい。これやないやつがええと思うけど。
もうちょっとマシな写真にしたらええのに、ゆりちゃんは楽しそうに酷い写真選んで笑った。しかも写真を加工して、ハートマークいっぱいつけてる。それをラインでジャンヌちゃんに送った。見てたらちょっとルノが気の毒になりそうな内容やったから、オレは見んかった事にしようと思う。
ゆりちゃんはジーパンにティーシャツのいつも通りのカッコしてて、ニコニコしながらiPhoneをルノに向けてる。小さい子どもみたいにぬいぐるみに囲まれてるルノの写真を、面白がって撮りまくった。あらゆる角度で撮ってたら、ようやくルノが目を開けた。
「あれ? 姉ちゃんは?」
寝ボケたルノはむくっと起き上がると、辺りを見回した。
「ご飯買いに行った」
オレはそう答えると、落っこちそうになったギャレットをそっと枕の横に置いた。大きい傷跡の残ったギャレットは、いつも通りの顔してルノの事を見守ってる。
「なんでゆりとダンテがおんの?」
「オレは様子見に来た」
ルノの背中をさすって、オレは笑った。
「おはよう」
すっごい眠そうな顔をして、ルノは座った。枕にムーランを座らせると、ゆりちゃんを見る。
「ゆりは?」
「ジジを探してた」
ポケットにiPhoneをしまって、ゆりちゃんは何事もなかったように笑った。ベッドに腰掛けて、ルノに言うた。
「なんでジジのベッドで寝てんの?」
「ちょっと魘されただけや」
ルノは恥ずかしそうに答えると、思いっきり伸びをした。
いつぞや見たような気がするスーツケースを開けて、ルノはめちゃくちゃ適当に服を出した。寝てたのとは別のベッドの上にそれを放り出す。やっぱりおしゃれな長袖のシャツにジーパンらしい。いっつも似た服を着てる気がする。
それからちらっとゆりちゃんを見ると、パジャマの上を脱ぎだした。
「わーお、セクシー」
楽しそうにベッドの上で見物してるゆりちゃんは、ルノの方をガン見してる。着替えてるんやし、そっぽ向いてあげればええのに。まあルノが気にしてないみたいやからええけど。
「一着につき千円とるで」
「じゃあ三千円出すからパンツ脱げ」
楽しそうに笑ったゆりちゃんに、ルノは諦めたような顔をした。
白い柄のないシャツに袖を通すと、ズボンを脱いだ。ジーパン履いて、シャツを整える。それからジジのメイク用品の置かれた机から鏡だけ取ると、きれいに髪の毛を整えた。
いつも通りのカッコいいルノになってから、ゆりちゃんは楽しそうに言うた。
「パンツは脱がへんのか?」
「俺の裸が見れんのは美人の女だけや」
「ええやん別に。タダやんか」
ルノはくるっとゆりちゃんの方を向くと言うた。
「ゆりやとおっぱいが足りんわ」
「そんなうちにしがみついて寝たくせに」
赤くなったほっぺたを見て、ゆりちゃんは嬉しそうに笑った。ルノを小突いて、楽しそうに言う。
「ジジを見た感じ、ルノのおかんもおっぱいデカかった訳ちゃうやろ」
「おとんはそれでええかもしれんけど、俺はデカくないと嫌や」
うーん。でも、ヴィヴィアンが言うてたけど、クラリスってDカップらしいんやけどな。それって小さくはないんやないの? オレは詳しくないけど、子どものオレに胸のサイズがどうのって語ったのクラリスやし。
急にルノはこっちを見た。
「なあ、ダンテはどうなん?」
「え? 中身優先やから、なんでもええかな」
「いやいや、アンジェリーナ・ジョリーくらい、おっぱいあった方がええやろ」
めちゃくちゃ極端な事を言い出したルノは、ゆりちゃんをじっと眺める。
「全然足りん」
「ルノ、おっぱいってブラ次第でいくらでも大きく出来んで」
ゆりちゃんは突然そんな事を言うと、ルノの顔を見て吹き出した。めちゃくちゃ真面目な顔してるから、ちょっと面白かったけど笑うほどかな? ゆりちゃんのがおもろいけど。
「ちなみにルノ様、何カップやったらええの?」
「Dカップ」
やっぱり、クラリスは論外って訳やないと思うんやけどな。だって、オレに胸のサイズについて語ったのはほかでもないクラリスなんやもん。本人が、Dって言うてたんやけど。
ルノは急にオレを見ると言うた。
「なんで黙んの?」
「いや、クラリスからDカップって言われた事あるで。だからクラリスはそんなに小さかった訳ちゃうと思う」
ゆりちゃんはそれを聞いて、思いっきり笑った。
それやのに、ルノは全然お構いなしで、オレに言う。
「なんでダンテがおかんのサイズ知ってんの?」
「ヴィヴィアンと二人で楽しそうに、ブラジャーのサイズについて教えてくれた事あって」
「うちのおかん、変態やったんか?」
全然違うショックを受けたルノは、ベッドに座った。ムーランに抱きついて、奇声を上げる。それを見たゆりちゃんは、苦しそうに床に座り込んだ。ケラケラ笑いながら床を叩く。
「だから別にクラリスの胸、小さかった訳とちゃうと思うよ」
「いやいや、あんなんあるって言わん」
だからってアンジェリーナ・ジョリーは極端やと思うんやけどな。なんでそうなったんや? そんなん言うたらAカップしかないヴィヴィアンはどうなるんや? それもいっぱいなんか詰めてるって言うてたもん。ヴィヴィアンにしばかれんで。
ゆりちゃんは思いっきり笑ってから、立ち上がった。
「巨乳の人って、実際他のところにもいっぱいついてると思うで。痩せてて胸もあるとか幻想や」
「じゃあゆりはどうなん?」
「Bや」
当たり前みたいな顔して答えたゆりちゃんは、ちょっとショックを受けたルノの肩を叩いた。
「ジジのワンピ借りたけど、そこまで大きかった訳ちゃうで。ジジもそんなに差はないんちゃうかな」
「姉ちゃんのは脂肪やんか。脂身やろ」
とんでもない事でデカい声で言うルノを見ながら、大丈夫かなと思った。ジジに聞かれたらどうするつもりなんやろ。オレ、こんなんに巻き込まれたくはないで。
そしたら今度はドアをノックする音が聞こえた。
ルノの代わりに、オレがドアを開けに行く。そっと開けると、にっこにこのジャメルさんが立ってた。
「おはよう」
ちゃんと日本語でそう言うたジャメルさんは、部屋に入ってきょろきょろする。
ルノは飛んで来て、ジャメルさんになんか言うた。二人は仲良く頷いてこっちを見る。
「ジャメルも姉ちゃんは乳なさすぎるって言うてんぞ」
朝からなんて事をジャメルさんに訊いてんかな。元気になったみたいやからええけど。
「でもジャメルさんが選んだのジジやんか」
「ジャメルは姉ちゃんに襲われたんや」
「いや、好きって自分で言うてたんちゃうんか」
ゆりちゃんは笑いながら、ルノと言い合いを始めた。全然分かってないジャメルさんは楽しそうに、後ろからその様子を眺めてる。
そのさらに後ろからひょっこりジジが顔を出してるのに、誰も気付いてない。オレしか気付いてないみたいやけど、ジジはそれを黙っててほしいらしい。楽しそうに口に人差し指を当てると、話を黙って聞いてる。
「だから言うてるやんか、姉ちゃんしかおらんかったから仕方なくや」
「それやったら愛してるとは言わんのちゃうか?」
「そんなもん、俺かて言えんぞ」
ルノって、マジでアホなんかな。
オレは黙って様子を見ながら、ちょっと後ろに下がった。この兄弟の喧嘩に巻き込まれたくなかってんもん。怪我したら嫌やん?
「大体、自分の事をクソ袋とか呼ぶ女、好きになる訳ないやんか」
「何それ? 初めて聞いたけど」
「フランス語でジャメルの事をよくクソ袋って呼んでんぞ」
それは流石にちょっと酷いんちゃうかな。オレは怖いからそんな事、言われへんけど。
「ちょっとルノ、そんな事バラさんといてくれる?」
ジジは急に飛び出してくると、ルノに言うた。
「ジャメル、乳なし女って呼んだれ」
「ちちなし?」
「せや、ちちなしや」
とんでもない事をジャメルさんに教えながら、ルノはデカい声で言うた。
「俺の親友の事、クソ袋とか呼ぶな。アンサロあばずれ女」
「乳なしでいいから、マジでやめて」
真っ赤になって、ジジはルノを止めた。
「ちちなし、愛してる」
楽しそうに見てたジャメルさんは、突然ジジに言うた。意味は分かってなさそうな気がするけど、楽しそうに笑ってる。
「お前は黙ってろ、クソ袋」
なかなか酷い事を言いながら、ジジはルノにしがみついて言うた。
「分かった。お姉ちゃんが悪かったです。もうそんな呼び方せんからやめて」
「絶対?」
「絶対しません、誓います」
絶対言いそうやけど、ルノはそれで満足したらしい。とりあえず黙ってジジを見る。
「ところで姉ちゃん、ブラジャー何カップ?」
「は?」
ルノは勇者やと思う。
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