廻花する華と縛られた心

夢乃雫

第一章 未だ叶わぬ願いを持ち

第1話 悲劇の夜、彼岸を送る


 俺は転勤族の子供だ。小さい頃から何回も引っ越して、違う場所で友人を作って、すぐに別れて……親友と呼べる存在はいない。


 一度別れた友人達とも連絡なんてとってないし、親友が欲しいと願った事はあるがそんな夢はもう諦めた。


 だから今回も一人でいようと思ったのに。



「綺麗な目だね!」


 そう言って、彼女は話しかけてきた。




 ______


 北海道から東京、結構遠いな。


 そう考えながら、揺れる車から移ろいで行く景色を眺めていると母さんが言う。



彼方かなた、もうすぐ着くわよ」


「分かった」


 目線は一切動かさず、外の景色を眺めながら俺はそう言った。母さんはそんな態度の俺に溜息を吐きながらも何か言ってくる事はなかった。


 そこから三十分程が経過した頃だろうか、田舎町の景色から段々と都会のビル群へと景色は移り変わり、目的地へと着いたと理解する。


 今回はかなり長期間らしく、高校三年生になるまでは東京で過ごすらしい。親に友達を作れなんて言われるが俺はもう作る気なんてない。


 そんな事を考えながら、今日から過ごすマンションのエレベーターに乗り、七階に向かう。


 玄関を開け、見えた部屋は至って普通。内装も特に言う事はない、普通のリビングにキッチン、寝室があるくらい。


 とりあえず、自分の荷物を余った部屋に押し込んで外に出た。


 外は夜だと言うのに街灯やらなんやらで昼間のように明るく、俺は歩き出して繁華街にまで来ていた。


 人が多いし、うるさい。珍しい物を見るような目で見られるし……帰りたくなったが、俺はまだ家に帰りたくなくて、少し歩いたところにあった公園のベンチに腰掛ける。



 明日から学校か、行きたくないな。でも行かないと父さんと母さんがうるさいし、別に行っても友達なんて出来ないのに……。


 それから数分で俺は家に帰った。玄関の扉を開き、『彼方の部屋』と書かれた紙が貼ってある扉を開くとベッドがあり、俺は扉を閉めてベッドに横たわる。


 そのまま、俺の意識は夢へと堕ちた。



 夢の中で……懐かしいものを見た。


 初めて出来た友達と公園で遊んでいる、そんな在り来たりな夢。


 一番頭に残っているのがこれなんて、どんな皮肉だろう。それから出来た友達との思い出はこれ以下なのか?


 そう思っていると、俺の意識は現実に戻った。



 ……随分、短い夢だな。それより……もう朝かよ。


 カーテンがない窓を見て、明るく世界を照らしている朝日を見ながらそう思った。




 ______


 朝食を済ませ、学校へ行く準備を済ませ家を出る。


 このルーティーンだけはどこに行っても変わらない。いつも通りの日常で、一つだけ違うのは向かう学校だけだ。


 学校に着くと、まず最初に職員室に向かう。そこで担任の教師になる人物に挨拶をして、担任と一緒に教室に向かう。


 教室に着くと黒板の前に立って、自分の名前を書いて教室の生徒に挨拶をしながらこの言葉を吐く。



春雨彼方はるさめかなた、よろしく」


 その後は教師に席を指定され、そこに向かうだけ。今回は窓際の席だった為外を眺める。


 朝のホームルームが終わると、周辺の生徒が一斉に近付いてきて質問を投げかけてきた。



『どこから来たの?』『身長高いね!』


 その他にもありふれた質問が幾つか聞かれたけど全部無視。


 すると、すぐに俺に興味をなくしたんだろう。全員が去っていった……なのに、特徴的な“クローバーの髪飾り”をつけた女子だけが残って俺に言った。



「綺麗な目だね!」


 二度目だった、そう言われたのは。言われるのは『気持ち悪い』そんな言葉ばかりだったのに今、目の前にいる女子は俺の目を見てそんな言葉をくれた。


 だから俺は、口を開いてその言葉を目の前にいる女子に言う。



「ありがとう」


 これが小鳥遊雀たかなしすずめ、彼女との出会いだった。




 ____


 学校の授業は、他の高校と特に変わらずつまらないものだった。教師のつまらない話を聞き流し、外を眺める。


 校庭でリレーの練習をしているクラスの風景が視界に入り、ぼんやりと思った事があった。



 そういえば、今は五月か。この学校はもうすぐ体育祭なのか? そうだとしたら少し嫌だな。


 体育祭にはいい思い出がない。親に行けと言われたから行ったけど、そこまで学校に行ってなかったから何で来たんだよみたいな目で見られたし。


 あんな気まずい思いするくらいなら今回は休むか。どうせ友達なんて出来ない。


 そう思っていると、授業の終わりを知らせるチャイムの音が鳴り響き、徐々に教室は騒がしくなり始め……俺はその騒音に嫌気がさして教室を出た。


 幸い、次の授業は移動教室だった為、気兼ねなく教室を後にした俺は、取り敢えず歩きながら職員室に向かう。


 次の教室の場所が分からなかっただけだが、一応言っておかないとダメなこともあり、それを伝える為に。



「教科書忘れました」


 教師は快く教科書を渡してくれた。転校初日ということもあるだろうが、随分親切な教師だなと俺はそう思ってとりあえず感謝を述べて教室に向かった。


 教室に向かう道中、何人かの生徒とすれ違ったが全員が揃えて俺の目について話していた。


 人はどこか自分と違う部分があるとその人物を遠ざけて何か言ってくる……俺はそうなのだと自分を納得させている。


 カラコンでもなく、生まれつきの碧眼なんて滅多にいないんだろう。だからこそ人は、俺を見世物のように見る。


 それに身長が百八十を超えているのも原因の一つなのだろう。


 それはいいとして、『気持ち悪い』そう言われるのは些か良い気分じゃない。相手が女子じゃなかったら股間を蹴り上げていた。


 そんな考えを頭の中で巡らせていると教室の前にまで来ていた。


 もうすぐ教師が来る。それまでに教室に入っておかないといけない事なんて分かってるけど扉に手が伸びない。


 そうして躊躇っていると、後ろから声が響いて振り向くと、そこにはさっき『目が綺麗』だと言ってくれた女子がいた。



「どうしたの? 彼方君」


「俺の名前……」


「え!? 間違えてる筈は……」


「い、いや間違えてない」


「そうだよね! 早く入ろ!」


 屈託のない光を放つ瞳で俺にそう言う彼女に俺は、少し笑いながら言った。



「そうだな、入ろう」




 ____


 この日は何事もなく授業が進み、帰りの時間になった。


 下駄箱の前でまた数人に話しかけられたが、くだらない質問だったから全員無視した。下駄箱から靴を取り、履いてから帰路につこうとした直後、後ろから俺に話しかける声が響く。



「彼方君! もう帰るの? 部活は?」


「部活は基本的に入らないんだ。親が転勤族だからな、入ってもどうせすぐ辞める事になるって分かってるから」


「そっか……じゃあさ! 一緒に帰らない?」


 そんな彼女の言葉に少し悩んだ末に言った。



「家の方向が同じとは限らないんじゃ?」


「いーや、同じだよ! 絶対に!!」


 そう言う彼女の顔はとても自信に満ち溢れていて、俺は仕方なく一緒に帰ることになった。


 不思議なことに、帰路は同じ方向で、帰り道の道中彼女に幾つか質問を投げかけられた俺は素直に全部話した。



「身長は?」


「百八十だな、最近少しデカくなったかも」


「地元は? どこなのー?」


「生まれは福岡、小学校低学年くらいまでは福岡にいたよ」


「一緒だね! スポーツとかは? なにかやってなかったの?」


「空手、柔道、合気、剣道、ボクシングを少しやってたくらい」


 何故か彼女には全て話してしまう、理由は何となく分かる。


 初めて出来た友達に似ているんだ。あの子も女の子で、俺の目を綺麗だと言ってくれた。


 名前も何も知らなかったけど、初めて出来た友達で……俺の初恋。


 引っ越しで儚く散ったけど、そんな初恋の友達と重ねているのだろう。最低だな俺は……過去の思い出と彼女を重ねるなんて。


 これ以上彼女と関わるのはやめよう。俺は彼女を見れない。見る資格なんてない。


 でも……今日だけは思い出と重ねさせてくれ。


 そう願いながら、俺達は歩き続けた。



 そうして、俺は家に着いた。驚いた事に彼女の家はすぐ近くにある一軒家で彼女が自信満々に『家が同じ方向だ』と言っていたのも頷ける。


 そうして、俺達は各々の家に帰った。



 扉を開けると、母さんが夕飯を作っていて匂いから察するにカレーだった。


 俺は自分の部屋に戻り、制服のネクタイを少し緩めてからベットに横になる。目を閉じて一日を振り返ると、かなりの時間を彼女と過ごしていた事を理解した。


 彼女は大丈夫だろうか、こんな俺と話し続けていて、でもまぁ明日にはこっちから関わらないようにする。


 彼女にはあまり影響はないだろう。そう考えていると、いつの間にか睡魔が俺の意識を夢へと誘っていた。




 ____


 夢の中で、俺は初恋の友達と話していた。



「彼方君……本当に行っちゃうの?」


「うん、お母さん達に着いていかないと駄目なんだって……」


「いやだよ……私! 彼方君ともっと一緒に遊びたいよ!!」


 そんな言葉に俺はニコッと笑い、“それ”を手渡していた。



「これ……僕からのプレゼント! 綺麗だったからお母さんに買ってもらったんだ! あげるよ!」


 そう言って、手渡していたのは特徴的なクローバーの髪飾りで……夢はそこで途切れた。


 俺は飛び起きた。



「はぁ、はぁ、はぁ……そんな!」


息も荒い状態で俺は部屋を飛び出し、外へと走る。


 初恋の友達に似てたんじゃない! 小鳥遊雀は本人だ! あの特徴的なクローバーの髪飾りを忘れるわけがない……あれは世界に一つだけ、ハンドメイド作家の母さんに我儘言って作ってもらったんだ!!


 どこに行っても買えない! 正真正銘世界に一つだけ、初恋の友達にあげた大切なプレゼントなんだよ!!


 そうして、俺はマンションの一階まで階段を使い、降りて再度息を整えて走り出した。



「何で忘れてたんだ! 俺……最低だ!」


 そうして、俺は彼女の家の前まで来ていた。



 扉のインターホンを鳴らす、出たのは彼女の母親らしき人物で、俺は聞いた。



「雀さんいますか!?」


 そんな俺の息も絶え絶えで殆ど叫び声とも変わらない声に驚きながらも彼女の母親は答えてくれた。



「雀なら二階にいますけど……どなた?」


「春雨彼方と言います! 雀さんと話がしたくて……呼んでもらえませんか!?」


「え、えぇいいですよ? 少しお待ち下さい」


 そうして、数十秒が経った頃、玄関の扉がゆっくりと開いて、そこには彼女が不思議な顔でこちらを見ていた。



「彼方君……? どうしたのこんな夜中に」


「夜中?」


「う、うん。もう九時だよ……?」


 そんなに時間が経っていたのか、寝てたから分からなかった……いや、それより。



「あの、忘れてるかもしれないけど……そのクローバーの髪飾り、俺……思い出せたんだ」


 彼女はそんな俺の言葉に少し驚きの表情を浮かべた直後、涙を流しながら潤んだ声で聞いてきた。



「ほんとに……?」


「本当だ、なんで忘れてたのか不思議なくらい思い出したよ……初めて出来た友達にあげた、大切なプレゼントだったのに……」


 そこまで言い終わると、彼女は玄関先まで出てきて、その場に座り込んだ。



「今日ね、彼方君が転校してきて凄く驚いたんだよ……? でも、私のことなにも覚えてないみたいだったし……悲しかったけど、また仲良くなればいいって思って、ずっと話してたけどずっと楽しそうじゃなくて……私の知ってる彼方君なんてもういないと思ってた……でも、まだ変わらないままでいてくれたんだね……」


「いいや……随分変わった。性格だってこんなに捻くれて______」


「でも、会いにきてくれた」


 そうして、彼女は一拍を置いて言った。



「それに、あの頃の綺麗な目のまま……」


 そう言いながら泣く彼女が作る笑顔に笑顔を返しながら俺は言う。



「ありがとう……髪飾り、ずっと付けててくれて」


 彼女は涙を拭って、笑いながら言った。



「だって、彼方君から貰った大切なプレゼントなんだもん!」




 ____


 俺は、彼女と少し歩く事にした。今までなにがあったのか、何故彼女がここにいるのか。



「彼方君もこっちに引っ越してくるなんて思わなかったよ」


「そっちも、いるなんて思わなかった」


「親の都合でね……」


「一緒だな」


 そんな他愛もない話をしながら取り敢えず歩き続けて、前日に来た人通りの少ない公園に来ていた。


 昨日も来た筈の公園……その筈なのに、何故か今のこの状況にデジャブを感じ、俺はなんとも言えない違和感を感じた……が______


 昨日と同じようにベンチに腰掛け、ただ過去の短くも心に残っている思い出の話を二人して話していた。


 街灯の光が俺達を照らしていて、この世界には今俺と彼女の二人しかいないようなそんな気分で……心地がいい気分だった。


 それなのに……まだ心に巣食う違和感はまだ俺に警告をしているようだった。


 夜も遅くなり、十時になりそうになった頃、俺は言う。



「取り敢えず、もう帰ろう。明日も学校で話せるんだし」


「そうだね、そろそろ帰ろっか」


 そうして、歩き始めて公園を出た直後のことだった……背後から足音が聞こえた気がして振り返った……だけど。


 そこには誰もいなくて、勘違いかと思ったその瞬間だった……真横から声が響いた。



「彼方君!!」


 その声が響いたと同時、俺の体は押し出されていて……“グサッ”そんな肉を貫いたような鋭い音が鳴った。


 押された衝撃で、俺は目を閉じていたけどすぐに目を開けた。頭の中には最悪の想像がされていたが、全て自分の妄想だと言い聞かせながら目を開いたんだ……それなのに______


 目の前に広がっていた光景は……腹部から血を流して倒れている彼女と、その横で不気味な笑みを浮かべながら涙を流す黒フードを深く被った奴がいて。



「あ、あぁ……あぁああぁああ!!!!」


 黒いフードを被った奴を押し除け、倒れて辛そうに血を流している彼女の元に駆け寄った。



「雀! 起きてくれ雀!!」


 初めて名前を呼んだ……こんな場面で呼びたくなんてなかった。本当ならもっと……普通に、明日教室に来た時に言うつもりだった。


 そんな彼女の名前を呼ぶ俺の言葉に、彼女は優しい口調で言った。



「名前……初めて、呼んで……くれた」


「何回でも呼ぶ! だから……!! 頼むから死なないでくれ!!」


 俺の言葉は彼女にはもう届かない……それでも、最後に彼女……いや、雀は言った。



「彼方……君、ずっと……好きだ、ったよ。助けてくれた……あの日、から……」


 そう言い残して、雀は目を閉じた。もう二度とその目が開かないと分かっているのに……俺は雀の手を握りしめていた。


 奇跡に賭けた、目を覚ます奇跡に。でも……そんな奇跡なんて起こる訳もなくて、徐々に広がっていく血の海に浸かり続けるだけ……。



 涙が枯れるよりも前に、黒いフードの殺人鬼は俺にそのナイフを振り上げた。黒フードを深く被った殺人鬼の素顔は見えなかった……だけど何故か、涙を流していて。


 なんで……お前が泣いてんだよ……!!


 怒りで心は満たされていたのに、恐怖で動けず『死ぬ』そう思った瞬間。


 赤い花弁が夜空を埋め尽くした。

































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