第50話
「神城! 見るな!!」
俺の叫びは夜空に掻き消えた。
――遅かった。
神城の瞳が、天に開いた“目”と重なった。
瞬間、空気が凍り、時間が歪む。
誰一人、声を発せず、動けなかった。
神城の身体が、静かに震えた。
肉が裂けることも、血が噴き出すこともない。
ただ、美しいまでの静謐さで、人の器が内側から書き換えられていく。
皮膚は青黒く透き通り、血管は光を帯びて脈動する。
それは痛々しさではなく、まるで神像が彫り上げられていく過程のように荘厳だった。
瞳孔が収縮し、紅蓮の光を宿す。
髪は光の糸のように逆立ち、背後に長大な影を投げかけた。
無言。
ただ静かに、夜気を震わせるほどの沈黙をまとった。
その沈黙こそが、すでに人の領域を超えていた。
――すらり、と。
刃を抜く音が夜を切り裂き、新宿の灯りを一瞬で奪ったかのように感じられた。
蜘蛛も、瘴気も、群れもいない。
ただ一人。
その存在だけで、新宿西口の摩天楼全てが圧倒される。
空気が震え、瓦礫が浮き上がる。
呼吸すら許されない圧。
――魔人が、誕生した。
その一歩。
ただ一歩踏み出しただけで、道路が深々と割れ、ビルの壁が揺らぐ。
声もなく、群衆が膝をつき、立っていられなくなる。
神城は何も言わない。
ただ刀を構える。
その沈黙のみで、ここから先は己ひとりで十分だと告げていた。
俺は喉を鳴らすしかなかった。
『……やはり』
テオドールの声が淡々と響く。
『神城悠真という人間は、もともと限界状態にありました。アウターゴッズの一瞥で――臨界点を超えたのです』
「臨界点……って、何だよ!」
『端的に言えば、“人間”という器のままでは収まりきらなくなった、ということです』
俺はぞっとして、前を見据える。
そこにはもう、人間でもプレイヤーでもない――ただ一人で場を支配する、魔人が立っていた。
『……なるほど』
テオドールが続ける。
『神城悠真は、自身のベクター化を見越していたのかもしれません』
「は……?」
『アレクサンダー・クロウを呼んだのは、ある種の“介錯”を求めてのことだと』
「か、介錯……? まさか……そんな……!」
胸の奥がざわつく。
武士の切腹に付き従う介錯人の姿が頭をよぎり、嫌な汗が背を伝った。
「だが、そんな理由で――!」
言いかけた瞬間。
瓦礫を踏む、重い音。
ひときわ冷たい気配が、夜の空気を切り裂いた。
「――身勝手な」
低い声。
闇の中から姿を現したのは、黒いコートを翻す北米トップランカー――アレクサンダー・クロウだった。
月光を浴びた銀の瞳が、沈黙のまま刀を構える魔人を射抜く。
その視線は冷徹で、怒りでも恐怖でもなく、ただ「測る」眼差しだった。
神城は応じるように、一歩。
瓦礫を砕きながら踏み出したその足音だけで、空気が爆ぜる。
「くだらん……ジャパニーズ。介錯など頼むくらいなら、最初から斬られていろ」
アレクサンダー・クロウ。その声音は氷のように冷たく、新宿の瓦礫を貫いた。
次の瞬間、二人の怪物が動いた――。
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